南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

がん患者のMultimorbidity:New Normal(ニューノーマル:新たなアタリマエ)

Multimorbidity in Cancer Patients: the 'New Normal'

D Weller, S W Mercer

Clin Oncol (R Coll Radiol) . 2020 Sep;32(9):551-552. [PMID: 32593551]

 

September 2020
Volume 32, Issue 9, p549-618
Multi-Morbidity and Cancer
Edited by Cressida Lorimer, Richard Simcock

 

タイトルのおしゃれさに惹かれてEditorialを読んでしまうことって有りませんか?

実は今日締切の原稿があるのですが,その文献検索をしていてClinical Oncologyの9月号が「Multimorbidity and Cancer」と書いてあるのをたまたま見つけてしまい,その短い文章の中にもがん診療でもMultimorbidityの考え方は重要であると考えさせられたので紹介します。

更新したら,原稿書きに戻ります。出版社のご担当者すいません…。)

 

(早速余談)

New Normalという単語,新型コロナウイルス(COVID-19)による世界的パンデミックで話題になっていますよね。ですが,この言葉,経済業界で流行していた言葉だとご存知でしたか?

2008年に米リーマンブラザーズが経営破綻した事に端を発して世界金融危機が起こりました(リーマンショック)。ただ,経済学者や政策決定者たちの間では,世界金融危機後には近年の平均的な水準に復元するだろうという共有された信念がありました。これに警鐘を鳴らす議論の文脈から登場してきた言葉だったのです。リーマン・ショックを含む一連の危機の前後で生じた避け難い構造的な変化を経て、「新たな常態・常識」が生じているという認識に立った表現なのです。

 

がん診療におけるニュー・ノーマルとは何でしょうか?気になりますよね。

本文を読んでいきましょう。

 

がん医療は変化している;がん患者は高齢化しており、ほとんどの患者が1つまたは複数の併存疾患を持つようになっている。高所得国では、がん生存者の人口は年率約2%で増加しており、複数の慢性疾患の共存が劇的に増加している 。Multimorbidityとは、患者個人内に2つ以上の慢性疾患が存在することを説明するために使用される広義の用語であり、精神的な状態だけでなく身体的な状態、学習障害などの継続的な状態、虚弱体質や慢性疼痛などの症状複合体、視力や聴力喪失などの感覚障害、およびアルコールや物質の乱用などが含まれる 。がん患者では、Multimorbidityは死亡率および障害の発生率の高さと関連している;機能的状態の低下および有害な薬物イベントも患者の転帰を損なう可能性がある。Multimorbidityの存在下でのがん管理に関するエビデンスベースはわずかであり、これらの複雑な患者に対するケアの合理的アプローチの開発を支援するための臨床実践ガイドラインは非常に少ない。Multimorbidityは、予防から早期発見、そして終末期のケアに至るまで、がんの経過のすべての段階に影響を与えうる。

 

Multimorbidityが治療に及ぼす影響は非常に大きく、がんの生存計画に複雑さを加えることになる。がんに加えて疾患を有する患者(多くの高齢者を含む)は一般的に腫瘍学的試験から除外されているため、多患症患者に対する治療は確実な効果が少ない 。Multimorbidityはまた、がん患者に対する積極的な治療をいつ終了すべきかの決定を複雑にし、予後および治療効果の推定などの問題はより複雑である。

 

Multimorbidityはスクリーニングおよび早期診断にも影響を与えうる。例えば、いくつかの慢性疾患を有する患者では、乳がん検診への参加率は一般的に低いがんを示唆する症状は、併存疾患の存在下では臨床医にはあまり明らかではなく、診断が遅れ、提示時にはより進行したがんになることがある


ジェネラリスト(開業医など)はMultimorbidity患者を管理する専門知識を持っているが、包括的ながんケアを効果的に行う上でのジェネラリストの可能性は、しばしば実現されない専門家であるジェネラリストの役割を十分に活用できる統合的なケアモデルはまだ開発されていないが、この概念は高所得国では徐々に普及しつつある

 

Multimorbidityは今や世界的な重要課題であり、政府や医療制度が高齢化に伴うMultimorbidityの規模と負担を認識しているため、研究は飛躍的に増加している。Multimorbidityはフレイルを助長するだけでなく、現役世代の健康格差を拡大させ、ケアシステムの組織化や研究のあり方に大きな影響を与えている他の長期的な疾患の影響を考慮することなく、単独でがんに焦点を当てた研究は、特にMultimorbidityが一般的になってきているため、急速に不十分になってきている。慢性閉塞性肺疾患、心血管疾患、脳卒中、およびメタボリックシンドロームなどの疾患は特に一般的にフレイルであり、管理アプローチは、一度に複数の医学的問題だけでなく、がん患者が直面する感情的および社会的問題にも対処する全人的なものである必要があるケアプランは、患者の好みや期待を考慮に入れながら、患者の病的疾患の範囲を最適に網羅すべきである。がん患者の治療における標準化された多疾患測定、厳格な試験適格基準への対応、および生活の質と量を改善するための複雑な介入の開発などの取り組みは、より効果的で個別化された管理戦略を生み出すために大いに必要とされている。まだまだ多くの作業が残っている。

 

ちなみにこの号,他のタイトルも非常に魅力的です。

Clinical Oncology,September 2020
Volume 32, Issue 9, p549-618
Multi-Morbidity and Cancer
Edited by Cressida Lorimer, Richard Simcock

 

Multimorbidity and Cancer: the Patient as a Whole Being

多発性疾患と癌:全体としての患者

Beyond Performance Status

パフォーマンスステータスを超えて

An Overview of Treating People with Comorbid Dementia: Implications for Cancer Care

併存性認知症の人の治療の概要:がん治療への影響

Falls and Cancer

転倒とがん

Diabetes: an Overview for Clinical Oncologists

糖尿病:臨床腫瘍医のための概要

Obesity and Cancer Treatment Outcomes: Interpreting the Complex Evidence

肥満と癌治療の転帰:複雑な証拠の解釈

Optimising Medications for Patients With Cancer and Multimorbidity: The Case for Deprescribing

がんと多発性疾患のある患者に対する薬物療法の最適化:処方を中止するケース

 

これらもとりあえず全部読んだので,かいつまんでまとめます。

 

がんのマルモ診療におけるニューノーマルは

①予防から早期発見

・マルモ患者の検診受診率が低い。

・受診してもノイズが多く見逃されやすい。

・がん患者の2/3がマルモ状態(英国のデータ)

・がん患者の半分が下降期慢性疾患

・糖尿病と特定のがんのサブタイプの因果関係を示唆するエビデンス

・既存の糖尿病はすべての癌サブタイプにわたって予後不良の指標である

②治療

・マルモのがん治療のエビデンスの蓄積がなく,選択肢が狭まってしまう。

・不適切なポリファーマシーは、薬物の副作用と治療の順守に寄与する可能性

・サブスペシャリストのトレーニングと単一臓器またはシステムの評価の医療モデルは、より複雑な健康ニーズや全体論的なアプローチを必要とする患者を失敗させる。

・老年症候群への介入も必要。

・診療科のコミュニケーションへが必要で、慎重な引き継ぎを必要とし、複数の異なる外来診療所を訪れる患者の生活に負担を追加してしまう。

・抗がん剤の毒性が,併存疾患に影響するかの検討が必要

(心血管疾患、ステロイド誘発性糖尿病、または免疫療法関連の内分泌障害)

・メタボリック症候群の場合も治療内容に考慮が必要。

・がん治療の晩期障害は、すでに他の慢性疾患を管理している患者にとっては、かなり負担が大きくなる可能性

・パフォーマンスステータスではない指標が必要。同じPSでも千差万別で化学療法の適応が難しいことがある。ECOG PSやCFSを推奨。

・マルモを考慮しなければ推定予後がわからない。CGAは化学療法の毒性と治療の完了を予測すると言われている。

・積極治療をどこまですればよいのか。治療の中止・消極的治療のタイミング。

・意思決定は、コンテキスト要因(意思決定が行われる環境)、意思決定者関連の特性(個人としての意思決定者のバイアスと行動)、および意思決定固有の要素(意思決定自体の性質)の影響をうける。

・認知症があると意思決定が困難。

・多疾患+フレイルへの対応も必要でありジェネラリストの協力が必要。

・心理社会的問題にも全人的に対応する必要がある。

・意思決定も患者の好みや期待を考慮しつつ,多疾患を網羅しなければならない。

・チーム間のコミュニケーションと個別化されたアプローチが不可欠

③終末期のケア

・治療から終末期への移行が難しい。

・早期からマルモを診れるジェネラリストとの連携が必要。

・心理社会的問題への介入が必要

・マルモの緩和ケアは早期から必要だが,終末期における関わりも重要。

 

そして腫瘍内科医こそジェネラリズムが必要であるとまとめられています。

複数の管理疾患をバランスよく診療する必要があり,マルモの緩和ケアは今後も注目されると思います。