『別れの日』Ⅱ
その日、プールから帰った英二は、家の畑の前にたたずむ二人の男たちを見た。
前も後ろも分からないほど日焼けで真っ黒な男たちは、英二を見て白い歯を見せて話しかけてきた。
「よう、ぼうず。お父さんかお母さんは居るかい」
二人は畑の前に置いてある父の車を無遠慮に眺め回したり、あちらこちらを触っては
何かぶつぶつ話したりしている。途端に英二はその二人が嫌いになった。
父のその車は英二が生まれる前からそこにあった。
父と喋るにも緊張する英二だか、その白い車の存在は父との絆を強くするものだと英二は考えていた。なぜなら、その車は他所では見たことないほどカッコ良かったのだ。
白いスポーツカーで、形がシャープで今どきのデザインとは違っている。
丸いフェンダーミラーも、白と黒の碁盤柄の革張りのハンドルも、ぴったりとビニールの張られた二つの座席もすべてが英二の好みだった。
始めて気にかけたころから、ずっと見張っていた。両親に隠れて、いつもその古い車の周りをまわっては中を覗き込み、ベタベタ触っていた。
だから、普通の車よりも太いタイヤに星形のホイールがついていることや、フェンダーの両サイドにサメのようなギザギザがついていること、そしてドアの内側には足元を照らす赤いランプがあることさえ知っている。
英二はずっと憧れていた。
それは父が若いころ乗っていたもので、セリカ二〇〇〇GTというオールドカーだ。
父は怖くて近寄り難いけど、父のその車は大好きだった。
多分自分も大人になったらこの車を選ぶだろう。
厳格な父も、もしかすると昔はもっと派手だったり、車好きでドライブ好きだったりしたのだろうか。さらに好みが同じなら、昔の父は自分によく似ていたのかもしれない。
そう思うだけで、英二は父に近づけたような気がした。
だから英二は、その車に馴れ馴れしく触る二人の男たちが気に入らなかった。
英二が頬を膨らませて二人を睨んだとき、玄関から父が姿を見せた。
だが父は愛想良く二人に挨拶すると、車の鍵を持って来て男に手渡した。
「タイヤが回るかどうか怪しいが、やってみてくれ」
大きな四輪駆動車が敷地に上がってくると、太いロープを父の愛車に結わえた。
「お父さん、どうするの」
「あの車を持っていくんだ」
「どうして? 持っていってどうするの」
「あの人たちにあげたんだよ」
父は、この車は古すぎてあちらこちら錆びつき、腐食も酷いので、とても修理のしようがないからあげるのだと言った。
二人の男たちは父の高校時代の後輩で、自動車修理工場を経営している。
ゆっくりと時間をかけて修理して、数年後には乗れるようにしたいと言った。
だから、大事にしてくれると思って、父は手放すことを決意したのだということだった。
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