『別れの日』Ⅲ

    

 だが、金属部分のほとんどがボロボロに腐食して茶色になっているオールドカーは、やはり簡単には動かなかった。

 

 父を含めた三人で押してみるがダメで、動かない前輪をなんとかしようとバンパーを開けたり、様々な道具を持ってきてサビの部分を落としたりと、苦心するばかりだった。

 

 ――よしっ、いいぞ。動くなよ、そのままだ。

 

 英二は心の中で祈っていた。

 

 だが三十分後、前輪は動き始めた。

 

 やがて男たちの四輪駆動車に牽引されて、英二の憧れのオールドカーはゆっくりと家の敷地から去っていった。

 

 自分が大人になったとき、修理されてピカピカになったそれに乗る日をずっと楽しみに待っていた。

 そのときにはもう父を恐れたりしない。

 こそこそと逃げ回ったりしない。

 すっかり大人になって胸を張った自分が年老いた父を助手席に座らせて、二人で語り合いながらドライブをするんだと、心に決めていた。

 

 英二は押入れに入り、隠れて泣いた。

 

 自分ではどうにもならない強制的な別れの時だ。胸が破れそうだと思った。

 

 

ファーンと鳴らされるクラクション。

 

英二は我に返った。

 

兄の昭一が、ちらりとこちらに目を向ける。

 

英二は慌てて、父の遺影を抱えて兄の後ろに続いた。

 

すすり泣く音が周りから聞こえてくる。定年を過ぎた父の、仕事中の事故だった。

 

大丈夫、胸が張り裂けそうな別れは初めてじゃないと、英二は自分に言い聞かせた。

 

だが、今年取得した運転免許証で、最初に乗りたい車も、最初に乗せたい人もいなくなった。

悔しくて、歯ぎしりをする。

前を行く昭一の背中が、英二にはぼやけていくばかりだった。

 

 

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『別れの日』Ⅰ

 

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