『分かつもの』 ≪四話 ②≫
黒いローブを着た『彼の者』は、背にナイフが刺さったまま老人の下へ向かった。
血溜まりで赤黒くなっている筈のローブは、まるでそんな出来事など無かったかのように、色も錆びた鉄の臭いも無くなっていた。
彼は部屋の前に来た。再び扉の前へ立ち、ゆらりと開く。
中は先ほどと変わらないが、床の血溜まりは荒く拭き取られており、素人目にも擦られたことが分かる。
その跡の上を踏み歩き、カーテンを開くと、隠れた扉を押し開いた。
開いた扉の奥では、テーブルを挟んでソファで寛ぐ老人と中年の男がいた。
扉の音と共に二人は音の方へと向き、そして『彼の者』を確認した。
老人の顔は驚愕に染まる。
「そんな・・・ばかな・・・!」
老人はソファから立ち上がり、そのままふらふらと後ずさる。
「私のお薦めのチケットは如何でしょうか?」
彼の者は“チケット”を見せる事なく、老人へと近づいていく。
老人は真後ろの扉の取っ手を回すが、震えた手ではうまくまわせず、その間に『彼の者』が老人の目前まで迫ってきた。
ガタガタと体を震わせ、怯える老人は、一緒に座っていた中年の男の方に目をやるが、男はテーブルに突っ伏したまま動かない。
汗が噴き出してきた。
「安心して下さい、あの人は先にチケットを渡しました」
「チ、チ、チケット……だとっ」
「ええ。……なので、彼を追いかける形ではありますが、遅くなっても、ちゃんと入場はできますから。安心して受け取って下さい」
彼の者は左手を背に回し、刺さっていたナイフを抜き、それを老人の脚に目がけて投げた。
ナイフは老人の靴を刺し貫くと、老人はその場で膝を付き、悶えた。
老人が、顔をあげて見た『彼の者』は無表情で、何の感情も現れていなかった。
「お、お前は……! 何なんだ!? 心臓を刺されたはずだ! 即死だっただろう!? おまえの死体を見たぞ! 何故! お前は死なない!?」
唾を飛ばしながら半狂乱状態で、彼の者へ暴言を吐く。
「司る者が“それ”に縛られるわけがないのですよ」
「な、なんだとっ!」
「それと、私が先ほど申した事は真実で、チケットはちゃんとお渡ししますよ」
「ななに、何を言って……」
「それでは、おやすみなさい」
「お、お前・・・!」
彼の者は老人の胸に手を勢いよく当て糸を引っ張り寄せ、すぐさまジャックナイフで切った。
老人は事切れるように、床に伏せる。
彼の者は切った糸を放り、踵を返して部屋から出て行った。
外に出た彼の者は、満月の光が当たる道へと出る。
「“死神”のチケットは特別です。あなた方は罪を犯し過ぎました。……どうぞ、ゆっくりと人生を清算して下さい……」
そのまま空を仰ぎ、老人を見送った。
背にした東の空が白んでいく。
手にしたジャックナイフも、男の影も、同様に、白んで、消えて行こうとしていた。
『分かつもの』 ≪最終話≫へ
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