『分かつもの』    ≪最終話≫
 
 
 
 今日は初めての仕事だから、失敗しないようにしないといけない。

 だから、そんな目で私を見ないでくれウイルド。

「貴方は……貴方は私を助けられる人じゃないの?」

 ベッドに横になり、私を見つめる女性。
 彼女は強く願うように指を組み、私を見つめる。
 
 彼女の名前はラーグ。
 まだ若く美しい。『死』は、まだ早すぎる。
 だが、どうにもならない。
 それは、誰しも必ず訪れる等しい『時』なのだ。
 
「私は、死が近い人を案内する者なんだ。だから、命を伸ばすという意味では助けることは出来ない。すまない」

「そう……。でも、今日一日だけとは言え、自由に外を見て回れたから、いいわ、もう。ありがとう」

 深く感謝するように、私に会釈するが、開いた瞳は涙で潤んでいる。
 まだ生きたいと、願っている。

 だが、死を司る者として延命させるなど、本当はやってはいけない。

 それを最初の仕事で破って、ラーグを延命しようとしていたが、だめだった。
 即刻、天上界から通達がきて、その指令状には「これ以上の延命は、他の人の寿命を減らすことになる」と書かれていた。
 頭を抱え悩んだが、直ぐにラーグに知らせた。
 これ以上は延命できない、と。
 ラーグは目を丸くした。

 そして今、じっと私を見つめ続けている。
 知らせなければ良かった。
 言わなければ、私の正体を知られることも無かった。

「ねえ、こんな死に方して、皆、私の事覚えていてくれるかな?」

 あまりにも若く、あまりにも突然で、そして誰も知らない間に逝こうとしている。

「それは、人次第だろう。……だけど、本当に大切な人は、決して忘れることはないから」

 ラーグの視線が刺さる。
 じっと私を見つめている。
 そのすみれ色の瞳を、いったいどうすれば忘れられるというのか。
 咳払いをして続けた。
「だけど、親しい人でも、……すごく長い時をかければ、次第に記憶から消えていくよ。それは、あなたに限らず、みんなそうだから」

「そっか……。わかったわ」

 何かに納得したラーグはゆっくりと瞼を閉じ、何かを考えた後、私の方を向いた。

「最期に、貴方の名前を教えて」

 死を司る者は名前を名乗らない。
 知られるとその国の管理下に加えられるからだ。

 今日、何度目か分からない問いだ。
 苦し気な呼吸音。涙に潤む瞳。熱で表情も力ない。

「……私の名はハロス。死神ハロスです。ラーグ。……いえ、ウイルド・ペアース」

 その言葉を聞いた瞬間、目を見開いた。
そして笑みを浮かべ、やがて彼女は目を閉じた。

「ふふ、これでお互いの隠し事も無くなったね。そうなんだ。……私、本当はウイルド・ペアースという名前だったのね」

「ああ、……それじゃあ」
「ええ、お願い」

 ウイルドの左胸へと手を当て、何かを引き寄せたような感覚を感じ、手を握り引っ張り寄せる。
 初めて見た紅い生命の炎を見て感動した。

「それが、私の命なのね」
「そうだね、これをこのナイフで切れると終わるんだ」

 終わると聞いたウイルドは眉を顰める。

「終わる……ね。次に会うまでおやすみってことね」

 私は頷き返す。

「それじゃあ、必ず会いましょう。ハロス」

「ああ、また必ず会おう」

 ウイルドは私の瞳を見つめて微笑み、私も同じように微笑み返した。

「それじゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ……。ウイルド・ペアース」

 そう言って手元の生命の炎を切った。
 すると、肩で呼吸していた動きは止まり、静かに聞こえていた呼吸音は完全に無くなった。
 自分にとっての経験とはいえ、死神というのは辛いものだと感じた。

 目頭が熱くなる。
 零れ落ちる涙を感じ、私はそっと部屋を出て行った。

 今日一日人間との生活を送った。
 ……いや、新しい人間に生まれ変わった恋人と過ごせて、幸せだった。
 楽しかった。
 嬉しかった。
 彼女の命をもっと感じていたかった。
 だが、生まれ持った病に蝕まれ、短命な人生だと決まっていた。

 だから、彼女を送る役を私に任せたらしいが、これはあまりにも酷というものだ。

 仕事柄、上からの命令には逆らえず、すべてをさらけ出すことも出来ず、心が軋んだ。
 彼女は向こうの世界に戻った。

 向こうの世界は広い。

 わたしがこの仕事をしている限り、この使命を天上界から受けている限り、簡単に会うことは出来ないだろう。
 ……それでも、また巡り会って、また共に同じ時を過ごしたい。

 そして出会って言ってやる、“おはよう”って。
 

「明日から頑張ろう、天にいる彼女に見られても恥ずかしくないように……。いつか。この任を解かれて自由に会えるようになるその日まで……ね」
 
 
                                    (了)
 
 
 
 
 
 
 
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