聞いてくれ、俺は給料が入った。
だから、チノちゃんとパフェを食べに行きたいんだ。
「またですか」
彼女はそんな俺の熱い想いに淡々と返事をする。
「だって、前にも食べに行ったじゃないですか」
なんてこと、彼女は乗り気ではないらしい。だが、そうだと思って、俺は作戦を考えてあった。
「甘いなチノちゃん。今は夏。いくら甘くて冷たいものを食べても赦される季節。これを逃したら、季節の女神さまが怒ってしまうぜ? それに、チノちゃんがこの前食べたのはピーチパフェだ。メロンパフェを食べたくはないか?」
だが、とっておきの俺の説得にも、チノちゃんは首を縦には振らなかった。
「そんな適当を並べ立てて私がほいほいついて行くと思ったんですか。いいから話しかけないでください。私は仕事中です」
そんなわけで、俺は無理やりチノちゃんをデパートのある大きな街に連れてきたんだ。
いや、無理やりと言っても、
「お願い。お願いだから。なんなら奢るから」
と言って金銭的な強硬手段に出ただけなんだけど。
そしたら彼女が、
「そうですか、そこまで言うなら」
なんて、まるでその答えを待っていましたと言うかのように乗ってきたんだけど。
ともすると、俺は彼女の手の中で踊らされている、小人の小平治なのだろうか?
まあ、何でもいい。彼女とパフェが食えれば。俺はチノちゃんとパフェが食べたいんだ。
そう思考停止気味に自分に言い聞かせると、俺たちは駅の構内のむさくるしい煩雑さを抜け、デパートへとたどり着いた。
そこはあまりにも巨大で、どこに目的のフルーツパーラーがあるのか、行くたびに忘れてしまうような場所。
俺は何度か道と階数を誤り、チノちゃんの「早くしてください」という小言を聞かないふりをして、ようやくその場所にたどり着いた。
が、ここで問題が生じてしまった。
並んでいる。
店の前には、長蛇の列ができていた。
待機列のために大量に用意された席に座っている人々は、表面の上ではみな穏やかな顔をしているものの、心の中では自分の番をまだかまだかと待ちわび、肩をいからせているようだった。
あの中に、自分も加わるのか。俺とチノちゃんは、見ただけで辟易とする。
そう、今日は休日。しかも夏休みの最終週。人々がもっとも羽を伸ばし、体と心を休める日。
そんな折に、人気のフルーツパーラーが空いているはずもないわけで。
チノちゃんと視線が合う。俺は気まずそうに目をそらす。
が、彼女のちょっと怒った顔は、強制的に俺の目のいく先を彼女へと向けなおさせた。
「まったく、どうするんですか」
彼女が言う。しまった、つい給料が入った喜びで、状況の把握を忘れていた。
「無計画ですよ」
分かってる。ごめんて。俺は、ない頭を使って必死に考えた。どうすればいいだろうか。
そうすると、妙なことに、一瞬で妙案がひらめいた。これも夏の女神のご加護があったのだろうか。
「そうだ、違う階に行こう」
俺たちが足を運んだデパートは、あまりにも巨大で、階のひとつひとつに喫茶店が存在していた。まるで、生物の一匹一匹に消化器官が存在しているような感じだ。
俺たちは比較的空いている中央の階に行く。そこの喫茶店をあたると、予想通り列はできているものの、その規模は先ほどの1/5ほどであった。
さらに幸運なことに、その喫茶店ではパフェも出しているようだった。夏の女神さまは、とことん仕事好きのようである。
これなら待たずに目的の品にありつける。
俺は、調子に乗ってチノちゃんに向かってピースマークをつくった。
彼女はあきれながらも、珍しく発揮された俺の機転をたたえてこう言った。
「やるじゃないですか」
そうして俺たちはそのパフェと対峙した。
ゆうにコーヒーとセットで2500円。2人分で5000円。
貧乏会社員の財布の中身を半分枯らす程度の威力があったが、つとめて顔に出さないようにした。(だが、チノちゃんにはばれていたように思える)
そのパフェが、いま、俺たちの手元にある。
一口、掬う。
そのマンゴーの酸味は、見たこともない遠い異国の国の踊りを俺たちに見物させるようだった。
それが、上品かつ味の濃いクリームと併わさり、まるで口の中で中和するように熱を吸い取る。
さらに、下に敷かれるマンゴー・プリンは、異国の情緒に、かつてその国と敵対していたであろう洋風の建築の面持ちを融合した味わいがあった。
俺とチノちゃんはもう、それらを食べるだけで体がとろけてしまった。
やがて、俺たちは完食する。
素晴らしい出来。すばらしいひと時。
来てよかった。俺は思う。彼女も、きっとそうだろう。そう考えていると、
「いい気にならないでください」
という厳しいお返事があった。だが、主上さまに機転を与えられた俺は、
「もちろんだよ、次はもっと美味しいものをたべようね、俺たちでさ」
なんて言ってみたりする。彼女は、
「バカですか」
と小さく笑って言った。
夏休みが終わる。この笑顔も、やがて季節と共に忘れられてしまうだろう。
だがそれでも、この瞬間を小さくスクラップにして切り取り、忘れないうちは飾っておきたい。そんな風に思った。