あなたはその日、疲れからかゴミをポイ捨てしてしまった。
玄関を開け、スーツを着替えるて肩をぐるりと一回転。
関節の鳴る音に、一握りの爽快感とそれ以外のストレスというものを実感する。
日の終わりの楽しみか、それともただのルーチンに従ったものか、缶ビールでも飲もうと冷蔵庫に向かう。
型落ちで、扉が少し開くに硬い。
少し億劫さを覚えながら、いつものようにがばりと扉を開けて、確認もせずに手を突っ込めば――そこにビールの缶はなかった。
「……ぁいい!?」
思わず奇声を放つ。
反射的に扉を閉めて、己の手を見つめる。変化はない。
「え、何、怖い」
缶。そこにあるのは並べた缶ビールの群れだったはず。
視認していないからわからないが、明らかに手に残った感触は柔らかい生物めいたサムシング。
ごくり、とつばを飲み込みおそるおそる扉を再び開ける。
「おおぅ……ファンタスティック……」
そこにはマッスルがいた。
意味が分からない自分は、疲れから意味のわからない言葉でリアクションを取ってしまった。
筋肉の塊だった。
筋肉の塊が冷蔵庫を占拠している。
ミチミチと、治まり切らない筋肉で埋め尽くしていたのだ。俺の指が触れたのはおそらく――腹直筋。それは見事なシックスパック。
というか、頭はどこに……?
目の前にあるのは腹筋だ。
全体像を考えれば、かなり大柄であるわけだが、明らかに冷蔵庫に収まらないはずなのだ。
頭はどこだよ。
冷蔵庫に筋肉(体のみ)。
ばたんと再び閉める。
「……」
沈黙。
これ、捕まるやつなのでは?
と思う。
いや、疲れているだけなのでは?
と思う。
三度扉を開くと、とても爽やかな顔が歯を輝かせて笑顔を見せていた。あ、首の筋肉もいい感じっすね!
「なんでだよ!」
勢いよくしめた。
病院に行け、幻覚だ。
警察に連絡しろ、いろんな意味で事件だ。
二つの選択肢が己に迫ってきているのを感じる。
死んだような目になってもう一度あけると、そこには缶ビールの群れ。
ほっとする。
いや、実際のところそこまでほっとできてない。言い過ぎた。
でも、選択肢は狭まったんだ良い事だ。
病院に行こう、疲れているのだ。
少しだけ、つま先分くらいのさっぱり感でそう思う。お薬もらって養生しよう。そう決意したのだ。
そして缶ビールを取り出そうと手を伸ばすと、缶ビールの影からミニマムサイズとなったマッチョが良い笑顔でサイドチェストのポーズのまま滑るようにスススと姿を現したのだった。
目を覚ます。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
物凄い悪夢らしき何かを見た。いや、悪夢は悪夢でいいと思う。
さすがにあの状態で、ナイスバルク! と褒める精神を自分は持っていなかった。
ふぅ、とため息をつき起き上がる。
ころり、と何かが転がった。
昼間道に置いていってしまったペットボトルだった。
何故ここに、と思った。
ポイ捨ての祟りだろうか、と思った。
いや、ポイ捨ての祟りがマッチョの夢を見るってなんやねんと思った。
いや怖い、怖っわぁ、下手ホラーより得も言われぬ恐怖があるわぁ……と思った。
よく見ると、パッケージは昼間捨てていったものだとわかるが、呑み切って捨てたはずのそれには、何か液体が入っている。
おそるおそる開けてみる。
飲もうとしたわけではないが、何が入っているのかどうしても気になったのだ。
どこかで嗅いだことのあるにおい。
最近どこかで……記憶を手繰っていく。
しばらくそのまま記憶を手繰り寄せていると、思い出した。
これは知り合いが最近飲んでいる解いたものによくよく似ている。
そう……これは……プロテインだ!
「なんだその筋肉押し!」
思わず、自分はそのペットボトルを投げ捨てた。
後々調べると、自分がペットボトルをポイ捨てした場所にはもともと人気だったジムがあったのだという。
いや、なんの関連性が……?
もやもやだけが残った。
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ノーモアポイ捨て!(まとめ
腹筋周りの脂肪がまるで落ちない苛立ちがあるのだ。