千葉県下総地方は今では開発が進んでしまって地層を観察できる露頭はほとんど削平されてしまいました。
しかし今から20数年ほど前には、車で走っていると白っぽい貝がびっしりと詰まった崖があちこちに見られたものでした。
その頃は、簡単に化石が取れる崖があちこちにあったので、地質学を勉強する人は一度は千葉県を訪れたそうです。
古き良き時代でした。
時は流れ、平成14(2002)年に「木下(きおろし)貝層」が国の天然記念物に指定されたとのニュースが流れました。
木下貝層は千葉県印西市にある、約45万~8万年前に海底に堆積した、貝化石を大量に含む地層です。私は大学生の時、現在の印西市まで通学していた時期があり、木下貝層という地層が大学の近所にあることは知っていました。
その頃はまだ、千葉県指定の天然記念物だったのですが、天然記念物に指定された崖からは化石を掘るわけにもいかないので、興味はあったのですが実際に行ったことはありませんでした。
大学を卒業して20数年、木下貝層が国指定となって、公園として整備されたと聞いて、母校があった懐かしさも手伝って木下貝層を訪ねてみたくなりました。あわよくば化石を掘ることができないかな、と思い、指定地以外で化石を掘ることができそうな露頭を探して、出かけてみました。
ネットで調べてみると、昔の下総地方はあちこちで化石が掘れたそうなのですが、今では開発が進んでしまってそれらの崖(露頭)は宅地開発されてしまったそうなのです。地質学の本でも紹介されて有名だった露頭も消滅したと聞いて、もう化石を掘ることはほとんどできないと知りました。
それでもあきらめきれず、現地で探せば化石を掘ってもいい露頭があるだろうと、埼玉から下道で3時間、車をひたすら走らせて木下地区まで来ました。
すると、いきなり目の前に立派な露頭が現れたではありませんか。
「探せばあるじゃないか。」
と思ったのも束の間。その露頭こそ、天然記念物になった木下貝層の崖だったのです。
「そういうオチかい。」
というわけで、化石が掘れる露頭は開発によって大部分が失われたそうです。
しかしそのような状況で、木下貝層は今でも化石を産出する数少ない露頭なのです。
国指定天然記念物として保存しなければ、こんな小山は簡単に開発で消滅してしまう時代です。
そう思うと大事にしないといけない露頭ですね。
木下貝層は基本、海底に蓄積していた砂と貝から成る地層です。
なので、山砂として利用価値があり、周辺の山々は東京湾の埋め立てなどに使うため削られてしまいました。
しかし下部の層は長年の風雨の影響で、化石の貝殻から溶け出したカルシウムが再結晶化し、堅い岩のようになっています。
これはすなわち、方解石が主成分の岩ということで、地元ではこれを石材として利用しました。
公園のネームプレートは、公園整備の際に出たこの岩を利用してました。
貝層のある小丘陵は『木下万葉公園』として整備されていました。
ココには以前、千葉県立印旛高校があり、露頭は「印旛高校脇の露頭」として有名でした。
公園一帯が天然記念物の指定範囲です。
露頭は公園の南側と西側で見られます。
南側の露頭は駐車場から見上げることができますが、遠すぎて貝層を観察できません。
それでも、露頭の下の方は貝殻がびっしり詰まった、というよりほとんど貝殻だけの層が見られます。
そこから東へ回ったところでは、岩のように固くなった地層を見ることができました。
貝殻以外の部分は海岸で見られるような砂なのですが、これが固まっているのがわかります。
運がいいと、貝殻と貝殻の間にある空洞に方解石の結晶が見られることもあるそうです。
今度は西側へ回り込んでみました。すると南側よりさらに貝層を間近に観察できる露頭がありました。
というより、観察しやすいように整備されたようです。
露頭に近づくと、貝殻(貝の化石なのですが)がびっしり詰まった様子がよくわかりました。
やっぱりほとんど貝殻です。
木下貝層は地層に含まれる砂の粒度や貝の種類などから、細かく4つの帯に分けられるそうです。
石材として利用される固い層は、カシパンウニ帯より下層の部分でした。
逆に、上の方のキタノフキアゲアサリ帯は、海岸で貝が砂に埋まった状態がそのまま地上に現れたような感じでして、簡単に砂を掘ることができます。
これは要するに、この辺りの地盤は地質学的には新しく、充分に固まっていないということなのです。
方解石でできたこの石材は古代から利用されていて、古墳の石室にも利用されていました。
万葉公園内にある『木下交流の杜歴史資料センター』敷地内には木下層の石材で作られた古墳の石室(松山2号墳の石室)が移設されていました。
6世紀後半のものだそうです。
ただ、石材の粒度や色合いから、石はまた別の場所から採掘されたものと見られるそうです。
他にも、印西市内の上宿古墳、龍角寺古墳群の岩屋古墳(国指定史跡)の石室も、この岩で作られているんだとか。
この日は天然記念物の露頭だけを見て帰ることになりましたが、化石採取は諦めきれませんでした。
その後さらに調べたところ、木下層の化石を今も採取できるところがあることがわかりました。
後日、その場所で採取した化石がこちらです。決して天然記念物の貝層から採取したものではありません。
また、採取地は地層の保護のため、明らかにできません。あしからず。
(紙片はおよそ2㎝。)
こんな種類の貝化石が採取できました。時代が比較的新しいせいか、現生種と同じですね。
特に目立ったのはハスノハカシパンの化石でした。ちょっと変わった名前なので有名ですね。ウニの仲間です。
地層としては新しいとはいえ、下総地方では海底で形成された典型的な地層が見られ、化石も掘りやすいため地質学の良い教材でした。
それが次々と失われているのは本当に残念です。
もう天然記念物に指定しないと保存もされない時代になってしまい、悲しい限りです。
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木下貝層(きおろしかいそう・平成14年2月・国指定天然記念物 千葉県印西市木下)
木下貝層は千葉県印西市にある、およそ14万年前~8万年前に海底に堆積した地層です。千葉県の北部に分布するこの時代の地層は、以前は成田層と呼ばれていました。現在は下位から清川層、木下層と名付けられ、「下総層群」と言われています。その上位に関東ローム層が堆積してます。木下貝層は、この木下層の模式地となっています。下総層群が堆積した時期、“古東京湾”という内海が関東一帯に広がっていて、その東部は砂浜が外海と湾を隔てていました。木下貝層はその砂浜の一部が途切れて潮が流れ込んでいた場所に堆積したため、貝やウニの殻が集中して溜まったと考えられています。
参考文献:
印西市教育委員会 『木下貝層 -印西の貝化石図集- 第5版』 印西市教育委員会(2019)
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