鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「扉は閉ざされたまま」

単行本は2005年5月20日刊。文庫本は2008年2月8日刊。本作は2006年に第6回本格ミステリ大賞(小説部門)の候補となっている。

蔵書の再読。最終的には、なんとなく読んだことを思い出したが、ストーリー展開はまるで覚えていない。だから、楽しく読めた。というより、読み始めたら止まらず、一気呵成に読んだ。

しおり代わりに挟み込まれた紙に、登場人物が列記されている。十数年前に読んだ際、途中で混乱して来たため作ったのだろう。ここにいきなり「伏見亮輔 殺人犯」と書かれていて、おのれはアホか! とあきれたのだが、読み始めてみると、序章は伏見が新山を殺すシーンだった。要は、倒叙モノなのだ。

本作ではさらに捻りがあって、通常の殺人犯は、皆(警察や事件の関係者)が殺人ではなく事故だと思ってくれますように、とか、犯人が他にいると思ってくれますように、とかを願い、そうなるよう行動するものなのだが、本作の犯人は、殺人現場に人をいれないようにひたすら頑張るのだ。時間を置くことによって、殺人の痕跡が消えるから? 死亡推定時刻をずらし、アリバイ工作をするため? これが謎である。

そして、その場に頭脳明晰な人がいて、なんか変だな? と思ったことをどんどん解き明かしていく。犯人は予想外のスピードで事態が解明されていくので焦り、ごまかそうとするが……という、犯人と探偵役とのバトルが本作の見どころである。

それとは別に、本作は恋愛ドラマでもある。その二人は、相思相愛である。というか、男は女を深く愛しているが、付き合ってもうまくいかないと思い込んでいて、女から離れる。が、世の中のどの女性を見ても、彼女に比べて場劣っているように見え、誰とも付き合う気が起きない。女は一途に男のことを愛し続けている。女は、十代の頃は可愛く、仲間内のアイドルだったが、年を経て知性にも美貌にも磨きがかかり、大人の色気も身につけている、とても素敵な女性だという。この恋の行方も気になるといえば気になるのだが、恋愛譚に関しては、全く色気の「い」の字も感じられないのがオカシイ。石持作品の登場人物はすべてを論理で進めようとするが、恋も愛も論理で割り切れるものではないのだ。



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「徳川四百年の内緒話」

  • 徳川宗英「徳川四百年の内緒話」(文春文庫)

2004年8月3日刊。蔵書の再読。まあ、いかにも自分が買いそうな本ではある。

著者は田安徳川家の第十一代当主なのだろうである。宗英と書いて「むねふさ」と読む。

家康に始まる徳川将軍家のエピソードは、知っているものも知らないものもあるが、著者にしても歴代の将軍と会ったことがあるわけではなく、よくある雑学本と似たような体裁だ。が、慶喜以降の当主の話はさすがに臨場感があった。そもそもわれわれは、徳川家は15代慶喜で終わったと思っていて、徳川宗家も、御三家も御三卿も、ちゃんと当主が決まっていて脈々と系譜が続いていることを知らない。それは知っていても、当主がどういう人かなど、ほとんど全く知らない。だから、そこは面白かった。

こういう家の当主になってしまうと、法要ひとつとっても、ご先祖様のお歴々を供養しなければならない、時間もかかるし、お金もかかるだろう、でも年貢がもらえるわけではないから、普通に働いて、人並みの収入を得るしかない。著者はIHIに入社し、役員を務めたり、関連会社の社長を歴任したりしたほどの人なので、世間一般の人よりは高収入だったかも知れないが、お金も時間も、いくらあっても足りない生涯だったのではあるまいか。太平洋戦争がなければ、それないに広い土地を受け継いでいたから、家賃収入で左団扇だったかも知れないが……

今調べたら、徳川ネタでずいぶんたくさんの著書を発表しているようだから、それが御先祖様から受け継いだ「資産」ということになるのだろう。



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「お隣の音成さん」(既刊4巻)

  • 成瀬みやび「お隣の音成さん」1~4

1巻は2023年3月16日刊、40ページ。2巻は2023年7月5日刊、40ページ。3巻は2023年9月8日刊、44ページ。4巻は2023年11月16日刊、42ページ。

隣りの部屋(アパートの?)に越して来た女子大生と少しずつ仲良くなっていく話。「クラスメイトちゃんとお姉さん」に収められていた「お隣に距離感がバグってる無防備な女子大生が引っ越してきた」のリメイク・発展版。この時は名前がなかったが、音成楓という名前であることが示された。語り手の男子は顔を見せない。二人は同い年の19歳だが、同じ大学かどうかはわからない。他の登場人物もなく、最初から最後まで音成楓の一人芝居である。

最初は料理を作り過ぎてお裾分けをするところから始まり、家電の買い物に付き合い、アルバイト先が一緒になり、その間に、すごい田舎の出身で米が大好きなこととかが少しずつわかってくる。4巻では楓の部屋で一緒にレポート作成をするところまで親しくなる。

4巻が最終巻とは書かれておらず、いずれ続編が出るかも知れないが、語り手が「毎日楓の料理が食べたい」、楓が「毎日食べさせてあげたい」と同時に口にするところで、両想いが確認できたとも取れる。

巻末のイラスト集がなかなかよい。ベストショットは眼鏡をかけた顔。

「トットの欠落帖」

単行本は1989年5月1日刊。文庫本は1993年8月31日刊。

「窓ぎわのトットちゃん」がとてもいい本だったから、黒柳徹子をもう少し読んでみたいと思い、購入。新しい本ではないが、書店に並んでいるのは、劇場アニメ効果か?

文章はうまいし、面白い本には違いないが、普通のエッセイ集である。「窓ぎわのトットちゃん」の続編ではない。

黒柳徹子がいろいろやらかしたことを、時系列に関係なく(思い出した順に?)書き連ねたもの。確かに、ひとつひとつは「ちょっとすごいな」と思われる「やらかし」である。しかし、これだけ盛大にやらかしているのは、彼女に「欠落」があるからではなく、それだけ行動範囲が広いからだ。

仕事柄もあるのだろうけれど、彼女の行動力はすさまじい。また、幅広く興味関心を持つ、その知的欲求も並外れている。だから、結果的にやらかすことも増えていくのだろう。やらかしても、やらかしても気にも留めず(いや、結構気には留めているらしいと本書を読んでわかったが)、前へ進んで行く姿勢は素晴らしい。

本作品は、恐らくどこかの雑誌に連載されたものではないかと思うが、それに関する記載がない。単行本の発行日が書いてあるからまだマシだが、初出はわかるようにしてほしいものだ。

「クラスメイトちゃんとお姉さん」

  • 成瀬みやび「クラスメイトちゃんとお姉さん」

2022年6月22日刊。60ページ。これが初オリジナル作品らしい。「恋するクラスメイトちゃん」「お隣に距離感がバグってる無防備な女子大生が引っ越してきた」の二編所収。

いわゆる他人との距離がうまく取れず戸惑ったり困ったりしている人の話。ストーリー展開はともかく、絵柄に関してはこれが初オリジナルとは思えない完成度。

どちらも中途半端に終わってしまったことを著者があとがきで残念がっているが、あとの方の話はのちに「お隣の音成さん」として作品化されている。

「他人との距離感」に関する私見

高校は、一部の私学を除けばみな同じ地域に住み、成績も同程度なので、だいたい考え方も似ていて、共通する話題も多い。そういう世界で友だちがたくさんいた、人気があったということでコミュニケーション力に妙に自信を持ってしまうと、大学に入って周囲から浮きまくり、嫌われ、果ては学校をドロップアウトしてしまったり、ということが意外にあり得る。

大学の方が成績も出身地ははるかに幅が広いし、なんなら年齢も現役と一浪、二浪とでは違う。そういうところでは、自分はコミュ障だと謙虚に思っているくらいの人の方が、長い間には親友や恋人をしっかり確保していたりする気がする。

しかし隣の女子大生さんは、他人との距離感はともかく、一人暮らしなのに実家にいた時と同じ分量で料理を作ってしまうのは、いくらなんでも「やらかし過ぎ」だ。



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「ギャップのある人たち」

  • 成瀬みやび「ギャップのある人たち」

2022年9月20日刊。55ページ。twitterやpixivで発表した作品をまとめたもの。見た目と中身にギャップのある人およびそのカップルを描いたもの。

いかつい顔をした鬼瓦くんと美少女白鳥さんのカップルは、鬼瓦に脅されて無理やり付き合わされていると周囲に思われている。「全部見てたのに、何もできなくてごめん」と白鳥のことを心配する周囲に、「鬼瓦くんのこともちゃんと見た方がいいよ」と返すところがいい。



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「チルドレン」

単行本は2004年5月21日刊。文庫本は2007年5月15日刊。陣内、盲目の永瀬、永瀬の彼女の優子、陣内の友人の鴨井、陣内の後輩の武藤。共通するキャラクターが登場する連作短編集。ひとつの長編とも読める。ただし、各話ごとに語り部は変わる。ミステリーではないが、各編とも、ミステリー仕立てになっている。

蔵書の再読。なんとなく読んだことは思い出した。が、ストーリー展開はまるで覚えていない。だから、楽しく読めた。「レトリーバー」の最初の謎はすぐ解けた。今となっては定番ではないかと思うが、以前に読んだからなのかも。

陣内という男がやかましく、自分勝手で、そばにいたら辟易するタイプなのは明らかなのだが、彼の発言や行為によって、彼の周囲の事態が好転していくことが多いのも事実。上司の小山内が武藤に、彼は素晴らしいが決して真似をしてはいけない、と注意するのはよくわかる。

破天荒なキャラクターが織りなすヒューマンストーリー。

初出一覧

タイトル 掲載誌 日付
バンク 小説現代 2002年4月号
チルドレン 小説現代 2002年11月号
レトリーバー 小説現代 2003年9月号
チルドレン II 小説現代 2003年12月号
イン 小説現代 2004年3月号



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