介護士としてのスキルとは?
こみちが思うのは、介護士が専門職意識を持ちすぎないことです。
利用者にとって、介護士は自分の手であり足なのです。
極端な言い方をすれば、「正論」を聞きたい訳ではありません。
目の前で起こった「障壁」を取り除いて欲しいのです。
–––トイレに行きたいなぁ。
利用者がそんな風に思った時、求めているのは「トイレまでの移動手段」です。
「さっき、行ったでしょ!?」
そんな返答は求めていません。
しかし、介護士の立場になれば、様々な理由からすぐに行動できない時があります。
こみちの経験では、上手く気持ちを反らせることができたとしても、それは5分前後の猶予に過ぎないことです。
もしもそれ以上、例えばその後言わなくなったとしたら、介護士の言葉を理解したり、熱意に屈したりしたのではなく、単純にその介護士をみくびっただけだと思います。
ちょっと驚くようなことがありました。
「利用者の〇〇さんがご立腹なの!」
声掛けした介護士ではどうすることも出来ず、先輩介護士が代わりに行ってみたものの、早々と退散する事態となったのです。
そんな騒動を小耳に挟んだこみちでしたが、思えば30分前にその利用者と普段通り話したことを思い出していました。
「あのさぁ、時間あったら覗いてみてくれない!?」
しばらくして、別の介護士から話を振られ、こみちが改めてその利用者と話すことになったのです。
みんなの様子を踏まえれば、話し掛けた時点で怒られそうなイメージです。
「〇〇さ〜ん! ちょっと大丈夫ですか?」
一応、笑顔で話し掛けてみたら、「何? どうしたの?」と笑顔で迎えてくれました。
まだ、それまで聞いていた状況と異なります。
様子を探りつつも、利用者の脇にしゃがみ込み、「身体の具合でも悪いの?」と少しトーンを落として囁くように話し掛けました。
「ええ? どうして?」
笑顔が消えて、利用者は眉を潜めています。
「オヤツをね。テーブルに残っているからどうしたのかなぁと思って…」
結論を急いではいけません。あえて「何で起きないの?」とは言わずに、「ホットミルクでも飲む?」と聞いたのです。
「ホットミルク?」
「お腹の調子が悪いとかではなくて…」
「アハハ、全然。ちょっと、眠たくて寝かせて欲しかったの」
「嗚呼そうだったの。起こしてしまって悪かったですね。オヤツは後で食べればいいですね」
そんなやり取りを終え利用者の元を去ろうとした時、「ありがとう」と声掛けてくれました。
ここで分かったと思うのですが、こみちの話術が優れているからではありません。
利用者は最初から全部わかっていて、「大丈夫ですか?」と声掛けた時から「様子を探りに来たこと」を察しています。
実際、今回のケースではありませんが、「介護士の態度が横柄で従いたくない」と思う利用者はかなりの確率でいるようです。
つまり、利用者は介護士で態度も違いますし、同じ介護士でも話し方次第で結論が異なります。
絶対的に気をつけたいことは、「利用者の承認欲求」を受け入れる姿勢でしょう。
「なぜ、しないのですか?」
これでは咎められている印象を受けます。
利用者の気持ちとして、正直な理由を話したくなくなるでしょう。
それよりも、「しなかったこと」の先。つまり、「体調が悪かったの?」と訊ねることで、咎められている印象は起こりません。
こみちが言った「ホットミルク」も、利用者にすれば「それはなぜ?」になるのです。
そこで初めて「体調でも悪いのかと思って…」と繋ぐことで、利用者としても気持ちを正直に話せたのでしょう。
繰り返しますが、テクニックではありません。
利用者の承認欲求を受け入れてから、始めるのが基本だからです。
もう少し言えば、「承認欲求」は誰に承認されたいかが重要です。
つまり、親しくなりたい相手だからこそ、「認めて欲しい感情」が芽生えます。
よく勘違いするのは、駆け引きだけを真似てしまう誤用です。
「どうしたの?」
知らない人から言われても、「別になんでもありません」というのが普通です。
「あのね」と心を開いてくれるのは、日頃からの付き合い方がポイントなのです。
そんな風に考えると、介護士としてのスキルよりも、人柄の方が何倍も重要になります。
中高年の介護士でも、施設の利用者から見れば息子や娘世代です。
つまり、親子くらいの関係なので、ある意味では「自分の親」に、そして「人生の先輩」に話し掛けるつもりで丁度いいのです。
「こちらはなんでも知っていますよ!」
そんな雰囲気を出しても心を開いてはくれませんし、答えてくれたとしても「本心」ではないかも知れません。
もちろん、こみちに語ってくれた「理由」だって、本心ではないかも知れません。
でも、大切なのは、そこに心が通いあったかどうかです。
少なくとも、利用者がその時言ってくれた言葉で十分で、そこから判断する中で次のことも見えてきます。
騙されても良いし、嘘でも構いません。
先ずはこみちがそれを信じて、利用者の承認欲求を満たすことから始めます。
それが結局は、利用者と介護士の信頼関係を築くことになるからです。