これは、昔わたくしがお水の世界にいたころのお話で、今とは世界もずいぶん違うのかもしれません。バブル前→バブル崩壊→不景気時代をずっとお水してました。そんな遠い記憶の物語…(だからクレームとか受け付けません、私の経験と主観です)
三流のクラブから二流のクラブに半年位で鞍替えした。
客もホステスも前よりずっと良い人達だし和やか。
ここでずっと働くつもりだったけど、結局私は一流クラブに移ることになる。
それはここで働いて一年半程経ったある日、ナンバーワンホステスと同伴してきた客が、昼間の会社の部署違いの同僚だったから。
向こうは私のことを分かってない様子だったので、とりあえず事情を黒服に話して、同僚から見えない、遠い席に付けてもらった。
どうして同僚がこの店に来るようになったのかは定かではないが、その後も同僚が何度かお店に来るようになった。そんなに安い店ではないので、何故同僚がお店に通えるのか不思議ではあったけれど、プライベートな時間だしそれほど親しくも無いので言えない。私としては仕事がしずらくて堪らない。
ここでも帰りは送りの車があって、毎日ワゴンにギュウギュウに詰められて、一人ずつ送ってもらう。その送りの車の中で、同僚が来て困ってることを運転手のおっさんに愚痴ってた。
おっさんは最初
「そんなん、お店一本にしたらええやん」
とよく言ってた。昼間の仕事は辞めてしまえと言うのだ。
しかし私は、何故か昼間の仕事を辞めたいと思ったことは無い。むしろ昼間働いてるからこそ、私のホステスとしての価値はある。夜一本で稼ぐようになって、もっと玄人っぽくなった私は、その辺にいる普通のホステスだ。今は昼夜働き、将来の夢のために稼いでることに私の価値が備わると信じていた。
「だったら、店を移ったら?そんなそこら辺の会社員が来れない立派な店に移ったらええのんちゃう?」
おっさんがそう言い出して、私はハッとした。
この街には大きな繁華街がいくつかあるが、西の銀座と呼ばれるあの繁華街なら、恐らく同僚のような会社員は来ないだろう。私の会社は500名も社員がいるので、役員幹部達は社員の顔は覚えていない。万が一会社の役員が来たところで、身バレすることもない。
何故今までその事に気付かなかったのか。
しかし、だとしても私如きが、あの繁華街で働けるのだろうか…
「まぁ、あんたの見た目ならギリ行けるで。ちゃんとして面接行かなアカンけどやね。そもそもこの街でホステスしてたって言うたら落ちるから、素人のフリしてヘルプで入るんや。あそこはプロかヘルプかしかホステスはおらん。あんた昼間仕事辞める気ないんやったら、ちょうど良いのんちゃう?」
送りのおっさんがそう言ってくれたから、なんだかその気になってきた。
それからは毎日送りのおっさんと、鞍替えのための作戦会議をした。
私はお店から程近い場所に住んでいたのだけど、おっさんに頼んで一番最後に送ってもらうことにした。おっさんの横に座って、市内をぐるっと一周ドライブ。
その間に、ポツリポツリとホステスが下車する。その間にたくさんおっさんと話した。
当時私は、お金を貯めたくて、お店に通勤する服装はみすぼらしかった。
会社は制服、お店ではドレスに着替えてたから、通勤はジーンズにTシャツがデフォルト。その上にパーカーかコートを着る。足元はぼろいスニーカー。いつも大きなリュックにあれこれ詰めてた。
おっさんはいつもそのことを怒ってた。
「じゅりんはさ、もうちょっと小綺麗にしいや。高級ホステスになるんやったら、高いモノじゃなくてええから、綺麗なものを選ぶんやで。キラキラしてるもんあるやろ?ああゆうの付けて、キラキラさせるんやで!なんやそのリュック、小汚い」
髪が赤茶色なこともよく叱られてた(しかし地毛なんだけど)
「良いとこの店は、みんなだいたい黒髪やで。茶色は赤い髪じゃなくて、栗色やで。その髪の色はアカン」
教養についてもレクチャーされた。
「まずな、勉強せな。とにかく本を読むんやで。日本の偉人の話がええ。ベタなヤツでええから、とにかく読むんやで。成功者の哲学みたいなことをベースでわかっとらんと、話合わせられへんから」
「あとな、そこそこ良いお店には自分で行くんや。人の金を当てにしては身につかへん。良い店ってのは、食事でもホテルでも美容室でも何でもええ。とにかく行ける限り行くんや」
「たまにでええから、小綺麗にしてあの繁華街を歩いて、何人スカウトされるかカウントしてみい。ちゃんとお店の名刺も貰えたら、じゅりん頑張ったとおっさんが認めたるわ」
お店のホステス達には、わざわざ遠回りして帰る私を、おっさんと出来てると噂する人もいたし、遠回りして帰宅すると昼間の仕事が眠くて仕方なかったけど、私はとにかくおっさんに言われた通りに色々自分を磨き、それをイチイチおっさんに報告してた。
おっさんは若い頃は、私が勤める二流クラブより、もっと良いクラブの黒服だったらしい(自己申告だから本当かどうかはわからない)
だからどんなお店を選べば良いのか、時給はどれくらいが妥当なのか、面接ではどう振る舞ったらよいのかなど、細かくアドバイスをしてくれた。
私は一流クラブを色々リサーチし始めていた。
どうせなら自分のスキルも人脈も広がるようなお店が良い。
最初はかなり老舗の高級クラブを目指そうと思ったけど、おっさんが
「そこはあかん。古臭いだけで仕切たりうるさくて、あんたの性格に合わん」
というので辞めた。
でもとりあえず、あちこち面接は受けて、お店の様子などは見てみたいと思って10件くらいをリストアップして、おっさんに渡した。
お店の入れ替わりは激しいから、おっさんの知らないお店もたくさんあったんだけど、
おっさんのおススメ順位に丸が付いてて、3番目のおススメに「?」と書かれてた。
「これなに?」
「あー・・そこはええと思うけど、じゅりんがそこで働けるか、難しいかもなぁ」
と言われた。元々老舗のクラブの出身の40代のママが経営しているというお店。
半分のホステスが外国籍で、オーバーステイは一人もいない。かなり客層もグローバルで華やかで、平日でも3回転くらいする忙しいクラブだと聞いていた。
「おっちゃん決めた。私、そこがいい!」
それが結局、お世話になったお店。
ここ↓
もちろん入店するには一筋縄ではいかないのはわかっていたので、他の面接を受けてどの服装が面接受けが良いか、髪型やメイクはどうか、どんな質問をされたかなどをチェック。
そしてまたおっさんと相談するという繰り返し。
最後は私の執念勝ちという感じ?
二流店を辞めるのも色々と大変だったんだけど、やっぱりおっさんの知恵を借りて、結局店を飛んで辞めた。
いま思えば、あのおっさんがいてくれたからこそ、私は一流店に鞍替えできた。
最後に挨拶に行った時は
「おっちゃん、ずっとここでこの時間に送りの待機してるさかい、また遊びに来いや」
と笑ってた。
二度と行かなかったけど、行けばよかった。
感謝しかない。まだ生きてるかなぁ、おっさん。
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