教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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番組リスト

"日本軍がアメリカ本土攻撃のために密かに開発した巨大潜水艦" (8/5 NHK 歴史秘話ヒストリア「伊400 幻の巨大潜水艦」から)

日本海軍の秘密兵器

 日本海軍が製造した全長120メートルの当時世界最大だった潜水艦伊400。ちなみに架空戦史小説「紺碧の艦隊」の元ネタとも言われる潜水艦である。アメリカに拿捕された後にハワイ沖で爆破沈没させられた超巨大潜水艦。その運命を紹介する。

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超巨大潜水艦 伊400

 そもそも伊400が建造された目的は、潜水艦に攻撃機を搭載して密かにアメリカ本土を攻撃すること。日本は真珠湾攻撃直後に、潜水艦による西海岸砲撃を行い、この攻撃自体は大した損害を与えなかったのにも関わらず、アメリカ人は初の本土攻撃に大いに動揺した。このことから、山本五十六はアメリカを早期講和に向かわせるには、アメリカの本土攻撃が不可欠と考えていた。山本の考えは、攻撃機を搭載した潜水艦によって、アメリカ西海岸のニューヨークやワシントンなどのアメリカの中心都市を攻撃し、国民の動揺を誘って早期講和のテーブルに着かせるというものであった。

 

攻撃機を搭載する斬新な設計

 直ちに伊400の開発が進められたが、一番の問題は攻撃機を収容するための巨大な格納筒を搭載したら、潜水艦がトップヘビーになってひっくり返ってしまうことだった。この問題については本体を2本の筒が引っ付いた眼鏡型にすることで解決した。

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伊400の格納筒

 またこれに搭載する攻撃機晴嵐は4メートルの筒に収める必要があった。これはプロペラの大きさを基準にしており、空母搭載時のように普通に主翼を畳んだだけでは、この大きさには収まらない。そこで主翼を90度回転してから、後方に折り曲げることでこの問題を解決した。

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攻撃機晴嵐

 

パナマ運河攻撃作戦に出撃するが

 こうして設計の定まった伊400は呉の戦艦大和が製造されたドックで極秘裏に建造された。そして完成したのが1944年12月。伊400に与えられた最初の任務はパナマ運河の破壊であった。この頃、既にドイツが劣勢に陥っており、もしドイツが敗れると大西洋のアメリカ艦隊がパナマ運河を通って太平洋にやって来ることが考えられた。これを阻止しようという考えである。

 伊400の乗員は195名。多くが10代、20代の若者だった。パナマ運河破壊作戦は、沿岸で浮上、直ちに攻撃3機を送り出すと直ちに潜行して敵から身を隠す必要があった。しかしこの収納された攻撃機を組み立てて発艦させる作業が大変だった。熟達した整備兵はおらず、素人の集団だったので最初は3機を続けて発艦させるのに半日かかる始末だったという。彼らは連日の猛訓練でようやく20分で3機を発艦させられるようになり、任務に出撃することになった。

 しかしこの任務はパナマに向かう途中で中止となる。時は1945年の6月。乗員が連日の訓練に明け暮れている間にドイツが降伏し、既にアメリカ艦はパナマ運河を通り抜けて太平洋にやって来てしまっていたのである。しかもアメリカ軍は沖縄に上陸、本土に迫りつつあった。

 

新たな任務として特攻が命じられるが

 こんな中で伊400に与えられた新たな任務は、南太平洋のウルシー環礁への攻撃だった。ここに集結するアメリカ艦隊に攻撃をかけるというもので、晴嵐はここで特攻をすることになった。しかし既に太平洋の制海権はアメリカ軍下にあり、目的地まで到達できるかどうかも怪しかった。死を覚悟して出撃する乗員達。その時の乗員の生き残りがいるが、最初は国のために命を捨てるという高揚感があったという。しかし艦内には何が何でも妻の元に生きて帰ると考えている者がいたりなど様々な乗員がいたことから、彼もやはり生きて帰りたいと思うようになったという。

 この任務も中断されることになる。ウルシー環礁に向かう途中で終戦となったのである。降伏に納得できずに任務継続を主張する乗組員もいたというが、艦長は呉に帰還することを決定する(艦長の正しい判断によって乗組員達は犬死にを避けられた訳である)。

 伊400は日本近海でアメリカ軍に拿捕され、その後はハワイに運ばれて徹底的に調査されたという。日本の技術の粋を投入した巨艦にアメリカは驚き、自軍の艦として運用することも考えたという。しかし突然に爆破が決定される。それはソ連が検分を求めてきた直後だという(ソ連には技術を知らせたくなかったということだろう)

 

 こうして伊400は戦況にはなんら貢献することなく使命を終えた訳であるが、その時に乗組員を道連れにしなかったのが救いである。この時にアメリカが接収した技術が後の巨大原子力潜水艦のベースの一つになった可能性があるだろう。実際にアメリカが打ち上げたロケットの技術のベースはナチスのV号から得ていたのだから。

 伊400というのもかなり目立つ兵器でありながら、存在自体はミリオタ以外にはほぼ知名度がないというのは、やっぱり潜水艦という地味な兵器と言うこともあるだろうが、戦況に影響を与えていないのと、何よりも悲劇を生んでいないと言うことだろう。戦艦大和のように乗組員を道連れに沈没なんて言う大悲劇を起こしていたらエピソードが語り継がれるが、伊400に関しては乗組員は無事に帰ってきているので、下手したら死に損ないというように見られかねない。当人らもあまり積極的にはアピールしなかったはずだ。

 

忙しい方のための今回の要点

・全長120メートルと世界最大の潜水艦だった伊400は、アメリカの本土攻撃を想定して建造された。
・伊400は直径4メートルの格納筒を装備し、この中に3機の攻撃機晴嵐を搭載、折りたたんで収納した晴嵐を組み立てて出撃させることで、アメリカの沿岸都市の攻撃を想定していた。
・伊400が完成したのは1944年の12月、パナマ運河を破壊してアメリカ大西洋艦隊が太平洋に回ることを阻止する作戦に動員されるが、訓練中にドイツが降伏してしまい、アメリカ艦が太平洋に回ったことから作戦は中止される。
・次にウルシー環礁に集結したアメリカの大艦隊への特攻が計画されるが、目的地に向かう途中で終戦、艦長は作戦続行を主張する乗組員を制して帰還を決定する。
・日本近海で拿捕された伊400はハワイに運ばれて徹底的に調査される。米軍は自らの艦として運用することも考えたが、ソ連から検分を要求されたことで爆破を決定する。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・一般の知名度はあまり高くはない伊400なんですが、やはりマニア受けはするのか、先の「紺碧の艦隊」を初めてとして「海底軍艦」とか結構創作もののネタにはなっていたりします。ただ戦艦大和みたいに宇宙を飛んだ例がないことが知名度の低さの原因か(笑)。
・潜水艦ってこのように地味な兵器なんですが、今の潜水艦は核弾頭積んでますので、破壊力という点では一番凶悪です。

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