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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

分析機器のイソプロピルアルコール(IPA)の洗浄による注意 | Lessons Learned、失敗学、事故事例

分析機器のフライトアイテムのイソプロピルアルコール(IPA)の洗浄

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宇宙業界で洗浄と言えば、イソプロピルアルコール(IPA)を使用します。

 

アルコール洗浄と言えば、IPA洗浄を指します。

ウィルス対策のための洗浄では、エタノールが知られていますが、また構造が違います。

 

IPAは、エタノールよりも極性があり、脱脂能力が高いのですが、毒性も高く、水ほどではないですが沸点も高いのが特徴です。

指紋の除去に始まり、はんだに含まれるフラックスの除去にも使用されます。

 

ただし、手荒れがしやすく飲めないので取り扱いに注意が必要です。

 

宇宙業界ではよく使用されていますが、手荒れがしやすかったり毒性があることに対する作業員の注意は不足しているように思えます。  

概要

IPAを使用して、国際宇宙ステーションに設置する環境モニター機器の部品を洗浄しました。洗浄後に、機器の清浄度測定を行い、機器内の残留IPAが基準レベルを超えました。機器内にヘリウムを流し(パージし)ても、IPAの濃度が減少することはありませんでした。

処置としてベークアウト(ベーキング)してIPAを除去し、長期間連続で再テストを行い、残留濃度が基準レベルを超えていないことを確認しました。 

発生メカニズム

環境モニター機器では、国際宇宙ステーション内部の空気を観測するために、ガスクロマトグラフ、プレコンセントレーター及び質量分析計が含まれており、微量の分子を検出します。この装置の中に、宇宙空間で交換するユニットがあり、観測・分析に使用されるガスが供給されます。

 

標準の洗浄手順として、環境モニター機器の流路内に、高温のヘリウムガスを流出(パージ)します。パージは元々、交換するユニットの流路を洗浄する目的ではありませんでしたが、流路内の残留物も押し流して、洗浄されると考えていました。

 

結果は、環境モニター機器内の質量分析計は、20億分の1(ppb)未満のレベルを求められ、検出された濃度は100万分の1(ppm)のレベルでNGとなりました。

 

IPAは内部の不純物に吸着され、高温のヘリウムガスをパージしただけでは除去できないことが分かりました。 

発生の対応・処置

除去するためにはいくつかの方法が取られたそうですが、結局、熱真空(下記条件)の状態にすることで除去できました。

  • 10^-5 Torr (0.0133Pa)
  • 80℃
  • 150~200時間(約1週間) 
Lessons Learned
  1. 精密機器から残留IPAを除去することは非常に困難で、コストがかかることがあります。現在の精密な洗浄方法は、精密機器の洗浄要件を満たすには十分でないことがあります。NASAで一般的に使われている精密な洗浄方法は、特殊な用途を満足するとは限りません。各種の用途に適した洗浄方法を検討しておく必要があります。
  2. 標準的なガスによる放出(パージ)だけでは、長期的に見ると、内部の不純物や少量のガスが放出され、清浄度が良くならない(汚染物質の濃度が増加する)可能性があります。

Lessons Learnedを受けての推奨事項としては次の通りです。

  1. 精密な洗浄方法が、標準的な用途ではなく、特殊な用途にも適応しているか、機器により特殊な場所の洗浄も可能であるか確認してください。洗浄方法とその準備において、機器の開発者や設計者など構造を理解している人を積極的に関わることにより、特殊な要求がないか確認します。
  2. フライトアイテムに付着されている汚染物質が、完全にパージされ、清浄度を悪化させないことを保証するために、長期間の再清浄を工程に含める必要があります。

 


 

最後に

パージという表現が出てきたから、推進薬用のタンクなのかと勘違いしていました。

 

タンクに限らず、推進系は細い管で構成されており、該当箇所では洗浄していても不純物を外部へ放出するためにガスを使用しています。

 

推進薬注入は、射場工程といわれるロケット搭載前の施設で実施される。推進薬を搭載したまま輸送するには危険があるため、搭載前で実施します。

 

推進薬を注入する前に、洗浄を行うのですが、洗浄後の乾燥にも時間が掛かります。意外と時間が掛かる工程ではあります。

  

乾燥後に、ガスを放出することで、内部の不純物も吐き出すという工程を挟みます。

この場合は、清浄度が良くなるまで長時間パージし続けることになります。

 

まあ、タンクの場合は射場施設であることから、熱真空装置もないので、ガスを放出続けることになり長時間かかることは間違いないですね。 

Lessons Learned

Lessons Learnedとは、組織(に関わらないですが)において業務を遂行した上で得られた教訓(学んだ教訓)のことを指しています。

 

得られた教訓というと、失敗や不具合だけを想像しがちではありますが、成功したことについても教訓としてあげられます。

Lessons Learnedは同じ失敗を繰り返さないようにすることと、計画が順調に進んだ成功要因を共有することの2つがあります。

  

NASAで公開されているNASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)から、宇宙業界に限らず、工業製品でも適用できそうなLessons Learnedを集めています。 

参考サイト

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)

https://llis.nasa.gov/

Understand What 'Cleaning' Means In The Context Of The Flight Item

https://llis.nasa.gov/lesson/2043

ECSS-E-ST-35-06C Rev.1 – Cleanliness requirements for spacecraft propulsion hardware (15 November 2008)

https://ecss.nl/standard/ecss-e-st-35-06c-rev-1-cleanliness-requirements-for-spacecraft-propulsion-hardware/