夕焼け雲をめざして西へ走る電車の中で高校生の一団と乗り合わせた。男の子・女の子それぞれ数人ずつのグループで何やら盛り上がっている。…「汚い話」を互いに披露しあっているのだ。

 

男子の一人が言う。「なんつったって柔道着じゃね?、学期に一度しか洗濯しねえからさ、ロッカー開けた瞬間におうにおう。」

 

「こないだバスケ部の部室で椅子どかしたらさ、下からゴキブリが2匹飛び出してきて、あと1匹はカビのはえたウィンナーにしがみついてて、もうどうしようかと思ったよ」 と、もう一人の男子がバトンを受け継ぐ。

 

女子も負けてはいない。「あたし水泳部なんだけど、うちの学校ってプールのシーズンになるとき水泳部がプールの掃除するのよ。半年使わなかったプールの水って、どろどろの緑色になってんだけど、去年かなぁネズミの死体が浮いていて。半分は骨がむきだしになって、あとの半分は毛皮が残ってて、よく見るともぞもぞ虫がはってるの見ちゃった、もうトラウマよぉ。」

 

「ネズミって言えばさ、前に渋谷かどっかのコンビニでネズミが走り回ってる動画がネットに出たじゃない?、けどオレのバイト先、ネズミなんかふつうにいるよ。厨房のドア開けると飛び出してくる。」と別の男子がつなぐと、おぇー、まじかよー、うっそー、きたねー、と悲鳴とも歓声ともつかないどよめきがあって最高潮に盛り上がり、ふと少し間があいた。

 

 

やがてそれまで黙って話を聞いていた、いちばんおとなしそうな女の子、つまりどう見てもそういう話のネタを持ち合わせているようには見えない子が、遠慮がちに口を開いた。

 

「軽音部って 私が入る少し前にできたらしいんだけど、そのときから一度も部室を掃除したことないんだって。先輩が言うには掃除しないのが軽音部の伝統なんだから掃除しちゃだめなんだって。…んでね、カーペットとカーペットの間に隙間があるじゃない、そこから名前分からないんだけど足がたくさんある長~い虫が出てきたりもぐりこんだりするのよ。最初はこわかったんだけれど毎日そこにいるからだんだん慣れてきてそれが普通になっちゃった。」

 

…空気がぴたりと止まった。 軽音部の伝統の奥深さに深い感銘を受けたのか、胸にじーんと来るものがあったのか、なんなのか、一同沈黙している。他の女の子はその話をした子の顔を見てぽかーんとしている。男の子たちはまるで井上尚弥の強烈な左フックを食らったかのように戦意を失った目で中空を見上げている。

 

 

沈黙をやぶったのは彼らのうちの誰でもなかった。「つぎは調布、調布でございます。橋本方面と、府中までの各駅におこしのかたはお乗り換えです」というアナウンスでようやく金縛りが解けたかのように、高校生たちは生気を取り戻した。「じゃ、また明日ね」「○○ちゃん明日も自習室にいる?」「うんいるよ」「じゃ行く」「おつかれー」「ばいばーい」

 

彼らが降りていったあと、電車はふたたび残照を受けてあかね色に染まる雲に向けて走り始めた。「準特急、京王八王子行きです。次は府中に停まります。次の府中と高幡不動で各駅停車に接続します。」

 

(写真・文: きのぴお・ぴーぱーたん)

 

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