伊丹市立サンシティホールのオルガン

これ以外の写真は 本文内容とは直接の関係がありません。

 

 

今回の記事は 以下の報道をもとに書いています。

「大型パイプオルガン譲ります」 兵庫・伊丹市、維持費高く 「家具じゃない」音楽関係者ら批判

(7月3日付・朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14536231.html?iref=pc_ss_date

7千万円のオルガンは不要家具か? ハコモノ行政の果て
https://digital.asahi.com/articles/ASN733FRYN6VPIHB024.html?iref=pc_ss_date

(7月5日 朝日新聞デジタル)

上記2タイトルの報道内容はほぼ同じで、概要は以下のとおりです。

  • 兵庫県伊丹市が市内の高齢者福祉施設「伊丹市立サンシティホール」に設置したパイプオルガンを手放すこととなり譲渡先を公募している。
  • バブル景気の余韻があった1993年、7千万円をかけて市の施設に設置したが、維持・修繕費が高く手放すことになった。
  • このオルガンについては、これまでにオルガン製作者やオルガン奏者などの専門家が 伊丹市に対して本格的な修理が必要であることを再三にわたり要求してきたが、市側は費用が高額であることを理由に修理を行わなかった。
  • 高額な楽器を税金で買いながら、使い捨てにするかのような市の姿勢に批判が上がっている。

以上が新聞報道の概要です。

※これから私がこの記事に書くことはトピックの性質上、どうしても批判的な内容とはなりますが、私が書く批判的な文言は ①このオルガンの購入から譲渡にいたるまでの行政判断と、②その意思決定をした「行政機関としての伊丹市」 に向けたものです。決して、本件に関わられた方々個人を批難するものではありません。 また、決定された内容を批判しているのであって、決定した人を批難するのではありません。

そうはいっても この記事を 快いものとは思えない人もいらっしゃると思います。せめて、この記事がオルガン導入に関わり尽力された人に多大な不快感を与えるものとはならないよう、慎重に書いてゆきたいと思います。


札幌コンサートホール Kitara
 

まず、パイプオルガンを譲渡することに至った理由・経緯について、伊丹市は市のホームページで以下のように説明しています。

以下 伊丹市ホームページからの引用です。

「伊丹市立サンシティホール(以下、「サンシティホール」)内のパイプオルガンは、平成5年6月の設置以来、サンシティホール利用者をはじめ市民の方々に素晴らしい音色を提供してきました。…(中略)…一方、高齢化が急速に進展する中、サンシティホールには、高齢者の「健康づくり」や「生きがいづくり」を目的とした事業を重点的に取り組むことが求められています。
 そうしたことから、伊丹市ではパイプオルガン事業を含め、サンシティホールが実施する事業のあり方について、様々な観点から検討し、…(中略)…高齢者の皆様の健康寿命を延伸し、元気で自立した生活の支援に資する事業を重点的に実施することとし、パイプオルガン事業は令和2年度末をもって廃止することとしました。」


引用元:
伊丹市立サンシティホール内設置のパイプオルガン譲渡先の公募について(随時公募)
http://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/KENKOFUKUSHI/TIKI_KONEN/KOUREISYA/1583116309352.html
(伊丹市ホームページ)

この文章を読むと、あたかも「このパイプオルガンを設置した市の決定は、設置当時においては意義ある適切な判断だったけれども、その後の高齢化社会の進展という情勢の変化によって、オルガンを手放したほうがよいと思われる状況に変わった」という趣旨であるかのような印象を 受けます。

けれども私は、そもそも この高齢者福祉施設へパイプオルガンを導入したこと自体、やや不適切な買い物だったのではないかと思います。

私がなぜそのように思うのかを、これからお話しします。

りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館

 

伊丹市立サンシティホール パイプオルガン設置の妥当性

 

本件施設にパイプオルガンを設置することの住民ニーズ

「伊丹市立サンシティホール」の施設案内によると、このパイプオルガンが設置された「多目的ホール」を市民が利用する場合の規則は以下のように定められています。

  • 利用できるのは原則として伊丹市に居住する人
  • 60歳以上の人(60歳以上の人を主とする団体)は3ヶ月前から予約できる。
  • それ以外の人は2ヶ月前から予約できる。

(以上:伊丹市立サンシティホール ホームページ)

まず、予約が3ヶ月前~2ヶ月前からしかできない、ということからこの施設がコンサート等音楽イベントをターゲットしていないことがうかがえます。一般にコンサートというものは3ヶ月前にはすでに日時や会場が決まりチラシ製作等の広報活動をスタートしていなければ間に合わないものだからです。

また、パイプオルガンを一般市民が利用する場合の規定や利用料金が設定されておらず、市民みずからがオルガンを使ったコンサートをする等の用途を意図していないと見られます。

さらに 利用できるのが伊丹市民に限定されています。

これらを考え合わせると、このパイプオルガンの「稼働率」がかなり限定されたものになることが想像できます。

まるで多くの家庭におけるキャンプ用品やスキー靴のように 使われている時間よりも 収納されている時間のほうがはるかに長い=公共の設備として妥当な活用がされているとは言いがたい、お蔵入り楽器となってしまう可能性が濃厚です。使う楽器というよりも、もっぱら「見る楽器」になってしまうことだろうと思えます。

ところで、この「多目的ホール」は、このブログを読んでくださっている方の多くが「ホール」と聞いて想像する「○○○市民文化センターホール」のような場所ではありません。施設の入り口を入ったところにある 吹き抜けの広場のような構造なのです。つまりホールというよりも「エントランスロビー」あるいは「ホワイエ」です。ですから 防音設備もなく、常に 行き交う人の足音や談笑、ドアの開閉音が聞こえている、そういうスペースです。 それが何を意味するかというと、仮にここでオルガンコンサートを開いたとしても、入場料2千円を徴収したりはできない、ということです。この点も 後述する「オルガン設置の費用対効果」を考える上で重要です。




松江市総合文化センター プラバホール(島根県・松江市)
 

他の公共施設と比較して考える パイプオルガンの「費用対効果」

 

パイプオルガンが設置されている公共施設は 全国各地に数多くあり、そのほとんどは コンサートホールです。一般に ホールが大きければ大きいほど、大きなオルガンが設置されています。小さなホールには小さめのオルガンが設置されており、つまり大ざっぱに言えば設置されている場所の大きさとオルガンの大きさとはほぼほぼ比例していると言えます。パイプオルガンというものがそもそも、その場所に合わせて設計・デザインされるオーダーメイドであるので、その空間の音響特性に合わせているともいえますが、公共施設でオルガンを導入する場合には 当然のことながら「費用対効果」も慎重に考慮されてしかるべきです。

一般に大きなオルガンほど設置費用はもちろんメンテナンス費用も高額になります。
大きなホールには多数の人が入れます。逆に小さなホールは収容人員が少なくなります。

一度に多数の人が演奏を聴くことのできる大きな施設であれば、その分高額な費用をかけて大きなオルガンを入れても見合うと言えますが、人が少ししか入れない小さな場所に大きなオルガンを入れることは 費用対効果の観点から合理的とは考えられません。


川口総合文化センター リリア 音楽ホール

さて、伊丹市のケースでは オルガンの費用対効果について どのようなものでしょうか。

そのことを考える参考として、全国各地の公共施設に設置されているオルガンの規模と、その場所の収容人数(客席数)、さらにオルガンの利用料金がどのようになっているかを調べてみました。

オルガンの規模 は「パイプの数」 で比較されることが多いので パイプ数を調べました。

調べた公共施設は以下の8施設です。

  • 東京芸術劇場
  • 所沢市民文化センター ミューズ
  • 神奈川県民ホール・小ホール
  • 札幌コンサートホール Kitara
  • アクトシティ浜松・中ホール
  • 愛知県芸術劇場
  • 京都コンサートホール
  • 北九州ソレイユホール
  • 伊丹市サンシティホール

調べた結果、以下のとおりであることが分かりました。

いちばん下が、今回話題となっている伊丹市サンシティホールの数字です。

 

場所 客席数 パイプ数 使用料
東京芸劇 1999 9,000 \20,000
ミューズ 2002 5,563 \20,960
神奈川 433 2,024 \23,950
札キタラ 2008 4,976 \20,000
浜松 1030 4,478 \26,600
愛知芸劇 1800 6,883 \22,300
京都 1833 7,155 \31,320
北九州 2008 3,200 \30,000
伊丹市 180 1,696 設定なし

 

収容人数とオルガンの規模(=パイプ数)の数値を比較すると、伊丹市サンシティホールには会場の大きさに対して 不釣り合いに大規模なオルガンが導入されているように感じられます。

伊丹市サンシティホールのオルガンが設置されているスペースは先述のとおり 2階まで吹き抜けになっているロビーであるため天井が高く、大型のオルガンの音がゆたかに響くことで評判はよかったそうです。その空間を存分に活かしていちばん良い音を響かせる大型オルガンを導入したのだ、ということであればそれも正論ではあります。あるいは 高額の出費に見合う良品が導入できたのだからよしとする考え方もあるでしょう。




メディキット県民文化センター(宮崎県宮崎市)

しかしながら、それは民間人あるいは民間企業が私財を投じる場合に言えることです。税金を原資に設備を導入する場合、すてきな響きですね~癒やされますね~、という評価をもって費用対効果の検証がスルーされては困ります。

私は 伊丹市が市民ニーズや会場規模とのバランスを緻密に検討することなく、不相応に大きな楽器を購入してしまったのではないか? と思います。そのためにメンテナンス費用の予算確保ができず、楽器を譲渡せざるを得ないという結果になったのではないか、というのが私の見立てです。


愛知県芸術劇場
 

伊丹市はメンテナンスにかかる費用を捻出する努力をしていたのか?

上記の表で、各地の「オルガン使用料」をご覧いただきました。この金額は午前・午後・夜、とホールの仕様時間帯を3つに分けたうちの1区分です。コンサートではふつう、午後にリハーサル、夜に本番というふうに2区分を使います。

1区分20,000円の使用料を徴収する場合、仮にパイプオルガンを使った公演が年間に20公演あるとすれば、オルガン使用料として80万円の収入が見込めます。オルガンの大規模修繕は15年に一度くらいです。15年間の使用料収入は1200万円になりますからこれを、定期的なメンテナンスと、一般に1千万円以上といわれるオルガン大規模修繕資金の一部として充てることができます。

加えて、各地の公共文化施設では、オルガンのミニコンサートや、体験イベントを頻繁に開催し、参加者から数百円から2千円程度の会費を集めていることが多いようです。これらの積み重ねは、オルガンの稼働率の向上や、維持費を補うことにつながっているものと思います。

たとえば所沢市民文化センターのオルガンミニコンサートでは 数百円の入場料を徴収し、またオルガン体験コーナーでは参加費として1,500円を集めていたように思います。

公共施設ではありませんが、東京・護国寺にある「東京カテドラル聖マリア大聖堂」(関口教会)では、月に一度 クリスチャン以外の一般の人も入れるオルガンコンサートを実施しています。入場無料ですが、寄付をつのる箱が置かれていて「オルガンの維持費のため千円程度の寄付をお願いしたい」とパンフに明示されています。


一方、伊丹市サンシティホールでもオルガンプロムナードコンサートや オルガン体験イベントは開かれているものの、私の集めた情報の範囲では すべて「無料」イベントとなっています。

上の表で見たとおり、多くの公共施設では オルガンの使用料を徴収しているところ、伊丹サンシティでは市民への貸出・使用料の徴収を行わないのですから、それに代わる何らかの方法で 資金捻出がされているのだろうと思われるところ、そうした形跡が見受けられません。

つまり、予算がないから修理ができない、という状況を前にして無策だったと言えるのではないか、と私は思うのです。

 

※追記: 公共施設の運営は 条例で決められていて、使用料の額も条例に規定されています。 条例の中に、「管理者は 設備維持の資金を得るために必要と思われる範囲で 有料のイベントを行うことができる」 というような、管理者の裁量をみとめる条項をつけておかないと、管理者は 料金をとりたくてもとれないことになります。




オルガンの 分解修繕(オーバーホール)風景。 パイプを全て取り外し床に並べている。 愛知県芸術劇場
 

やがては全ての施設が直面するパイプオルガン問題

今回の 伊丹市のケースは はからずも、日本全国すべての公共施設に設置されたパイプオルガンが抱えている問題、いつか必ず 多くの人が頭を悩ませることになる問題に気づかさせてくれます。

それは パイプオルガンという楽器が 途方もなく寿命の長い楽器であることから生じる問題です。

パイプオルガンは 複雑さと単純さをあわせ持った楽器です。 演奏台(コンソール)の鍵盤、電子制御のスイッチ群など、一定期間が経過したら新しいものに入れ替えなければならない部分もある一方で、楽器の主要部分はきちんとメンテナンスさえしていればとても長い期間の使用に耐えるのです。

私の知る限り、現在、実際に演奏されているパイプオルガンのうち、世界でいちばん古いものは、スイス南部の町シオンにあるヴェレール教会(Basilique de Valère)のオルガンで、1435年に製作されたものだそうです。1435年というと日本では室町時代で応仁の乱(1467)より30年ほど前です。以来 600年近く使われ続けてきていることになります。

ところがその一方で、鉄筋コンクリートの建物は どんなに長くても100年が寿命と言われており、実際のところ各地の市民文化会館、県民ホールといった施設ではオープンから50年ほどで建て替えが検討されています。

つまり、長くても100年しかもたない建物の中に600年の歳月に耐え得るオルガンが設置されているわけで、したがって公立私立を問わずどの施設でも、将来いつの日か建て替えの時期をむかえるとき「はて…パイプオルガンをどうしたものか?」という問題に直面することになるでしょう。

福島市音楽堂(福島県福島市)

 

楽器は生き物である!

長い長い記事をここまで読んでいただき本当にありがとうございます。ここまでで約1万文字です。最後に、いったい何が 私に こんなに長い記事を書くモチベーションを与えているのか、ということをお話したいと思います。

私は今回このパイプオルガン譲渡に関する報道を知ったとき、胸の奥にかすかな痛みをともなう不快感を感じたのです。

その胸の痛みと不快感は、だれかが「にゃんこを飼ってみたのだけれど、意外に世話をするのが大変だったから捨てることにした」と話すのを聞いたかのような、そういう痛みであり、不快感でした。

必要な修理・メンテナンスを行わず、オルガンの損傷が進むにまかせていた伊丹市の対応が、私にはまるで、楽器に対する虐待・ネグレクトであるように感じたのです。

この記事のタイトルに「楽器は生き物である」と書いたのはそういうことです。


楽器は「物」であり、言ってしまえば工業製品に過ぎません。けれども楽器はその製作者や、その楽器を演奏した人、またその楽器の音色を聴いた人…など たくさんの人々の想いをたくわえてゆき、時が経つほどに単なる物ではなく、ある種の魂を宿したものに変わってゆくように思います。

だからこそ楽器というものは「今 買うお金があるから買おう」という成り行きで買ってはいけないものだと私は考えるのです。犬や猫や熱帯魚を飼い始めるときと同じように、楽器を持つことの責任が意識されるべきです。


楽器に限らず、物が人の想いを集めて 魂を宿すようになる、というのは世の中にたくさんあります。

一般に職人は仕事に使う道具を自分の分身のように大切にします。板前さんにとっての包丁もたぶんそうでしょう。野球をする人の中にはグローブを丹念に磨き上げている人がいます。

東日本大震災のあと、土壌汚染のため農地が使えなくなったのを苦に自殺をされた方がいらっしゃいました。賠償金をもらえるのに自殺するほどのことだろうか?と思う人も多いのでしょうが、農家の人にとって土地は単なる不動産ではなく、長い年月をかけて作物と土とをなじませた、作品のようなものであることを農家以外の人も理解していなくてはならないと思います。


自分にとっては「単なる物」であっても、ほかの誰かにとっては命と同じくらい大切なものかも知れない、と考えることは 人と人との相互理解に欠かせない要素であって、

そして「自分には想像できない価値」がたくさんあるのだ、と思い続けることが 人としての謙虚さであり、品性なのだと、私は考えています。

その謙虚さと品性が、行政にもあってほしいと切に願います。


長文を 最後までお読みいただき 心から感謝します。
 

 

文責: きのぴお・ぴーぱーたん

 

 

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