ケンのブログ

日々の雑感や日記

文章作れぬ若者

2019年12月05日 | 日記
ここ数日ラインなどSNSでやりとりするようになった結果文章を作れない若者が増えたと新聞に出ている。本当にそうだなと思う。僕がとっている新聞には若者が作る綴り方に不備がある例がいくつか出ている。

「この公園には滑り台をする」というのがまず見出しに出ている。明らかに誤った日本語。正しくするにはとうすればいいだろう。添削例その一「この公園ではすべり台をする」ならいいだろう。公園で滑り台をするという意味でちゃんと通じる。

公園にはという助詞をそのままにした添削例だと「この公園にはすべり台がある」なら意味が通じる。公園に滑り台があるということで、、。

なぜ文章の綴り方が間違いなのかを指摘するためには文の構造の核となる部分だけを抜き出してそれが不自然か自然かを見極めるのが有効である。

「公園にする」はおかしい「公園でする」ならOK。「公園にする」はおかしい「公園にある」ならOKというように名詞、助詞、動詞のある部分を極力短く抜き出してそれが自然か、不自然かをチェックればわかりやすい。

「どこにする」と問われて「公園にする」ならOKだけれど。そこが日本語は難しい。

僕は予備校に勤めているとき文章を校正、校閲する仕事をしていたので他の社員が書いた文章の不自然さを指摘してわかってもらうためにそうしていた。さすがにここまで短く抜き出して指摘しても不自然さに気づかないレベルの人は僕が勤めていた会社にはいなかった。

ところが最近の若い人で綴り方のできない人は指摘されても不自然さに気づかないレベルの人も少なくないように思う。助詞の使い方が正しいか正しくないかは、数学のように明晰な論理で決定されるのではなく結局は自然と感じるか不自然と感じるかが判断のよりどころとなる。

文法の専門家だったら文法的に誤りを指摘できるかもしれないけれど、そもそも自然か不自然かに気づけない人に文法を持ち出して説明してもわかるはずがないというのが僕の経験値だ。

不自然さに気づくようになるためには正しい文章に接してなれるしかない。ところがみんなスマホに夢中で正しい文章を読む時間がない。スマホの中ではどれが正しい文章かもわからない。

ニュースフィードの上位に表示されるものでも正しい文章かどうかはわからない。僕でもたとえば相撲のことについてネットで書いたりしていると相撲関係のニュースやコラムがタブレットにでてくるけれど、素人同然の人が書いたと思われるような文章も多い。

ネットはその人が興味のあるものをその人の端末に表示する傾向があるから質の悪い文章を書く人の端末には質のわるい文章が出てくる可能性が高いことは十分に考えられる。

本当に由々しきことだなと思う。最近は英語の読む 聞く 書く 話すの4技能とかいう流れの中で意訳のしてある英語教材が増えた。昔は英語の教材も逐語訳か逐語訳の要素の強い訳が出ていることが多かった。

これは僕の若い頃にはまだ旧制教育を受け漢文の書き下し文などで日本語を鍛えた人が先生にもすくなからずいて骨のある訳を示してくださったといういこともあると思う。

そして英語のように主語、動詞、目的語などのかかりがしっかりした言語を日本語に逐語訳することは主語、述語の関係の明確な日本語を習得する有効な訓練になる。

そういう訓練の機会も最近は減っている。日本語も習得できないのに、英語は読む、聞く、話す、書くの四技能の習得を目指す。そしてその力を見るための入学試験の作成は民間に丸投げというのだからほんとうに一体どうなっているのだろうと思ってしまう。

まずは国語力だと思う。最近、若い店員さんの無愛想な対応にあって、時間が経ってからあれはきっと無愛想なのではなくそもそも接客対応のフォーマルな言葉が出ないんだなと思う
ことも多くなってきた。


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