「五月蠅い(うるさい)」と「八釜しい(やかましい)」は夏目漱石の当て字

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五月蠅い

肩が凝る」という言葉は夏目漱石(1867年~1916年)の造語だとする説が流布しています。しかしよく調べてみると、それ以前にも使われていたことがわかりました。

ただ夏目漱石はいろいろな造語を作る名人でもあったようで、ほかにも、「新陳代謝」「反射」「無意識」「価値」「電力」なども彼の造語だと言われています。確証はありませんが・・・

その一方で、夏目漱石は「当て字」の名人でもありました。彼の小説を読んでいるといろいろな「当て字」にお目にかかります。しかし彼の当て字には味わいがあり、「可笑しみ」「そこはかとない情趣」が感じられます。

1.五月蠅い(うるさい)

「うるさい」とは、ご存知のように「物音が大きくて邪魔である。やかましい。邪魔で煩わしい」ことです。

「心」を意味する「うら」の母音交替形「うる」に、「狭い」を意味する形容詞「さし(狭し)」が付いた「うるさし」が語源です。何らかの刺激で心が乱れ、心が閉鎖状態になることを意味しました。

ところで、最近は公衆衛生の徹底と住宅の気密性を高めたため、「蠅」自体を見かけることが少なくなりました。私が子供の頃に住んでいた明治20年代に建てられた古い家は、家の玄関は格子戸で裏庭に通じる土間の出口も風が通るように開けてあり、前栽に面した座敷も開け放していたので、ハエやカ、トンボ、時にはガ、コガネムシなどの虫が自由に出入りしていました。

今はコロナ禍の影響で、窓を閉め切らないようになったため、長澤まさみさんのCMでおなじみの「吊るタイプの虫コナーズ」のような虫よけの商品がよく売れているそうです。最近は虫嫌いの人が増えているようです。

5月の蠅は飛んで来ても、追い払うとすぐ飛び去りますが、しばらくするとまた同じ所に戻って来ます。そして手や足を擦るような仕草をします。まさに小林一茶の俳句「やれ打つな蠅が手をすり足をする」の通りです。これは蠅が足のセンサーの掃除をしているのだそうです。

ハエ

確かに五月~六月頃の蠅は、追っても追っても飛んで来てまといつく感じで、漱石もうるさく思っていたのでしょう。「五月蠅い」という当て字は「言い得て妙」だと私は思います。

ところで「五月蠅」というのは「さばへ(発音はサバエ)」と読んで、「日本書紀」や「万葉集」でも使われている言葉です。

「夜は若熛火(ほへのへもころ)に喧騒(おとな)ひ、昼は如五月蠅(さはえなす)沸き騰る」(日本書紀)

「かくしもがもと頼めりし皇子の御門の五月蠅なす騒ぐ舎人は 白栲に衣取り着て常なりし笑ひ振舞ひ」(万葉集)

「五月蠅」は、陰暦五月頃の蠅のことで、うるさいこと・群がり騒ぐことという意味もあります。「五月蠅なす」は、「騒ぐ」「荒ぶる」「沸く」などにかかる枕詞です。

日本書紀や万葉集の成立した当時でも「五月蠅」は、「不快な物や音にいらいらする様子、うんざりする様子」を表す言葉として使われていますので、漱石は従来からある「五月蠅」という言葉をうまく「うるさい」の当て字にして、一般に広めたというところでしょうか?

なお、この「五月蠅い」という当て字は、樋口一葉が「十三夜」で使ったのが最初だという説もあります。

2.八釜しい(やかましい)

「やかましい」とは、「声や音が大きくてうるさい、不快である」ことです。

語源は「弥囂し(いやかまし)」が転じたものです。「いや」は「ますます」という意味の接頭語で、「かまし」は「騒がしい」という意味です。

ところで、夏目漱石の当て字のように「八釜しい」と書くと、八つの釜が「ぶつかり合う音」、または八つの釜を「ガンガン打ち鳴らす音」が想像でき、さぞやかましいだろうなと実感できます。あるいは漱石には、八つの釜の「煮えたぎる音」が念頭にあったのかもしれませんが、それだと大人しすぎて「やかましい」という感じは出ないように思います。

3.その他の当て字

夏目漱石は当て字を多用したことで有名で、他にも次のような当て字があります。

可笑しい:おかしい

兎に角:とにかく

無暗に:むやみに(無闇に)

矢張り:やはり

可成:なるべく

成程:なるほど

切角:せっかく(折角)

薩張り:さっぱり

故意とらしい:わざとらしい

夫が:それが

掛念:けねん

積り:つもり

這入る:はいる

気合:けはい(気配)

報知に来る:しらせにくる

魂消た:たまげた

存在な言葉:ぞんざいなことば

滅多矢鱈:めったやたら

庭宅:ていたく(邸宅)

辛防:しんぼう(辛抱)

人世観:じんせいかん(人生観)

勘定:かんてい(鑑定)

必竟:ひっきょう(畢竟)

馬尻:ばけつ(bucket)

印氣:いんき(ink)

希知:けち

切齒つまる:せっぱつまる(切羽詰まる)

胡魔化す:ごまかす(誤魔化す)

何でも蚊んでも:なんでもかんでも

焼持:やきもち(焼餅)

尻持:しりもち(尻餅)

食ひ心棒:くいしんぼう(食いしん坊)

反間:へま

羞痒たい:くすぐったい(擽ったい)

倦怠さう:だるそう

非道い:ひどい

不中用:やくざ

増:まし

確然:しっかり

案排:あんばい(塩梅)

烈敷:はげしく(激しく)

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