本書は、由緒ある男爵家を継いでいる貴族がスコットランド・ヤードの捜査官だったらと始まった「 第九代ウェルグレイヴ男爵 シリーズ」” Lord and Lady Hetheridge Mysteries”の2巻目。ロンドン、貴族、スコットランド・ヤードの生態描写が興味深く、60才の男爵と31才の下町育ちの刑事が、くっつきそうでくっつかないので続けて2巻目を読んでしまった。で、2巻目でも結婚はしないのである。だが、1巻目ではポロポーズしてキスだけだったが、2巻目では数回ベッドに一緒におり。プロポーズは断り、最後の最後に結婚を受け入れるところまで行く。
 3巻目の事件を解決して結婚し、4巻目の事件に挑む中、男爵はスコットランド・ヤードを辞め、5巻目からは私立探偵として事件に取り組むことになる。ケイトは5巻目で捜査を指揮する立場に昇進する(DS:デテクティブ・サージェントからDI:ディテクティブ・インスペクターに)。ケイトの家族の悩みは続くようである。


 作者エマ・ジェイムソン(Emma Jameson)の「 第九代ウェルグレイヴ男爵 シリーズ」” Lord and Lady Hetheridge Mysteries”は各巻ともタイトルに”Blue”が入る。 
①Ice Blue(2011年) ②Blue Murder(2012年) ③Something Blue(2013年) ④Black&Blue(2015年) ⑤Blue Blooded(2018年) ⑥Blue Christmas(2019年)
 Blue Murderはスラングで血まみれの殺人を意味するという。ブルーは青のことだが、貴族を含意する記号ともなる。Blue Beard(青髭:妻や愛人を殺した殺人魔)は貴族であるように。

 本シリーズには主要キャラとして、ケイトの同僚でインド系英国人デパル(ポール)・バールが登場するが、本書では彼の母親シャレードが出てくる。ポールが15才の時、夫が若い女性社員と出奔し帰ってこなくなったので、翻訳仕事でポールを育て、彼が警官になったのを機に一念発起、小説教室に通ったという女性である。教室は役に立たず、自力で創作、仕上げたものの引き受けてくれる出版社はなかったが、アマゾンで電子出版したところ評判となり、今では作家業に専念しているという設定である。著作は「貴族探偵」で、公爵が主人公のロマンス小説である。ケイトが「セックスの描写が素晴らしいわ。あなたを生んだ1回しか経験がないのに」とポールに話しているので濃いロマンス小説のようである。シャレードの経験(評論家や読者の評価に激しく落ち込んだり・・)や悩み(書き直しを迫られる)が作者エマに相当程度重なっているように思えて微笑ましい。
 作者は本シリーズをロマンス小説と思っているのかもしれないと思わせる。80年代以降、ミステリ作家や主要キャラに女性が占める比率が高くなり、今となっては圧倒的多数が女性でもあり、ロマンス小説のようなミステリが増えて行ったが、今となってはミステリとロマンス小説の区別自体が不鮮明・無意味になっているようである(とりわけコージーミステリでは)。ミステリ色がないロマンス小説(時代小説、ポルノ小説など)はあるし、ロマンス色がないミステリ(本格探偵小説、ノワールなど)もあるのでミステリとロマンス小説の境がなくなったという事ではない。

 作者の言葉によれば、初巻と本書は出版社が引き受けてくれず数年、手元に置かれていたのだという。その間、エイジェントからの要請を含め何度も書き直したのだという。2012年の本書出版前には作者が新米小説家になっているので、シャレードの新米ロマンス小説家の挿話は後に書き入れたのだろうと思われる。
 登場人物は多いが、キャラが立っているので混乱は少なく分かりやすい。ケイトはコックニーだという事もあって、読書に際してスラングが多いのが難といえば難。

 作者のロマンス小説家宣言にも関わらず、本書は巧妙なミステリである。

*ケイトは知恵遅れのリッチー、甥ヘンリーと住んでいるが、初巻を読んだ時、リッチーは弟、ヘンリーの母は妹モウラと思っていたのだが、本書でリッチーは3才上の兄、モウラは姉だと分かりました。原文では、大概がブラザー、シスターだけなので別に説明がないと誤解します(読み落としただけかも・・)。


<ストーリー>
 ニュー・スコットランド・ヤードのCSI(チーフ・スーパーインテンダント)で第九代ウェルグレイヴ男爵、ロード・アンソニー(トニー)・ヘザーリッジは用意した婚約指輪を見ながら考え込んでいた。指輪は、20世紀初め、一族のひとりがある女人にプロポーズしたが断られ、男爵家に伝わることになった品である。宝石店で買う事も考えたが、60才のヘザーリッジには家宝の指輪の方が相応しいと思い直した。問題はケイトが受け取ってくれるかどうかだった。ケイトが同棲していた男が死んだと分かった日に結婚を申し込んだ。彼女は彼の子供を妊娠していた。ケイトからは、「冗談でしょ」と言われたままだ。彼女の苦境を見かねて申し込んだと思われても仕方がない。ケイトは憐憫は侮辱だと感じる種類の女だ。思えば、愛しているとは口にしなかった。
 ケイトは犯人と対決し、銃を突き付けられ、ヘザーリッジが介入して脱出したものの、その時の緊張が元で流産し入院。退院はしたが当分休んでいる。出てきたら、何といえば結婚を考えてくれるだろうか?

 ドアが突然開いて刑事ポールが入ってきた。秘書スネルがポールの無作法を叱っている。ヘザーリッジは宝石箱を、不自然だと悟られない事を祈りながら、急いで引き出しに仕舞った、ポールは直属の部下で、剽軽な男で冗談が止まらない。夜の8時30分である。ポールは「机で寝ているのを発見できると思ったのに残念」と笑っている。宝石箱もしっかり目にしていた。見せると、指輪の豪華さに驚き、とめどなく冗談を続けた。ヤードの噂通り、遂に老スネル嬢と婚約ですかと。

 だが、彼は殺人事件発生を告げに来たのだった。

 チェルシーのバーナビー通り14番地にある屋敷は混乱していた。ハロウィンパーティの最中に殺人事件が発生した。大学生の男が14人、女が16人引き留められ、アルコールとドラッグで酩酊して泣き喚いている。厚化粧の女たちは色とりどりのランジェリーにガーター、ハイヒールでウサギの耳や、猫の尾をつけている者もいる。ハロウィーンのコスチュームらしい。男たちはジーンズにTシャツ、一人だけ怪物のマスクを持っていた。クライブ・フレンチ20才とトレヴァー・パーソンズ22才が殺された。パーティ参加者も被害者も全員同じ大学の学生である。
 パーティの主催はエメライン・ウォードルで、屋敷は両親の所有。父親は冷凍食品で財を成した大富豪である。
 クライヴは、裏庭の中央にある噴水の傍で倒れているのを、たまたま裏庭に出たカイラ・スローンが発見した。頭に斧が刺さったままだった。クライヴはパーティに招待されていなかった。トレヴァーは頭に斧を突き刺したまま、3階屋根裏部屋部屋から階段を下りて、2階のパーティのメイン会場になっていたメディアルームまで降りてきて、何か言おうとしたが倒れて息絶えた。彼は大学ラグビー部のスター選手でキャプテン、プロ入り予定だった。部屋は血の海で参加者たちは騒然となり、彼の死を目前にした恋人エメラインは絶叫し続けた。

 ヘザーリッジは、警官に案内させてポールと裏庭に行った。裏庭へのゲートは高さ8フィートあり、大きな軋み音がした。外部から裏庭への通路は隣家に通じる非常口だけだった。死体は警官が警備しており、検屍医はまだ来ていなかった。膝まづいて死体を検分していると肩を叩かれた。「私をおいて、パーティを始める積り?」と。ケイトだった。予定では、もう1週間休む事になっていたのだが。
 ケイトは死体を見て、動かされていると見抜いた。ポールは庭の奥にホースを発見、辿ると焚火の跡があり、大量の水で消されていた。殺人現場だった。

 ヘザーリッジに総監補ディーヴァーから電話が入った。エメラインが、招待客を留めている警官の横暴を訴えると言っていると。新聞には携帯からトレヴァーの死体写真が送られているという。隣家はサー・ダンカン・ゴッディングトンの邸宅だという。彼はマスコミで大騒動となった3重殺人で起訴されたが無罪となった人物だった。愛すべき、極悪な貴族サー・ダンカンはマスコミの寵児だった。マスコミは彼につきまとい、騒ぎは当分続きそうだと案じている。ヘザーリッジは、上流社会の扱いは任せろと言って、事件早期解決のため捜査員を集めるよう依頼した。

 ヘザーリッジは、カイラとエメラインは屋敷で事情聴取し、他の参加者はポールがヤードに連れて戻り、捜査員が手分けして事情聴取を行うことにした。

 カイラの事情聴取をする事になったケイトは、警官キンケイドに案内されて裏口から屋敷に入った。キッチンはキレイだった。食堂の椅子の下にシルバーの球が落ちていた。キンケイドはリップクリームの容器だろうという。鑑識に回すよう指示した。本棚や絵画が飾られている主応接室は乱れていた。飲み残しの缶が散乱し下着が捨てられている。ドラッグを吸引した痕跡も露だった。ソファーに座って、カイラが待っていた。6フィートはある長身でスリム、モデルだと言われてもおかしくない。ランジェリーのコスチュームだった。血なまぐさい死体に出会った後なのに落ち着いていた。ケイトは話を聞いた。
 カイラはエメラインと幼稚園以来の親友で、飾りつけ、飲食の準備などパーティも手伝ってきた。だが、招待客はエメラインが一人で選ぶのが常だった。今回のハロウィーン・パーティも同じ。クライヴは招待していない。パーティは予定通り進み、外の様子を見ようと裏庭に出たら物音がし、近づくと頭に斧が突き刺さったクライブを見つけた。彼女の供述は澱みがなかった。
 ケイトが乱れた部屋を見回して、エメラインの両親は承知しているかと聞くとうろたえ始めた。キンケイドが絨毯に陶器の破片が落ちているのを発見した。彼女は泣きだして、アンフォーラ(古代ギリシャの壺)が割れたのは事故で、エメラインの両親が知れば殺されると言った。超高額な骨董品だった。

 ヘザーリッジは玄関脇の応接室でエメラインに質問することにした。彼女は典型的な金持ちの我儘娘だった。激しく興奮しており、駆けつけたお抱えの弁護士を罵倒している。ヘザーリッジが招待客をヤードに送ったことをなじり、恋人を殺された被害者を留置していると怒った。ヘザーリッジを睨みつけて、首にしてやると叫び始めた。「脅迫しているのか?」と言うと「そうよ」と言うので、ヘザーリッジは警官に逮捕させ手錠をかけてヤードに送った。薬物検査をするよう指示した。まともな話が出来る状態ではなかったが、クライブは学生を恐喝して回っている嫌な奴と言っていた。隣家がサー・ダンカン邸と知っていた。

 ヘザーリッジは、鑑識員が忙しく仕事をしているメディアルームやベッドルームを見て回った。飲食の残り、ドラッグ、下着、コンドームなどが散らばっていた。現在の大学生の生態だ。
 旧知の検屍官ギャレットがトレヴァーを視ていた。クライヴと同種の斧で頭蓋骨を割られており、トレヴァーの斧には購入店の名称が入った値札が付いたままだった。二人とも後ろから不意をつかれて斧を撃ち込まれていた。争った形跡はない。ギャレットは、不意に襲うのは女か弱い男だろうが、それなら何故、凶器として斧を選び、目撃される可能性の高いパーティの場を選んだのか不思議だと。謎を解かねばならない捜査官でなくて良かったと言ってくれた。
 3階は屋根裏部屋で天井は低く、倉庫として使われていた。トレヴァーは、ここに誘い込まれて、後ろから斧を撃ち込まれたようだった。窓からは隣のサー・ダンカン邸が見え、明かりがついていた。

 ポールは40人近いパーティ参加者をヤードに連れて戻った。数人づつ、急遽クライヴ・トレヴァー殺人事件捜査室に駆り集められた刑事たちが事情聴取することになっている。担当のDCI(ディテクティブ・チーフ・インスペクター)ジャクソンが、不貞腐れた男たちやめそめそと泣き騒ぐランジェリー・コスチュームの女たちに怒鳴りつけている。スマホは禁止した。ジャクソンは、ポールに3人の大学生クィントン・ベイラー、ジェレミー・ベンサム、マチュー・バイスを割り当てた。ポールは3人を取調室に入れた。クィントンとマチューはスキンヘッドと間違われそうなラグビー部の選手でクィントンが格上だった。ジェレミーは並みの男で彼らとは親しくはないようだった。3人はトレヴァーが倒れるのを見ただけで役に立ちそうなものは見ていなかった。ジェレミーは裏庭に男がいるのを見たと呟いたが、マチューがテーブルの下で彼の足を蹴り黙った。クィントンの弁護士が入ってきた。話はそこまでだった。

 深夜帰宅したポールは眠りを貪っていた。朝早く、母シャレーダ・バールから起こされた。普通ではない。テレビで、クライヴ・トレヴァー事件を報じており、現場のキャスターは隣のサー・ダンカン邸の前から報じており、彼の無罪とはなったがグレーなゴディングトン事件を思い出させていた。彼の父ゴディングトン卿と、爵位を継ぐ兄と執事が殺された事件で、サー・ダンカンは起訴されたが陪審員は無罪とした。無罪となった原因の一つは、彼の女友達テッサにポールが捜査情報を話していたことだった。当時、ポールはテッサとデートしていた。当然ながらポールは問題となり、免職されるところだったがヘザーリッジが救ったのだった。
 母は、事件を知り、サー・ダンカンが関係している今回の殺人事件に関わらないように言った。ロード・ヘザーリッジも理解し感謝するはずだと。母は、ポールが警官になった頃、小説を書き始めたた。シャロン・レイシーというペンネームのロマンス小説作家で通っている。ヘザーリッジがモデルとしか思えない「貴族探偵」がデビュー作。初刊は電子出版だったが、好評に気をよくして、プロのイラスト画家やエディターを使い、次の作品は4~5倍も売れた。既に著作は11冊になっている。ヘザーリッジには2回会っているだけだが、すべてを知っている積りになっている。ポールは、想像力では敵わない。反論するのは至難だった。

 翌朝、ケイトが定時に出勤すると、ヘザーリッジが部屋にいた。徹夜だったようだ。従僕ハーヴェイが、早朝、着替えを届けるので外見ではわからない。秘書スネルが朝食を準備しているが手を付けていない。ケイトも、出勤途中で食べたと言った。実のところ、太りすぎを警戒している。苦しいが、ヘザーリッジと次のステップに行く代償だと思えば我慢できる。
 事件捜査について議論した。犯人はパーティ参加者のなかにいそうである。ヘザーリッジは、昨夜、ポールがジェレミーから庭に男がいたと聞いたといって調書をケイトに見せた。外部からの侵入者の可能性も捨て切れない。監視カメラの分析も届いていなかった。
 寝不足のポールが出勤した。昨夜、屋敷から逃げた者も含めて全員把握し、捜査員総がかりで事情聴取をしたという。ポールは、外部からの犯行と聞いて、サー・ダンカンを想定しているのかと聞いた。ヘザーリッジは可能性の一つと指摘した。ポールは不快で不安な顔つきになった。
 ヤード内の噂話に疎いケイトは事情を知らない。ポールは、知らないのは喧嘩好みのケイトの自業自得だと嫌味を言いながら、事情を説明した。当時デートしていたテッサ・チィルコットに捜査情報を話し、サー・ダンカンの有能な弁護士に渡り、裁判に致命傷を与えたと。弁護士は、ポールが恋敵のサー・ダンカンを陥れるために証拠を捏造したとまで主張した。サー・ダンカンは、人好きのする魅力的な男性である。陪審員の評決は無罪だった。
 その後を問うケイトに、テッサは裁判が終わった後、ポールに別れを言ってサー・ダンカン邸で暮らしていたが、すぐに街中で無関係の人物をナイフで襲い路上を血の海にして殺した。今はパークウッド精神病院に収容されていると。ポールの顔は歪んでいた。
 ケイトはパークウッドには姉モウラが入院していると話した。誰にも話したことはなかった。ポールは申し訳なさそうな顔をした。ヘザーリッジは知っていた。身上調査をされていたのかと一瞬、不愉快になったが、彼の屋敷にフェンシングのレッスンに行っているヘンリーが喋っていたのだった。彼にも母が精神病院にいることは負担になっている。妄想型統合失調症のモウラは、ヘンリーは母と暮らしたいのにケイトが邪魔をしていると思っている。
 ポールはテッサの様子を見に行くことにした。サー・ダンカンと話す必要もあるが、容易に事情聴取できる相手ではない。

 ヘザーリッジは自邸の近くのバートロウ邸でハロウィン・パーティが開催されサー・ダンカンが出席すると聞いていた。バートロウの夫人イザベラ・バートロウは彼の異母妹だった。社交界の古狸レディ・マーガレットに頼んで出席できるよう手配し、ケイトにパートナーとして出席するように言った。ヘザーリッジは顔を知られている。パーティの服装やマナーはレディ・マーガレットが指南してくれる。彼女は、前回の事件でもケイトを助けてくれ、犯人へと導いてくれた。ヘザーリッジはドレスは経費にしていいと言ってくれた。
 ケイトはクライヴ・トレヴァー事件捜査室で報告書を読み、HOLMES(スコットランド・ヤード事件捜査支援システム)で、サー・ダンカンの3重殺人事件の詳細を調べた。5年前 男爵で金融家のサー・ラレイ・ゴディングトンがサリーのカントリー・ハウスで殺されていた。継嗣の長男エルドンと執事のフィリップも一緒だった。ラレイは体をバラバラに切断されており内臓が部屋中に散らばっていた。凶器は山刀だと思われた。エルドンは生きたまま切断されていた。フィリップは部屋の外で倒れており、毒殺されていた。血まみれの猟奇殺人だった。
 サー・ダンカンは野生動物保護活動をしており、アフリカ、次いでボルネオに住んでいた。事件当時は帰国してロンドンに滞在しており、サリーを訪問していたが事件当日には知人の証言でアリバイがあった。彼はカリスマ的な魅力のある男で取り巻きが多かった。捜査は決定的な証言・物証のないままラレイと不和でありながら、爵位・財産を継承したサー・ダンカンを起訴した。検察は彼が10歳の時、子守の女性が殺された未解決事件を状況証拠として提出したが判事は証拠として認めなかった。
 彼は警察に協力的でマスコミの評判も良かった。起訴後も、結婚の申し込みが3件もあった。また、ストーカー騒ぎもあった。16歳の少年イアン・バークが執拗に、ある時は女装までして彼を求めたのだ。
 裁判で無罪となった後の記者会見で、サー・ダンカンは陪審員と国民に感謝を表明し、マスコミは堂々と裁判に臨んだ彼を「貴族の鑑」と評した。記者会見の記事を見たケイトは驚いた。サー・ダンカンの横に座っている女性はカイラだった。だが、当時彼女は16才で、当人ではありえない。記事では友人としか書いていなかったが、他の資料で調べるとテッサだった。

 捜査員からの報告があった。クライブは奨学生で成績優秀だった。他の学生のテストを助けた疑いがあり大学が調査中で停学処分中だった。調査結果によっては他の学生にも処分が及ぶ。また、彼はゲイで、イジメられていた。現場検証で、彼のジーンズのポケットから大学生では考えられない九百ポンドが発見されていた。パーティ参加者たちがクライヴは恐喝して回っていると言っていたが、裏付けになるかもしれない。 
 

 ポールはエメラインの事情聴取に行った。ヘザーリッジを訴えようとしているのでポールが行くことになったのだ。彼女は釈放されており、バーナビー通りの邸宅ではなく、外国から戻ったばかりの両親とホーランドパークの邸宅にいた。訪れると母親が出て、警察が現場検証中に壊したアンフォーラ(古代ギリシャの壺)の弁償を求め、弁護士が書類を用意して待っていた。サインすればスコットランドヤードは2百万ポンドを弁償することになる。ポールは契約書にサインする権限はないがエメラインに尋問する権限はある。弁護士は理解したが夫人は怒り狂った。奥からエメラインが出てきて、母親に2階に行ってくれと言った。ヒスを起こしながら夫を連れて退いた。父親は終始無言でウィスキーをなめて居るばかりだった。

 エメラインはソファに座った。運動着姿で、ワークアウトをしていたという。彼女はアスリートで、幼い時からカイラと競ってきたと。二人とも6フィート近くあり筋肉質だった。ポールの質問には答えてくれた。
 サー・ダンカンが隣に引っ越してきたことは父母は知らないし、パーティ招待者も知らない。カイラは知っている。クライヴは嫌い。彼はトレヴァーや学生たちに支払いを執拗に迫っていたと。

 来客があり、夫人が出迎えた。クィントンだった。エメラインの隣に座り腰に手を回してキスした。夫人は二人の結婚を待ち望んでいる様子だった。エメラインは夫人を追い出した。
 事件の日、エメラインはトレヴァーに別れを切り出す予定だったという。クィントンは、トレヴァーはクライヴから請求された金を支払わなければチームから追われるので支払っただろうが、クライヴは奨学生なのでテスト代行がバレれば退学になり将来はない。なぜバカげた無理をしていたのかわからないと言った。彼は、トレヴァーが死んだのでキャプティンになる予定だという。
 
 話は終わり、エメラインはポールを玄関まで送った。去り際に、カイラはサー・ダンカンに夢中なようだったと囁いた。そして、クライヴは誰からも嫌われていたが、トレヴァーを恨んでいたのはフォーベ・パケットだけだと。

 ケイトには収穫はなかった。クライヴの縁者は母親だけで、彼の死を知って母は倒れ入院していた。トレヴァーの家族にとって彼は宝だった。誰からも愛されていた。だが、役に立ちそうな情報はなかった。
 8時にはヘザーリッジが迎えに来る。自宅に戻りパーティ出席の準備を始めた。レンタルのドレス、ハイヒール、レディ・マーガレットが貸してくれたネックレス。ヘア・サロンがあんなに高額とは知らなかった。しまり屋のケイトはヘアスタイルや化粧に金は使わない。
 ヘンリーに手伝わせ、背中のジップを上げさせた。固いと文句を言った。2週間朝食を抜いた成果でジップは閉まった。
 レクサスが停まりヘザーリッジが降りて来た。パーティドレス姿のケイトを見て息を飲んだ。胸元が大きく開き、大胆にスリットが入っている。セクシー・・・
 
 メイフェアのバートロウ邸ではホストのレディ・イザベルや縁者たちが迎えていた。挨拶する招待客が並んでいる。いずれもハイ・ファッションである。ケイトは竦んだ。ヘザーリッジが並み居る貴族・有名人たちを教えてくれた。ヘザーリッジと一緒ならと言い聞かせた。出迎える側にレディ・マーガレットを見出して安堵した。ケイトの役目はパーティの招待客に紛れてさりげなくサー・ダンカンから話を聞き出すことである。気持ちが落ち込んでいては仕事にならない。
 ハロウィーン会場のホールには不気味な生贄の人形が飾られており、ギロチン台もあった。死刑を待つ人形の一つは貴族の警官でヘザーリッジを暗示しているようだった。ヘザーリッジの存在、サー・ダンカンとの因縁は誰もが知っている。密かに情報を集めるのはケイトがやるしかない。レディ・マーガレットは二人をバーに誘った。ヘザーリッジはバーテンダーにチップを渡した。覗き見たケイトはその額に驚いた。

 レディ・マーガレットは内輪話をしてくれた。サー・ダンカンの母は突然死し、父ラレイは若い子守に手を付けたが彼女は殺された。ヘレンと再婚しイザベラが生まれた。次に生まれた子は生後すぐに謎の死を遂げた。その後、ヘレンは別居し、離婚しないままだったので未亡人となった。ラレイは彼女に何も遺さなかったが。サー・ダンカンは父や兄に疎まれたがイザベラとは親密だった。彼は生来の貴族で、常に忠実な僕たちが取り巻いており、自ら手を汚す必要のない人間だった。彼女はバートロウ卿と結婚したが、彼は大人しく、イザベラはサー・ダンカンを頼りにしている。
 サー・ダンカンが来ており、若者たちに取り巻かれていた。レディ・マーガレットは彼の恩寵を求める者たちだと言った。事件があったパーティ参加者が何人もいた。
 
 ヘザーリッジは父、兄、執事の殺人にサー・ダンカンが関わったことは間違いないが、母、子守、ヘレンの幼児の死はグレイだと言い、レディ・マーガレットも同意した。アフリカやボルネオで密猟者たちを殺していたが問題にはなっていない。

 曲が奏でられ始めた。ダンスが始まり、ヘザーリッジにリードされて踊った。上手だった。学校の授業で習ったという。彼は、イートン、オックスフォードに通った。ケイトには学校の授業にダンスがあるとは信じられなかった。

 ケイトはヘザーリッジと離れて、サー・ダンカンに近付いた。彼と話していたのははカイラだった。親密だった。ケイトに若い男が近づいた。「ジェレミー・ベンサムです。ご記憶にないと思いますが・・」と。ケイトは、ポールの調書にあった裏庭に男がいるのを見たと証言した若者だと気付いた。指摘すると、彼は不確かな話だったという。誰かに脅されて証言を変えたのかと問うと彼はサー・ダンカンの方を向いた。ジェレミーはフォーベ・パケットと出席していた。彼女は妊娠しており、ジェレミーは自分のベビーではないと言ったが、献身的に尽くしていた。

 サー・ダンカンが消えていた。ヘザーリッジもいない。ケイトはバーテンダーに電話と化粧室の場所を聞いて2階に行った。刑事の習性で覗きまわり、奥のドアを開けるとテラスだった。 月光を浴びる裏庭は幻想的だった。ケイトが魅入っていると男が近づいた。サー・ダンカンだった。美しかった。魅入られて口がきけない気がした。「ヘザーリッジと一緒に来た刑事だね」と言われて我に返った。質問しなければ・・・
 彼はトリプル殺人の真実を話した。彼のジャケットをケイトの肩にかけて、嘘だがと断わりながら。ケイトは引き入れられる。
 彼が声を上げた。「かのロード・ヘザーリッジ、スコットランドヤードの名警視、その人ではありませんか。 なんという光栄!」 ケイトの後ろにヘザーリッジが来ていた。バーテンダーに聞いてケイトが2階に行ったままだと知ったのだ。ヘザーリッジは三重殺人について解析し、サー・ダンカンの冷静な犯行だと話した。「私は狂人か?」という彼の問いに、ソシオパスなら人を支配するだけだが、テッサを本気で愛したので違うと答えた。テッサはサー・ダンカンとの一体化(共犯)との重みに耐えきれず精神異常に陥ったのだと。テッサに言及されて、サー・ダンカンの顔は歪んだ。手を振り上げようとしたとき、ヘザーリッジを庇おうとケイトの右腕が上がった。ケイトは武術の上級者である。ふたりの男は呆気にとられた。サー・ダンカンは、出ていった。隣の殺人事件とは無関係だが信じてもらう方法はないと言いながら。

 ヘザーリッジはケイトを誘った。レストランは閉店していたので、ノーチラス・ホテルのバーに行った。彼は、ロデリック・ヘザーリッジの名前で部屋を取った。ロデリックは男爵家の継承者である。厚顔な保守主義者で貴族の伝統フォックス・ハンティングの維持を主張して、動物愛護市民団体と戦っている。ヘザーリッジは親族ながら好ましい人物だと思っていなかったし、ケイトは毛嫌いしていた。彼に家庭騒動が起きるのは大歓迎。
 ベッドで、ケイトは「やるの?」と聞いた。ヘザーリッジは婚約指輪を出して「愛している。受け取ってくれ」と言った。ケイトは、「レディ・ヘザーリッジにはなれない、あなたを不幸にする」と言った。社交界、マスコミ、ヘザリッジ一族、スコットランドヤードは許さないだろう。イーストロンドン生まれの売春婦の娘、知恵遅れの兄と狂人の姉のいる女をレディにすれば、ヘザーリッジは狂ったとパージされることは間違いないと。「愛しているが、無理」
 ヘザーリッジは「今は、愛していると聞いただけでいい」と。彼の体はケイトが思っていた以上に壮健だった。

 土曜日だったが、ポールは母シャレードの近くにはいたくない。ロマンス小説作家の彼女は”メルトダウン”の最中だった。最近では、フェースブックが引き金になっている。何気ないSNS上の一言が彼女の創作意欲を失わせ、荒れ狂わせるのだ。
 クライブの母は退院していた。身寄りのいない彼女を家主が世話していた。火曜日なら会えるという。フォーベ・パケットはすぐに会ってくれるというので訪問することにした。

 彼女の家はワードル邸に比べればみすぼらしかった。フォーベが購入したばかりで、これから改装するのだという。22才になれば彼女は自分の信託口座を自由に使えるのだと言う。出産予定日は3週間先なので、ベビー室だけは立派に仕上がっていた。
 ベビー室にはジェレミーがいた。彼女は使いに出した。彼はトレヴァーが嫌いで、彼がいるとトレヴァーの話ができないのだという。彼女はトレヴァーとデートしていて妊娠しており、ポールはそれを知って彼女を容疑者として尋問しに来たのだと思っていた。ポールは知らなかったのだが。
 トレヴァーはフォーベが妊娠したと知って離れ、ほどなくエメラインとデートし始めた。だが嫌気がさし、彼女とは別れる気になっていた。パーティにはジェレミーのパートナーとしてトレヴァーと話そうと思って行った招かれざる客だった。キッチンでトレヴァーと会い、彼が彼女の腰に手を回して話している時にカイラが来て、エメラインに言いつけに行った。エメラインは彼女を信じず、トレヴァーとの仲を裂こうとしているとカイラを非難し、二人は激しい喧嘩になった。もの(壺)が壊れる音がして、エメラインが殺すと騒ぎ、カイラは裏庭に出て行ったと。
 カイラとサー・ダンカンについて聞くと、フォーベはテッサ・チィルコットの異母姉妹だと教えてくれた。エメラインから聞いたと。
 クライヴは金集めに必死だったが、エメラインも同じ。ドラッグを売ってはいなっかったが場所を提供しており、友人の多いトレヴァーも協力していた。パーティは彼女の金集めの場だったと。ワードル家は破産寸前で、残っているのは、あの屋敷くらいだという。今住んでいるホーランドパークの邸宅は知人のもの。彼女は生活スタイルを維持するため自力で稼がねばならなくなっていたと。

 帰宅したポールは母が用意した食事をした。気のおけない同僚から電話があり、ヘザーリッジがケートとしけこんでいるという噂話から始まった。ポールは信じられなかったが、「ありえない。ケイトはレズだ」と言っておいた。用件は、「ワードル邸が売りに出され、サー・ダンカンが購入した。事件当日、CCTVカメラに裏庭にいる男が映っていた」という情報を伝える事だった。裏庭の監視カメラは鑑識が分析していた。鮮明ではないがカイラとサー・ダンカンだと思われた。

 日曜日。ウェルグレィヴハウスでヘザーリッジは、ポール、ケイトと共い朝食を楽しんでいる。彼は休日に部下に仕事を強いることは好まないが、話題は事件になる。クィントン・ベイラーはトレヴァーの死でエメラインとキャプティンの地位を手に入れた。ジェレミーはフォーベがトレヴァーと復縁するのを恐れた。動機のある者は多くなるばかり。だが、クライヴまで殺す理由はわからない。
 捜査班が斧を購入した店を特定し、店のCCTVに映った購入客の画像を入手した。明瞭ではないが長い黒髪の女。妊娠はしていない。
 サー・ダンカンの介入が疑われる。テッサは医者の承認があれば自宅に一時的に戻れる程度まで回復している。ポールの調査で、事件当日、病院にはいなかったことは分かっている。
 ポールは精神病院にテッサを見に行くことにした。一度は結婚しようとした女、別れて殺人鬼の元に戻り、自らも狂気の殺人者となった女、ポールに煉獄を見せた女。足の重いポールに、ケイトが一緒に行くと言った。病院にいる姉のモウラに会わねばならないからと。

 姉モウラは「ケイト なぜ、ここから出してくれないの? ヘンリーがかわいそう」などと言い始める。ケイトはヘンリーを守るのに必死だが、モウラと話さないわけにはいかない。会うたびに落ち込む。待ってくれていたポールとテッサに会いに行った。有難いことに彼はケイトに何も言わなかった。
 重症患者の面接室にテッサが看護婦に連れられて現れた。質問はケイトがした。テッサは、当日ダンカン邸に行き、彼から回復の努力を怠っていると叱られ実家に連れて戻されたと言った。サー・ダンカンのアリバイにもなっている。カイラについては「彼女はサー・ダンカンの信者で彼の言う事ならなんでもする、私のように」と言った。面会は終わった。帰り際、テッサは「次は、来ないで」とポールに言った。

 ポールの車での帰り道、飲みに誘ったが家に帰るという。お茶目で冗談好きのポールの姿は微塵もなかった。ケイトをウェルグレィヴハウスで降ろした。彼女はヘザーリッジとベッドで過ごしたが戻らねばならない。夜半、従僕ハーヴェイがベントレーでケイトを送ってくれた。彼はケイトに、主がレディを迎えるのは喜ばしい、身近に味方がいると思って欲しいと言った。

 翌日、ケイトは、ポールの車でカイラ・スローンの家に向かった。今日はカイラとクライヴの母親から話を聞くことになっている。カイラの住むティルコット邸は屋敷街にあったが手入れはされていなかった。彼女の父は弁護士と相談すると言ったが、カイラは父を追いやった。
 エメラインとは親友だったが、トレヴァーと付き合いだして信用してくれなくなった。ワードル家は金融危機のため破産寸前で、エメラインはドラッグで稼ぎ体面を保っている。彼女もカイラの状況は熟知しており、姉テッサがサー・ダンカンの手中に落ち、病院にいる事も知っている。カイラに、テッサと同じ狂人だとまで言うようになった。怒って壺を彼女に投げつけようとしたら手元が狂って割れた。裏庭に出てクライヴを見つけた。彼には借金があった。カイラは話し続けた。
「なぜ、クライヴの死体を動かしたの? なぜ、サー・ダンカンと一緒だったの?」とケイトに聞かれて、カイラは言葉に詰まった。

 ケイトの携帯に着信があり緊急だった。ヘンリーが学校で喧嘩し、学校からの呼び出しだった。ポールはケイトを学校に行かせ、クライヴの母モリーへの質問はヘザーリッジに応援を頼んだ。ケイトが間に合えばモリー宅で落ち合おうと。ケイトはヘンリーを救い出しに走った。

 カイラは、裏庭で残酷な殺され方をしたクライヴを見つけてサー・ダンカンの仕業だと思い、死体を隠そうと手押し車に乗せた。だが、庭の半ばまでしか運べなかった。困って、サー・ダンカンに電話すると、彼が来て死体をここで発見したことにしなさいと言ってくれた。落ち着いて、自信を持って話せば大丈夫だと。サー・ダンカンはティルコット家の窮状を知り資金援助を申し出、受け取れないと言うとモデルエージェンシーを紹介してくれていた。彼は神。
 ポールは、サー・ダンカンは怪物だと言った。カイラは、彼は怪物などではない。実際の怪物を知らないから、そう思うだけ。エメラインの母は金の亡者だし、ジェレミーは人の命など顧みないドラッグの亡者だと言う。ポールは自分の耳が信じられず、「ジェレミーはドラッグの売人?」と聞いた。カイラは、「何も知らないのね。ジェレミーはドラッグ売買の元締で、クライヴが売人なのよ。シルバーボールに商品が入っているの。だから、私はエメラインにクライブと関わらないように言った。彼女との仲がおかしくなったのはそれから。」と言った。ジェレミーこそが人の情を感じない怪物なのだという。

 モリーのアパートの前では家主マクグローが不寝番をしていた。クリケットのバットを持っている。記者たちや野次馬を追い払っているのだ。ヘザーリッジとポールが警察だとわかり、モリーはまっとうに生きて来た人間なのに不運ばかりが待ち受けていると嘆いた。癌に侵されており、医者の話では6か月は持たないといっているところで息子に死なれたと。
 母はクライヴに敵対していた者は思い浮かばないと言った。勉強、コンピューターばかりで遊びにも行かなかった。女友達はいないようで、ゲイでも気にしなかった。友達はいなかったが時々訪ねてくる男の子はいた。先が長くないと知ってハワイに連れて行くと言ってくれ、準備をしていた。部屋にはハワイのパンフレットがあった。クライヴは急いで金を集める必要があった。母は涙をこらえきれない。
 クライヴの部屋を見せてもらった。コンピューターデスクの下にシューボックスがあり、中には多数のシルバーボールが入っていた。

 元気な若者の声がした。時折訪ねてくる友人はジェレミーだった。モリーに花とテディベアを持ってきたのだ。クライヴに預けていたものを取りに来たのだという。シューボックスだった。ヘザーリッジは事情を察した。トレヴァーが邪魔だったのは、フォーベが彼と復縁しそうになったから。クライヴとの関係が分からなかったが、ドラッグの売人だったのだ。脅迫か持ち逃げ等のトラブルが発生したに違いない。ジェレミーも奨学生なので退学になれば将来はない。

 ヘザーリッジは、ジェレミーに「18才になって、イアン・バークからジェレミー・ベンサムに改名したね」と言った。イアンはサー・ダンカンに付き纏った男の子だった。彼の心を掴もうとサー・ダンカンの隣家を犯行現場に選び、彼を思わせる残忍な犯行をしたのだねと。サー・ダンカンに取り入るには並みの手段では果たせない。
 ポールが逮捕しようと近づくと、ジェレミーはナイフを取り出して切りつけた。ポールは血を吹き出しながら倒れ、ジェレミーはモリーを抱え喉にナイフを突きつけた。逃げようとドアまで後ろずさった時、後ろからクリケットのバットで頭を殴られた。ジェレミーは倒れた。ケイトだった。

 ポールは全治2か月の重症だった。ケイトは手術が終わり自宅に戻った彼を見舞いに行った。母シャレードは「息子の命の恩人」と歓待した。好きなロマンス小説の作家と話しだすと、いつまでも終わりそうにない。早々とポールの部屋に行った。噂話に興じた。ヘザーリッジとケイトを祝福した。

 ジェレミーは留置場からサー・ダンカンに電話し、その後、壁に頭を打ち付けて死んだ。思った返事は得られなかったようだった。
 ポールはテッサへの複雑な思いから解放されてはいなかった。サー・ダンカンの影は大きい。

 シャレードは最新作を書き終えたばかりだった。平民の娘が公爵と恋に落ちるという話だという。困難を乗り越えて結婚するのだが、「セックスがすべてを克服するの」と笑った。「彼女はどうして貴族たちのあり様を学ぶの?」と聞くと、「実習でしょ。私が英語を学んだのと同じ」だと。

 ケイトはウェルグレィヴハウスのベッドの中でヘザーリッジとテレビを見ていた。リッチーは住み込みのカッシーが面倒を見てくれると約束してくれたし、ヘンリーは友達のところにお泊り。今晩は初めて朝までヘザーリッジと一緒に過ごせる。テレビでウェルグレィヴ男爵継承者ロデリックが狐狩りの保存を訴え、動物愛護者たちを非難していた。ケイトは「吐きそう、継承させてはダメよ」と言った。ヘザーリッジも共感はしているが貴族たちの世界では、ことは単純ではないと言った。
 ヘザーリッジは、ケイトが結婚できないのはレディにならなければならないからなら、男爵をロデリックに譲ると決心したと言い始めた。彼も待ち望んでいるし、みんなが幸せになれると。ケイトにはそうは思えない。バロネス・ウェルグレィヴを受け入れた。