サラ・パレッキー(Sara Paretsky 1947- 米国の推理作家、シカゴ在住)のV(ヴィクトリア、ヴィック)・I・ウォーショースキーシリーズ第4作で1987年の作品。第1作は作者が勤務している保険業界、第2作では五大湖海運業、第3作はシカゴのカトリック教会組織を舞台にしたが、今回は病院が舞台である。

 最近の作品ではヴィックも還暦になり、多少の立ち回りを演じると腰が痛くなったり、息を切らしたりするが、この作品当時は30代。思い切り、活きのいいヴィックに会うことが出来る。活動的で怖いもの知らず、考えるより先に動く。いい男と食事すればアパートにお持ち帰り。現実に目の前にいれば、危なくて付き合いきれないと思うが活字のなかにいる限りは爽快である。

 原題”Bitter Medicine(苦々しい医療)”が表現しているように、本作品では米国の利益至上主義の病院経営がもたらす医療の暗黒面が描かれる。救急患者を治療する前に支払いを確認する病院、有名な医者の名前を借りる、役人と通じて許認可を得る、その上で傲慢で贅沢な暮らしをする医者たちなど。
 パレッキーの筆に掛かれば、米国の医療は悪い医者ばかりで危ういように読める。だが、ヴィックの親友ロッティはクリニックを開いており、ベス・イスラエル病院の契約医であり、病院の理事長マックスは彼女を支える恋人である。ロッティやマックスは良い医者として描かれる。
 パレッキーから見れば、悪い医者と良い医者が分かれるのは医者の人間性であり、医療倫理に忠実であるか否かである。けして、資本主義のせいでも、国民性でも、制度の不全でもない。最後は個人の問題、個人の品性に還元するのが米国人、パレッキーらしい。
 作中、医者になった時の高い志に反して、利益至上主義の世界に落ちて、犯罪を犯し自殺してしまう医者が登場する。医療倫理に背を向けた医者に救いはない。

 本作品は産婦人科の話なので、米国の産婦人科事情が次々に出てくる(1980年代の)。妊娠中絶問題、出産年齢の高齢化、医療の高度化と専門化、医療訴訟増加など。日本とは事情が違うとは思うが、関心はなかったので興味深かった。専門用語はそれなりに出てくるが手に余る程ではない。治療の複雑な事情は、ヴィックが「私にわかるように説明して」と言ってくれるので大丈夫。

 サラ・パレッキーのシカゴ大学在学中は学生紛争の時代で、彼女は人種差別反対運動に熱心だった。以降も、女性の権利など市民運動に取り組んでいる。当然、妊娠中絶賛成派(プロチョイス派)であり、民主党の強力な支持者でもある。社会問題への描写は、彼女の背景も織り込んで読む必要がある。
 ただ、その視点が、よく出来たアクション・ミステリである本作品を深みのあるものにしてる。
 

<ストーリー>
 V・I・ウォーショースキー(ヴィック)はコンスエロ・アルベラードと、彼女の恋人ファビアーノ・ヘルナンデスをシカゴ郊外シャンバームの工場に連れて行った。16才のコンスエロは彼の子を妊娠していた。無職で遊び人のファビアーノは迷惑がったが、熱心なキリスト教信者のアルベラード一家は彼に迫って工場で働くよう段取りしたのだった。彼は、いやいや従った。

 アルベラード家の長姉キャロルはロッティのクリニックの看護婦だった。ロッティはヴィックの年長の親友で、ヴィックはクリニックの従業員たちとも親しくなり、とりわけキャロルは、彼女の一家に招待されるほど家族付き合いだった。アルベラード夫人は女手一つで6人の子を育てた女丈夫で、成績優秀で奨学生資格も取ったコンスエロには特に期待していた。彼女が学業を放棄し、町のチンピラの子を出産すると知った夫人の失望は大きかった。兄のポール、ヘルマン、ディェゴもファビアーノを快く思わなかった。だが、とりあえずキャロルの伝手で工場で働けそうになり、採用面接に行くことに同意させたのだった。

 シャンバームはオヘア空港の更に西にあり遠い。ファビアーノは車がなく採用面接に行けないと言うし、彼が確かに面接に行ったか見届ける必要もある。自分は忙しく、弟たちも仕事で手が離せず、キャロルは切羽詰まってヴィックに頼んだのだった。コンスエロは、まだ妊娠7か月なので一緒に行くという。彼女はロッティのクリニックの患者でもあった。ロッティは、幼く、糖尿病の持病のある彼女の出産を心配していた。ロッティはベス・イスラエル病院の周産期専門医(産婦人科医の中でも特に分娩前後の危険な時期・症状を扱う医師)としても仕事をしている産婦人科医療界の著名人である。

 工場に着いたヴィックはファビアーノを面接室に連れて行き、コンスエロは工場内の池の畔で待っていた。彼女はヴィックに名付け親になって欲しいと頼み、子供はシャーロッテ・ヴィクトリアと名付けたいという。彼女が信頼するロッティとヴィックに因んだ名前である。ヴィックが戻ると彼女は真っ青な顔をしている。子供が生まれそうだと。慌てたビックは工場の事務室に駆け込み電話を借りてロッティに指示を仰いだ。近くのフレンドシップ病院に連れて行くように言い、彼女は手術予定で手を離せないのでレジデントのマルコム・トレジャリーを送ると言ってくれた。マルコムは彼女の元で周産期専門医の修業中でクリニックも手伝っていたのでコンスエロの病状もわかっている。ヴィックはコンスエロを病院の救急棟に連れて行った。工場から電話してもらっていたので待機していた看護士が彼女をベッドに移し棟内に運んだ。

 ヴィックは待合室で待っていたが、コンスエロの様子が分からないので受付に聞くと老受付嬢は「まだ、受付が済んでいない。工場は自社の従業員ではないというので、貧困者なら公立病院に移さねばならない」と言う。ヴィックは怒った。「イリノイ州法では、救急病院は事情の如何を問わず救急患者を診察する義務がある。私は彼女の弁護士。責任者と話したい」と。理事長のアラン・ヘンファリーズは受付で誤解があったようだが診察はしていると釈明した。

 マルコムがアルベラード夫人と共に到着した。糖尿病の持病のあるコンスエロは危険な状態に陥っていた。産科医長のピーター・バーゴインは出産は諦め、彼女の治療に専念していた。神父と共に現れたピーターは嬰児の死を告げた。アルベラード夫人は、洗礼が終わったかどうかだけ聞いた。コンスエロに頼まれた神父がシャーロッテ・ヴィクトリアと名付けた赤子の洗礼をしていた。マルコムは、ピーターは真剣にコンスエロの病状に向かい合っていると言った。数時間後、コンスエロが安静を取り戻したので、彼は夜勤当番が待っているシカゴに戻った。待機しているロッティに知らせ、報告書もまとめねばならないと。

 ヴィックは廊下で出会ったピーターを病院の食堂に誘った。彼はロッティを知っているという。彼女は業界の著名人なので知らない方がおかしい。レジデントを終えた後、産科の最高峰ベス・イスラエル病院で働きながら勉強する積りで職も得たが、フレンドシップから医長就任の申し出がありロッティの元で働く機会をなくしたのだと言った。フレンドシップグループは西東部に20か所の病院を展開しているが、シャンバウムのフレンドシップ5は中西部始めての病院で、事業拡大のための宣伝塔として力を入れており、待遇も給与も設備も申し分なく断り切れなかったと。

 深夜、キャロルたちが来た。コンスエロは集中治療室で安静にしていた。ファビアーノが病院に来て、妻の家族が彼女を隠した、子供を殺したと騒いだが、キャロルの弟ポールが追い返した。エントランス・ホールの騒ぎにヘンファーリーズが気付き、ファビアーノを部屋に導いた。彼の対応は医療訴訟、病院の評判低下を恐れているように見えたが、ピーターが真剣に治療してくれていると思っていたので家族には不審だった。ヴィックは可能性を感じないでもなかった。事故でもなければ理事長が夜遅くまで病院にいたりはしない。だが、家族には何も言わなかった。
 待合室で待つしかないヴィックは、キャロルに勧められて暗い中、東に40マイルのシカゴに戻った。

 朝6時半、アパートでやっと寝付いたヴィックはドアのノックで起こされた。暗い顔をしたロッティだった。コンスエロが死んだと悟った。彼女は朝3時に電話があってシャンバウムに行ったが間に合わなかったと。マルコムは帰りの車中で報告書を口述録音したがまだ届いていない。解剖報告書はこれから。詳細はわからないと。

 アルベラード家にお悔やみの電話をした。翌日もキャロルは出勤できなかったので、クリニックは看護婦派遣を依頼したものの手不足なので、ヴィックは手伝いに行った。ミシガン湖で泳ぎ、戻って寛いでいるところに、10時のニュースでマルコムが殺されたと報じた。午後6時頃に殴り殺されて、アパートは激しく荒らされていた。ロッティに電話した。病院からの電話で知っており、明日、警察に呼ばれているという。ヴィックに一緒に来るように頼んだ。彼女はウィーン出身のユダヤ人で、1938年にナチスの迫害を逃れて英国に渡った。そのせいか制服を見ると不安を感じるのだった。
 キャロルから電話があった。アルベラード家ではマルコム殺害のニュースを聞いて、犯人はファビアーノではないかと恐れていた。彼は病院で妻コンスエロは殺されたと騒ぎ、しかもチンピラでギャング、ライオン団ともつながりがあった。ヴィックは彼と話してみると約束した。
 
 翌朝、ヴィックはロッティとシカゴ市警第6地区本部に行き、担当の刑事ローリングと話した。彼はヴィックと同年配の頑健な黒人だった。彼はロッティにマルコムについて知っている情報を話してもらった。ヴィックは弁護士として同席したが彼は気にしなかった。ヴィックはイリノイ州に弁護士として登録しているが、公設弁護人事務所を辞めて以来、ライセンスを得て私立探偵の業務ばかりをしてきた。弁護士の仕事は出来ないわけではない。
 殺されたマルコムを発見した彫刻家のテッサ・レイノルドは彼の恋人で、ヴィックの友人だった。ローリングは現場の写真を見せてくれた。犯人は2名で、裏口から侵入していた。指紋など手掛かりはなかった。ギャングか住宅荒らしの仕事に思えた。

 警察は犯人を見つけられそうにない。ロッティは、ヴィックに調査を依頼した。貧しいハイチ人の家庭で育ち努力して医者になったマルコムが犯人不明リストに記載されて捨て置かれるのは、ロッティには耐えられない。だが、組織も権力もないヴィックには、この種の捜査は難しい。苛立ちながらも、ロッティの頼みを引き受けた。世間知らずの女王様の言う事には逆らえない。

 ヴィックの探偵事務所はシカゴ・サウスループにある。サウス・ワバシュ・アヴェニューに面したプルタニービルは老朽化しており、エレベーターは頻繁に止まる。4階の事務所まで歩いた。不便だが、部屋代が安く、役所や顧客の多いシカゴの中心地に歩いて行けるので引っ越すつもりはない。事務所は郵便物が溜り、留守電も入っていた。

 テッサに電話をした。彼女はマルコムを殺した犯人を捜して欲しいという。警察が黒人のマルコムの殺害犯を真面目に捜査するとは思えない。ヴィックを私立探偵として雇いたいと。ヴィックはロッティに説明した事を繰り返した。出来るだけの事はするが警察の仕事だと。テッサは苛立って電話を切った。なぜ、マルコムに背を向けるのと。

 ファビアーノには会わねばならない。彼が関わっているライオン団を調べた。ヴィックが公設弁護士事務所にいた時、ボスのセルギオ・ヘルナンデスを弁護した。10年の刑を2年半にした事がある。感謝されなくとも悪くは思っていないだろう。手元には彼の母親の電話番号があった。
 母親に電話すると、当時世話になったと喜んでくれた。セルギオは結婚して孫がいると。連絡先を教えてくれた。彼も喜ぶだろうと。

 翌朝、アパートからセルギオに電話した。彼は義理はないと言ったが、会う約束は取り付けた。ギャングの本拠地に乗り込むことは殺されに行くようなものだ。ヴィックは自分の葬儀を想像した。ロッティは後悔するだろう。アパートの裏庭では1階に住むコントレラスが彼の畑の手入れをしていた。彼はヴィックを実の娘のように心配している。実の娘ルーシーは、退職し70代後半の父親に同居するようにせっついているが、コントレラスは拒否し続けており不穏な関係になっている。  
 ヴィックは彼にセルギオとの面会場所を書いたメモが入っている封筒を渡し、今晩戻らなかったらボビー・マロリー警部に渡すよう頼んだ。ボビーは父の同僚だった警官で、親友だった父の死後ヴィックの親代わりを任じている。ギャングに会うと聞いて、コントレラスは一緒に行くという。なんとか断念させた。

 ヴィックはセルギオとの面会場所を見に行った。ハンブルトパークの近くで、荒れた一帯である。近くにコンスエロが通っていたハイスクールがあった。ファビアーノが入り浸っているバーがある筈なので探した。彼をバーで見つけた。仲間たちに彼の車についてからかわれていた。車を買える金などあるはずがない。ヴィックはマルコムを殺して金を奪ったと警察に言うと脅し、殴りつけて白状させた。ファビアーノはフレンドシップ病院のヘンフェリーズから、コンスエロの件は訴訟しないと約束して5千ドルを貰っていた。それで車を買ったのだった。マルコム殺害は強く否定した。

 夜になり、セルギオに会いに行った。身体検査をされ部屋に通された。キラキラした部屋にはセルギオと護衛の男二人、ファビアーノがいた。ファビアーノが三下なのは明らかだった。ヴィックはマルコム殺害にライオン団が関わっているか聞いた。セルギオは知らない、事件には関わるなという。
 セルギオは、ヴィックに「10年前、自分を虫けらのように扱ったが、今では本物の弁護士を抱えている。本物の弁護士なら刑務所送りにはしない」と言った。ヴィックにはショックだった。老人を殴り殺す寸前だった若者は、当時はヴィックに泣きついていたが今ではふんどり返っている。
 護衛が殴りかかってきた。争ったがヴィックは縛られ、セルギオはヴィックに跨って目の下にナイフで傷をつけた。傷を見る度に関わるなと言う言葉を思い出せと。

 疲れはててアパートに戻ったヴィックをコントレラスが部屋に入れた。顔や首に血がこびりついている。警察に連絡し、病院に連れて行くという彼を説得して、ロッティを呼んでもらった。彼女は応急手当てをし、ベスイスラエル病院の整形医科を手配した。顔の傷が残ってはいけない。整形医は、顔を日に晒さないよう養生すれば傷は残らないと言ってくれた。ヴィックは、やっと病室のベッドで眠りにつくことが出来た。翌日、日曜日の午後、コントレラスが花を持って見舞いに来てくれた。アパートに戻れると知って喜び、ヴィックを連れ帰った。彼は裏庭の共有グリルでステーキを焼き、ウィスキーと一緒に3階のテラスまで持ってきてくれた。ステーキは青あざに効果があるのだと。元機械工のコントレラスは何度も負傷した経験がある。
 刑事ローリングが話を聞きに来た。彼は友人フィンチレイからヴィックの噂を聞いていた。フィンチレィはマロリー警部の部下である。ヴィックの傷を見てマロリー警部が心配するのももっともだと。
 ヴィックは、コンスエロと嬰児の死亡、マルコムが診察したこと、ファビアーノが怒っていたこと、彼がライオン団の使い走りであることを話した。マルコム殺人を疑うアルベラード一家から頼まれファビアーノを調べ、頭のセルギオを昔弁護した縁でライオン団に話しに行ったと。ただ、セルギオはヴィックに宿年の恨みを抱いていて、傷つけられる結果になったと。
 ローリングはセルギオを引っ張ると言って帰っていった。逮捕しても翌日には出て来て復讐しようとする。ヴィックは路上をまともに歩けなくなるが仕方ない。コントレラスは1階の自分の部屋からアパートの出入りを監視すると言って戻って行った。ヴィックは壁の金庫から銃を取り出した。これからは持ち歩くことになる。

 フレンドシップの医師ピーターから電話があった。明日のコンスエロと赤子の葬儀に一緒に行ってくれないかと言う。彼は救えなかったことで落ち込んでいた。せめて葬儀に出席したいが心細いと。ヴィックはアパートに迎えに来てもらうことにした。郊外の産婦人科ではハイリスクの出産は少ない。コンスエロは彼の初めてのケースかもしれない。ヴィックには彼の失意が理解できた。

 翌午前中、ピーターが迎えに来てハンブルトパークの教会での葬儀に行った。中ほどにいたロッティの横にピーターと並んで座った。ファビアーノも母親と参列していた。痛めつけられたらしく顔が腫れていた。葬儀はスペイン語で行われ、40分ほどで終わった。
 出口で、ピーターはロッティに「マルコムが報告書を出しているでしょうが、見せてもらえれば不足な点を加えます」と言った。彼女は「彼は報告書を出さないまま殺されたので、あなたの治療記録を送って欲しい」と名刺を渡し、忙しくクリニックに戻って行った。
 ポール・アルバドールは、ヴィックにファビアーノの調査を頼んだばかりにひどい傷を負う結果になって申し訳ないと恐縮した。ファビアーノは、顔の負傷は急ブレーキを踏んで顔を前面ガラスにぶつけたためだと言っていると教えてくれた。
 ヴィックはピーターの車でアパートに戻った。コンスエロは産婦人科では初めての死亡者だという。州の検屍が行われ報告書はまだだが、コンスエロの死因は、糖尿病の作用で心臓が停止したことに尽きると。ディナーに誘われたのでOKした。

 夕方になり、ピーターと彼の馴染みのレストランに行き、ミシガン湖畔のモンローズ・パークで夕闇に包まれて戯れた。彼はマルコム事件の捜査状況を聞いたが、ヴィックに語れることは多くない。二人でアパートに戻り、ベッドでブランディーを飲んだ。部屋には荷物や下着が乱雑に置かれていたが彼は何も言わなかった。明け方に彼はシャンバウムの病院に戻った。彼を送り出したヴィックは9時過ぎに起きだしてロッティのクリニックに向かった。

 クリニックはダメン・アヴェニューに面している。クリニックのある一角は交通規制され、警察車両が通行を阻んでいた。堕胎反対団体がクリニックの前で騒いでいたのだ。ロッティは月に数件堕胎治療をしていたので、団体が門前でビラを配ることはあったが大規模な集会は始めてだった。ヴィックは裏路地を歩いて、事務員のコルトレーン夫人に裏口からクリニックに入れてもらった。彼女もロッティも興奮している。今日から看護婦のキャロルも出てきていた。
 表のブラインドから外を窺うと、堕胎反対運動でマスコミにしばしば登場するディーター・モンクフィシュがスピーカーで「赤子殺し!」などと、がなり立てていた。プラカードを持った相当数の若者や奥様方が取り巻いてシュプレヒコールを挙げている。患者は出れないし、来ることもできない。ヴィックも手伝って予約患者に状況を伝えた。マロリーとローリングに電話したが、殺人課は事件が起きなければ行けないと言われた。コントレラスに応援を頼んだ。彼は仲間二人を誘って来てくれた。みな80才近い。彼らは患者を裏口から外に逃がし、同様にして予約していた患者をクリニックに迎えた。
 急を要する患者の治療は終ったのでロッティは、午後早めに閉院する事にした。コントレラス達は敵に背を見せたくないと頑張ったが、皆で裏口から帰ることになった。集会の一団が発見して罵倒し始めた。コントレラスは怒って殴りかかり、表にいた集団も合流して乱闘騒ぎになった。表では投石が始まりガラスが割られ、一団がクリニックに侵入して荒れ狂った。警察はコントレラス、友人1人と、ディーターやデモ隊の者達を逮捕した。

 ヴィックは、現れたローリングにロッティを自宅まで送ってもらい、クリニックの応急措置の手配をしてアパートに戻った。コントレラスを釈放してもらわねば。バスでリラックスし、役所にふさわしいスーツに着替えた。ピーターから来週のデートの申し込みがあったが、また電話すると言っておいた。あちこちに電話してコントレラスの居場所を探し、病院で治療を受けてサウスループの夜間法廷(当日逮捕された軽罪者の処置を決める裁判)に行くと分かった。彼の公設弁護人と相談した。頭に包帯をしたコントレラスは、勇敢さを誇示しようとしたが、ヴィックは彼を説いて、口を閉じて、彼の友人と共に正当防衛だと認めてもらえるよう手配した。
 法廷には騒ぎで逮捕された80名以上が出廷しており、多数の弁護士もいるので異例の大入りだった。意外なことに大手法律事務所クロフォード・ミード法律事務所のシニア・パートナー、リチャード(ディック)・ヤボロフが来ていた。ヴィックの法科大学時代の同級生で元夫である。大企業相手に高額な手数料を請求する事務所なので今夜の法廷に大物がいるに違いない。彼のクライアントはディーターだった。
 保釈してもらったコントレラスと友人を連れて法廷を出た。出口でデックに、なぜ事務所に不釣り合いなディーターの弁護をしているのか聞いた。法外な弁護料金を払えるはずがない。彼はバカにしたように彼にだって友達はいると言った。誰が払っているかは教えてくれない。

 翌週はクリニックの片づけを手伝った。ベスイスラエルから手伝いに来た医者や看護婦がカルテや機材の復元を手伝った。テッサは友人を同行し、待合室の壁にアフリカの草原と動物たちを描き、診察室に美しい魚たちが泳ぐ深海の壁画を仕上げた。クリニックは火曜日には営業を再開した。ロッティのクリニックでしか医療を受けられない低所得世帯も多い。

 ピーターとはたまに会っていた。彼はフレンドシップ病院で開催予定のセミナー「羊水閉栓症(分娩時に稀に発生する難病)への取り組み」に心を奪われていた。病院だけでなく彼の業績を全米にアピールする場になる。事件捜査の状況は気にしていたが、セミナーの話ばかりなので、ヴィックは多少うんざりしていた。

 ローリングがヴィック傷害の罪でセルギオを逮捕した。翌日にはお抱えの弁護士によって釈放された。ヴィックは銃なしでは外出できなくなった。彼は否認しており、ヴィックが死ねば裁判は終わる。セルギオは執拗にヴィックを遠ざけようとしている。マルコム殺害にセルギオが関わっていると思えて来た。

 セルギオの裏を知っていそうなファビアーノに話しに行った。彼を痛めつけたのはコンスエロの兄たちだった。だが、セルギオには言えない事情があるようだった。手に負えなくなったヴィックは刑事ローリングにファビアーノはマルコム殺害の情報を持っていると伝えた。事件捜査が手詰まりになっていた彼は喜んだ。

 その晩、ロッティと食事し、マルコム殺害事件は、これ以上はムリだと伝えた。彼女は納得した。マルコムの代わりを探し、クリニックの正常化に懸命に努めていた。ヴィックも料金を貰える顧客の仕事に戻らねばならない。とはいえ、ヴィックはディーターの弁護料を負担する裕福な友人が気になっていた。
 翌朝、サウスループのディーターの事務所に行った。堕胎反対団体は豊かではない。老朽化したビルの3階にあり、浮浪者が入り込んでいた。事務所には中年の事務のおばさんが一人だった。州の監察官だと偽って寄付者名簿を覗いたが、名簿は膨大で、ディックは請求書を団体ではなく、他所に送るという事しか分からなかった。連絡を受けたディーターが戻ってきた。実は私立探偵だとライセンスを見せた。質問には答えてくれそうもなく、騒ぎ始めたので早々に退散した。

 午後は従業員がドラッグ取引をしていると懸念している容器工場のオーナーからの依頼を聞いた。捜査のために数人雇うことになるので料金は高くなる。彼は事件は切実だが、暫く検討させてくれといった。

 夜になって、堕胎反対団体の事務所に忍び込んだ。帳簿や名簿はあったがコピー機はない。引き出しに紙幣を投げ込んで、帳簿を持ち出した。ホールにいる浮浪者達に、紙幣を見せて、事務所ドアが開いており、まだあるかもと教えた。彼らは事務所に流れ込み、ヴィックは書類を抱えてアパートに戻った。
 ピーターがコントレラスの部屋で待っていた。ディーターのスポンサー探しに夢中で彼とのデートを忘れていた。ヴィックは証拠探しに夢中になりすぎたと言い訳した。証拠は見つけたのかと聞かれて、浮浪者に紛れて書類を持ってきたと答えた。ピーターは「泥棒はすべきでない」と言い、ヴィックは「返すからいいでしょ!」と言い返して部屋に戻った。ピーターが来て「君の仕事に口出しして悪かった」と謝りキスした。すぐに24時間営業のレストランに食事に出かけた。彼は、急用を思い出したと席を外して電話した。戻って来て、「ピスタキー湖にボートがあるので明日行かないか?」と話しだした。8月も終わりだが、まだ暑い。山の湖は気持ちが良さそうだ。容器工場の仕事が始まれば暫くは休みはない。気分よく、二人はアパートに戻った。

 翌朝、彼の車の後について郊外に向かった。持ち出した書類は散らかった部屋に積み重ねた新聞の上に置いてきた。郊外のピーターの自宅は大邸宅ではないが立派で林に囲まれていた。ゴールデンリトリーバーの飼い犬ペピーと暮らしている。市内に住む気にならないのも分かる。湖にはペピーも連れて行くことにした。ヴィックは数回、ピーター宅に来ているので彼女は尻尾を振っている。ピスタキー湖は北に16マイルほどの山中にある。

 湖にはかなりの数のボートが係留されており、ピーターのボートは大人二人と犬には丁度いい小型だった。日中は船上で過ごした。日が落ちて、マリーナに戻ると混雑していた。帰途、鄙びたステーキを楽しみ、ピーター宅に戻った。ロッティに電話すると、ファビアーノからコンスエロと胎児死亡の医療過誤で訴訟を起こされたという。キャロルは弟たちやヴィックが彼を痛めつけた腹いせだと言っていると。だが、ロッティに医療訴訟を恐れる理由は何もない。問題はコンスエロの記録が紛失している事だった。書類がなければ何を言われても申し開きが難しい。
 話を聞いたピーターは、理事長ヘンファリーズがファビーアに訴訟を起こさないという約束で金を渡していると怒って、彼に電話した。彼は、フレンドシップが訴えられた訳ではないので関わるなと言っているという。ピーターは苦しそうにヴィックの手を握り締めた。すぐにヴィックはシカゴ市に向けて走った。

 ロッティとクリニックに行き、書類を探した。どこにもない。ヴィックはデモの混乱に乗じて持ち去られたとしか思えなかった。マルコムのアパートに行った。ロッティが彼の鍵を預かっている。コンスエロに関する書類はなかった。車にレコーダーが残されていたが、彼が口述していたはずのテープはなかった。
 失意のロッティを自宅に送り、スペアルームに泊まって、翌朝アパートに戻った。部屋の前に血を流してコントリアスが倒れていた。救急車を呼んだ。玄関ドアは斧で破られていた。ヴィックの部屋は乱雑に荒らされていた。コントリアスは部屋に侵入しようとした者に立ち向かって殴り倒されたようだった。そばには彼の武器パイプレンチが転がっていた。ディーターの事務所から盗んだ書類が消えていた。
 ローリングが来た。セルギオの仕業のように思えた。何を盗まれたか分からないと言っておいた。住居侵入・窃盗を告白されてもローリングは困るだけだろう。
 書類を持ち去ったのはディーターかも知れないが、彼はヴィックが盗んだと確信はしていない筈。確かに知っているのは、コントリアスを除けばピーターだけだ。彼は誰かに書類が盗まれたことを電話し、奪い返すためにヴィックを湖に誘ったのだろうか。何のために? ディーターの弁護士費用を負担したのはフレンドシップ? ディックに聞いても教えてはくれないだろう。ピーターに話した方がよさそうだ。
 ピーターに電話して週末のデートの約束をしようとしたが、彼はセミナーが終わるまでは時間はないという。

 ヴィックはコントレラスを見舞いにベス・イスラエルに行った。彼は集中治療室で意識不明だった。一人娘のルーシーが息子二人と来た。会ったのは初めてだったが、彼女は、ヴィックのせいで2週間前にデモ隊に頭を割られたばかりなのに、それでも足りないのかと文句を言った。ヴィックは辛かった。
 翌、日曜日遅くに彼の意識は回復した。彼は、襲った者たちの記憶がなくローリングを失望させた。

 月曜日になり容器工場のオーナーから正式に調査の依頼があった。当面、いつも力仕事を依頼するストリート兄弟に工場に入ってもらうことにしたが、ヴィックが行くのをいつまでも待ってもらうわけにはいかない。気になっていることは早く片付けねばならない。

 ヴィックはディックの中年の女性秘書ハリエットを知っている。ハリエットだと偽ってフレンドシップの理事長室に電話した。事務のジャッキーが出たので、ディーターの弁護費用はフレンドシップの口座から入るのか、もしくは別口座からになるのか確認したいと聞いた。ジャッキーは、ヘンファリーズに確認して、その件はディックと話がついているので説明すると言っていると電話を回そうとした。ヴィックは、急用を装って、折り返し電話すると言って電話を切った。やはり、反堕胎デモの背後にいたのはフレンドシップだった。だが、どうして? フレンドシップでも治療的堕胎は行っている。彼が悔悟のため個人的に反堕胎団体に寄付していると考えられなくもないが、ピーターが絡んでいるのなら話は別。

 知人の、シカゴの新聞ヘラルド・スターの事件記者ムーレイ・リーソンに電話した。彼はディーターの事務所盗難事件の記事を書いていた。彼に事務所の書類は、占いではデックの机の上にあると教えた。彼は疑ったが、ヴィックの後ろをついていけば特ダネにありつける事は身に染みている。

 患者が戻ったクリニックでロッティは忙しそうだった。ファビアーノの医療訴訟では保険会社の弁護士が対応するがコンスエロの記録がないのは致命的だと言っているという。彼女はイリノイ州の環境人材局を思い出した。州民の医療・健康を管轄しており、病院は出産時に母子が死亡すれば報告する義務がある。コンスエロの報告も届いている筈。同局の副局長フィリッパ・バーンズは昔、ロッティのレジデントだった。ロッティは電話で彼女に協力を依頼し、ヴィックに話してくるよう依頼した。

 ヴィックは州総合庁舎にフィリッパを訪ねた。彼女は公立病院を担当しており、死亡した母子の監査を担当する職員を呼び出してくれた。フレンドシップから通知があったので監査に入ろうとしたが、私立病院を担当する副局長トム・コウルトラーから止められているので報告書はないという。フィリッパはトムを呼び事情を聞こうとしたが、関係ないだろうと答えた。フィリッパは、トムは局長のバートの飲み友達なので横暴だと嘆いた。バートは政治任用なので有力者とのつながりを重視し、トムも倣っていると。トムは医者ではなく公衆衛生の学位を持っているだけだとも。フレンドシップは役所にも影響力を及ぼしているようだった。ロッティが必要な報告書は間に合いそうもない。

 ピーターにフレンドシップが持っているコンスエロの記録をロッティに見せるよう依頼していた。返事がないので電話すると記録は閉鎖されたという。法的手続きがない限り公開できないのだと。

 ディックから電話があった。事件記者から反堕胎団体の書類について聞かれ、ヘンファリーズから電話でハリエットの名を騙ってディックとフレンドシップとの関係を聞いたものがいたと怒っている。事務所に忍び込んで盗み出したのはヴィックだと明らかなので告訴するという。そうすればディーターやヘンファリーズも証言することになり、すべてが明らかになるので告訴してくれと言うと彼は怒って電話を切った。
 すぐにムーレイから電話があった。信じられないが、ディックの手元に書類をあることを確認したという。彼は、どうなっているのか知りたがった。バー「ゴールデン・グロー」で会うことにした。サウス・ループにあるクラブ風のバーで、オーナーのサル・バーゼルと古い付き合いである。気難しい黒人の大女だがヴィックとは気が合った。今ではムーレイも常連になっている。ヴィックは、ムーレイが、すぐには記事にしないという約束で今までの状況を説明した。フレンドシップの意図が分かるまでは全体が見えない。ムーレイはじりじりして、今にも飛び出しそうだった。

 バーを出て、ロッティと約束していた夕食に行った。フレンドシップはコンスエロの書類を提供してくれないと報告した。盗むしかないと匂わせたが、珍しいことにロッティは反対はしなかった。彼女は追い詰められていた。二人でベス・イスラエルに行き、コントレラスに面会した。医者と一緒ならいつでも会える。彼は面目ないという。ヴィックは、危険な目に会わせた罪悪感を感じていた。

 明け方、徹夜明けのローリングがアパートに来た。昨晩、ファビアーノが殺されていた。アリバイを聞かれたが、一人で寝ていた。彼はスミス&ウェッソンの9ミリオートマティック銃で撃たれており、ヴィックの銃と同じだった。彼はヴィックが容疑者だとは思っていなかったが、銃は預かって帰った。

 ファビアーノはライオン団と関りがある。ファビアーノとライオン団はフレンドシップと関りがあることになる。予定通りフレンドシップを調べよう。ヴィックは警察やライオン団から尾行されている虞があった。ロッティのクリニックに行き、車を取り換えてもらった。彼女の車なら目立たない。ロッティはファビアーノはキャロルの弟たちが、ロッティの窮状を救うために殺したのではと案じていた。ヴィックは、自分もポールたちも殺していないと安心させた。ロッティから病院の院内着と手袋も借りた。彼女は何も言わなかった。ヴィックはロッティのダットサンでシャンバウムに向かった。

 フレンドシップについて外来用駐車場に車を止め病院に入った。受付で医療記録管理室の場所を聞いた。検査だと偽って事務員からシステムの使い方とコンスエロの記録保管番号を聞き出した。夜11時、病院に戻り、ロッティの白衣を着て足早に玄関を通り抜けた。受付の奥に管理事務室がある。鍵が閉まっているのでピッキングした。事務所の奥に理事長ヘンファリーズの部屋がある。簡単にピッキングできた。秘書の席があり、コピー機もあった。理事長の部屋は利益至上主義の病院らしく、ペルシャ絨毯が敷かれ、家具はアンティークだった。病院の月例報告書、組織表があった。引き出しにコンスエロの記録をしまっていた。コピーした。組織表に電話番号のメモが挟んでいたので一緒にコピーした。記録はシンプルでピーターが署名していた。おかしな点は感じず、ヴィックは落胆した。事務室を抜け出し、産婦人科病棟のピーターの部屋に入った。コンスエロ治療の手書きメモがあり、彼のフレンドシップとの契約書もあった。コピーした。深夜、近くのホテルに宿泊し、書類を眺めた。彼の契約書によれば、年間報酬15万ドルに加え病院の利益配分も得ることになっていた。ベス・イスラエルでのレジデント勤務とは天地の差がある。断れる医者はいないだろう。医療メモは理解できない。ロッティの協力が必要だ。朝起きて、彼女に電話し、夕方会うことにした。ムーレイも合流することになった。ヘンファリーズの部屋にあった電話番号のメモはセルギオ宅に通じた。

 シカゴの馴染みのレストランにロッティはマックスを連れて来た。マックスはベス・イスラエルの理事長なのでヴィックの相談に乗れるだろうという配慮である。マックスはロッティのパートナーだが、結婚生活に否定的なロッティの気質を尊重して結婚はしていない。
 ロッティはヴィックが入手したヘンファリーズの報告書とピーターの手稿に目を通した。ヘンファリーズの報告書は怪訝な点はなかったが、治療中に書かれたピーターの手稿からは、異常な状態で運び込まれた妊婦への対応に苦慮した医師の実情が窺われた。コンスエロが運び込まれた後、医師たちは善後策を協議し、時間が徒に経過した。周産期専門医アバークロンビーに連絡したが、数時間後、彼が来た時は手の施しようがなかった。ピーターは、母体が危険なので分娩を遅らせるため硫化マグネシームを投与したが、母体の心拍が弱まった。母体を救うため胎児を取り出したが、母体は回復せず死亡した。
 ロッティは、周産期専門医の立ち合いがなかったこと、硫化マグネシームの使用が問題だと指摘した。糖尿病のコンスエロに使えば心不全を引き起こしかねない薬で、周産期専門医ならリトドリンを使うと。ロッティはアバークロンビーが治療しなかったことに憤った。ロッティはクリニックを開く前、ベスイスラエルの勤務医だった時には周産期専門医だったのだ。
 マックスが説明した。現在は社会的な活動をする女性が増えたので、出産年齢が高齢化しており、産婦人科病院は総合産婦人科の認可を得ていなければ患者が来ないし、儲からない。高齢出産は危険を伴うし、費用は高額だから。総合産婦人科の認可を得るためには周産期専門医が必要だが、普通は産科医で足りる。専門医を常勤雇用すれば年に25万ドルは必要なのでフレンドシップは州の役人に契約医で認めてもらったのだろうと。周産期専門医が必要な患者に対応できなかったと分かれば病院は責任は問われるし、認可した州も大問題になる。
 ロッティが電話して調べるとアバークロンビーは郊外の大学病院の医者だった。コンスエロが運び込まれた時、彼がいれば彼女は助かっていただろう。ヘンファリーズとピーターが知らない訳がない。だから、ヘンファリーズは実情を糊塗した報告書を作ったのだ。ファビアーノに金を渡したのも見舞金などではなく、医療訴訟を起こさせないためだった。
 マルコムは、コンスエロが集中治療中に来て死亡する前に戻った。彼はシカゴに戻る前、フレンドシップからロッティの電話したが、医療過誤があったとは言っていなかった。彼は知らなかったか否かは殺されたので分からない。だが、ヘンファリーズ達がマルコムは知っていると思っていたのはほぼ間違いない。ヘンファリーズとピーターには彼の報告書を奪うためマルコムを殺し、ビックのアパートに侵入し、ロッティのクリニックを襲う動機がある。ピーターを好ましく思い、デートを重ねていたヴィックは憂鬱になった。
 ムーレイが来た。事情を説明すると記事にしたいと言う。だが、確たる証拠はないし、根拠となる書類はヴィックが盗み出したもの。記事には出来ない。二人を揺さぶるしかない。フレンドシップが名門病院として名乗りをあげようと注力しているセミナー「羊水閉栓症への取り組み」を使おう。ヴィックはマックスにセミナー参加の申し込みをしてもらった。5名分、マックス、ロッティ、ヴィック、ムーレイ、それにローリングである。もちろん仮名である。事態が展開すれば証人として刑事がいれば心強い。ローリングは半信半疑ながらセミナー参加を承諾した。

 セミナーの前日、ヴィックはホテルに泊まり、深夜フレンドシップに行った。病院は開いているが、セミナー会場の本館大ホールは静まり返っている。ピッキングで大ホールの映写室に入るとセミナーでピーターが使うスライドの準備は終わっていた。ヴィックは持参したスライドを挟み込んだ。ピーターの手稿とヘンファリーズの報告書である。

 セミナーが始まった。ロッティたちが来た。5人は階段教室の後ろの席に陣取った。照明はステージを照らしているのでヘンファリーズとピーターには気付かれていない。ヘンファリーズが開幕の挨拶をし、ピーターの講演が始まった。参会者がざわつき始めた。ピーターの話とスライドが合っていない。ピーターはスライドがコンスエロの医療過誤を示すメモだと気付き、ステージを降り消えた。ヘンファリーズは参加者に食堂に飲み物を用意していると案内し、後を追った。 
 ヴィックはローリングと産婦人科のピーターの執務室に行ったがいない。彼の車がなくなっているので自宅に向かった。彼の自宅の玄関先で愛犬ペピーが尻尾を振ってヴィックを迎えた。ローリングは、ピーターの自宅に直進し、彼の愛犬がなついているヴィックを不審がった。だが、彼の疑問に答えている暇はない。ムーレイも追いついてきた。
 書斎からピーターとヘンファリーズの話声が聞こえた。ピーターはヘンファリーズに、ファビアーノを殺すことはなかったと責めていた。ピーターの右手には銃が握られていた。ヴィックの銃と同型である。ピーターは、ヴィックの銃の種類をヘンファリーズに知らせた。彼は、同型の銃を入手しファビアーノを殺してヴィックの仕業に見せようとしたのだった。自宅には妻子がいるので、銃はピーターに預けていた。
 ヴィックとローリングは書斎に入った。ピーターはヴィックに詫びた。医者になった時の志はマルコムのようになりたかったが、現実には金儲けの手先に落ちていたと。ヘンファリーズに指示されてヴィックに近づいたが愛してしまったかもしれないと。
 彼は、ファビアーノを通じてライオン団のセルギオにマルコムの報告書を探させたが、セルギオは彼の流儀で殺してしまったと話した。ロッティのクリニックから書類を盗み出したのもヘンファリーズだと。セルギオに頼んでヴィックのアパートから書類を持ち出しもしたと。
 ヘンファリーズはピーターは錯乱していると言い続けた。ローリングは二人を逮捕すると言った。
 ピーターは、思い出したように右手の銃を見て、額にあて引き金を引いた。脳漿が机上に飛び散った。

 ローリングは地元所轄署に連絡し、ヘンファリーズはマルコム、ファビアーノ殺人容疑者としてシカゴに連行した。弁護士はヴィックの元夫ディックで、彼は最高額の弁護料を稼ぐ腕利きである。殺人容疑を裏付ける最大の証人ピーターは死んでいる。
 ヴィックは、セルギオに連絡し、ヘンファリーズはセルギオを売る司法取引に応じ、釈放されると告げた。セルギオは信用せず、釈放される筈はないと言った。

 ヴィックの予想通り、夜間法廷でヘンファリーズは15万ドルの保釈金で釈放された。ローリングは手の打ちようがない。ヴィックが企んでいるとは思ったが、何かは怖くて聞けない。

 ヴィックはヘンファリーズが戻ったフレンドシップ病院に向かった。深夜、彼は男たちに囲まれて執務室にいた。ナイフを突きつけているセルギオと、銃を持った用心棒3人だった。セルギオはヘンファリーズにファビアーノを殺したと自白させた。マルコム殺しでセルギオを売れても、ファビアーノ殺しはヘンファリーズが責任を負わねばならない。セルギオを売っても意味はない。
 ヴィックは銃を構えて部屋に飛び込んだ。「フリーズ!」と。用心棒のひとりが撃ってきてセルギオはナイフを投げようと構えた。ヴィックは用心棒を撃って床に伏せた。窓から飛び込んだ男がセルギオを撃った。ローリングだった。彼は、ヴィックの後を付けていたのだった。

 ローリングはヘンファリーズとライオン団の4人をシカゴに連行した。今回は刑事がヘンファリーズの告白を聞いている。保釈は無理だろう。仇敵だったセルギオも逮捕できた。ヴィックには、もう何も言わなかった。周囲の人たちの心配が身に染みてローリングにも分かった。
 ヘラルド・スターには事件の生々しい詳細な記事が一面に飾られていた。

 ヴィックはアパートに戻った。病み上がりのコントレラスがバーベキュー・グリルで肉を焼いてくれた。ロッティやテッサが迎えてくれた。足元では、ピーターの愛犬だったペピーが安心しきったように伏せをしていた。