あまり理解されていない経済政策における将来の予想と期待についてですが、今回は雇用とそれの関係について話します。

 

ここで何度も話していますが、従業員を雇う側の企業にとって雇用とは”人への投資”です。

雇い主が毎月のように雇った社員に賃金を支払い続けて彼らを育成していくのは、後にその投資額以上の収益というハーベストを得られるという予想や期待を持っているからです。雇い主が稼ぎ続けらげるという予想や期待を持たない限り、毎月毎月巨額の固定費が発生する雇用をしたりしません

 

察しのよい方ならここでリフレーション政策において予想や期待が大事だと主張する理由がすぐにおわかりいただけるでしょう。金融緩和政策は金利を下げてやることで資金調達コストを下げ民間企業に投資意欲を促す政策だと説明してきました。その投資は設備投資や研究開発なども入りますが、上で述べた雇用もそれに含まれます。

 

もうこれで今回の主旨は話し終わったも同然ですが、もっと詳しく雇用と将来予想についての話をしていきたいです。前回にも話をしましたが、企業に事業拡大や投資意欲を引き出すためには中央銀行が(実質)金利を低い状態にし続けてくれるとか、好景気が続いて自社の収益を伸ばし続けられるという予想をつくることが大事です。

 

前回記事

 企業の経営判断に重要な将来の予想

 

安倍政権が発足した直後の2013年からはじまった異次元緩和政策をはじめとするアベノミクスですが、左派系野党やマスコミなどから「異次元緩和なんじゃやっても(実質)賃金が上がらないじゃないカー」「非正規雇用ばかり増えて正規雇用が伸びないじゃないカー」などという誹謗が出ています。現実には実質賃金は一旦2014年までは低下したものの、あとは名目賃金と共に上方傾向に推移してきています。非正規雇用だけではなく正規雇用も伸びてきました。

 

参考

山本博一様

いまだに「実質賃金ガー」って言っている人いるんですね”..

 

それでも幾たびか「なぜ賃金が上がらないんダー」と言う人が絶えず、金融緩和だけではなく財政をもっと奮発したり、「解雇規制緩和とかもやらないとダメだー」という議論も出てきています。私も厳しすぎる解雇規制や現在の韓国の文在寅政権がやらかしたような強引な最低賃金引上げは逆に雇用を悪化させる原因になると考えております。2018年夏のことですが龍谷大学の竹中正治先生はウェブ現代の「史上最高の企業利益なのに思ったほど賃金が上がらない日本経済の罠」という記事において、解雇が非常にやりにくく長期雇用保障が当然となっている日本型雇用制度が足枷となって正規雇用拡大や賃金上昇を妨げているのではないかという仮説を提示されておられます。

 

竹中先生の記事より抜粋しておきましょう。

そもそも、人手不足に対応して、企業がパートタイム労働の賃金を正規雇用のそれに比べて引き上げられるのは、再び景気後退などで労働力が余剰になった場合は、いつでも雇用を停止できるからだ。

言い換えると、人手不足にもかかわらず正規雇用の賃金、特にベースアップに企業経営者が二の足を踏むのは、正規雇用の賃金(特に所定内給与)は固定費であり、一度上げると景気後退になった時に削減が困難で企業利益を圧縮するからだ。

私も竹中先生が仰ることは当然であると見ています。従業員を雇う側の企業は「景気が悪く業績が悪いから」といってそう易々と解雇できるものではありません。

企業は一度雇った人を簡単にクビにすることができないから、最初から雇う人の数は最小限にしておかねばなりません。会社の業績が好調で需要超過のときは新規雇用で人手を増やす前に、いまいる従業員をフル出勤・超過勤務させて供給力不足を補うやり方を採るのが経営のセオリーです。いまいる従業員を残業でフル稼働させても仕事がこなしきれなくなってきたら新規雇用をするのです。あと従業員数を増やしますと企業折半で負担する社会保険料や教育訓練費等の経費増加にもつながります。裏を返していいますと、少しの間だけ景気が良くなったからといって、すぐさま雇用が増えるわけではありません。

 

このように「解雇規制緩和をすればもっと(正規)雇用が伸びるし、賃金も上昇する」という主張をされる方は少なくありませんし、私も支持します。しかしながらここで私はもうひとつ別の見方も加えておきます。それは企業が「景気がよい状態が続く」「自社の業績が伸び続ける」という予想や自信を持ちにくくなったから、正規雇用や賃金引上げが出来にくくなったというものです

 

高度経済成長期からバブル崩壊までの1980年代までの日本経済は右肩上がり成長が当たり前でした。多くの企業経営者は「頑張ればもっと自社の業績を伸ばせる」という予想や期待、自信を強く持っていました。だから毎年毎年正規雇用社員の賃金をベースアップさせ、学校を卒業した若者を正規雇用で雇って育て上げていき、彼らが定年退職の日を迎えるまで雇用を保障するといったことができたものです。

 

ところが1990年代のバブル崩壊以後、多くの企業は「自分の会社の業績を無限に拡大することはできない」「いつ深刻な不景気が訪れて、自社が倒産寸前に追い込まれるかわからない」と思うようになります。成長予想や期待の毀損です。2008年にはセカンドインパクトというべきリーマンショックが発生し、2011年には東日本大震災のような巨大災害も起きました。1990年代以降の日本企業は常に危機にさらされ続けたといって過言ではありません。だから雇用を最低限に抑え続けるしかなかったのです。

 

「失われた20年」とか30年と云われる期間のうち、2000年代初頭の小泉政権時代や第2次以降の安倍政権時代のように数年間好景気が続いたときがありましたが、それは氷河期の中の間氷期に過ぎないと思っている企業経営者がほとんどでしょう。

そんな状況でちょこっと景気が良くなったぐらいで、すぐに新規雇用を拡大したり、従業員の賃金をどんどん上げるような経営者はいないと思います。せいぜい賞与を上げるぐらいです。

 

何度も私は批判していますが、過去の日銀金融政策は「早く金利を上げたい」という魂胆が丸見えで、真剣に景気と雇用の安定を守っていくという強い意思を感じられないものでした。また総理大臣が数ヵ月でコロコロ変わったり、政権が自民党から民主党に移ったりするなどして経済政策の一貫性が望めない状況でもありました。自動車や電機など輸出主体の産業は急な円高などに見舞われるリスクも恐れなければなりません。こんな状態で安定雇用を企業に求めるのは不可能です。

 

正規雇用や新卒学生の採用拡大、そして彼らの賃金を上昇させていくには、企業経営者に「需要がもっと伸び続ける」という予想や期待を持たせることが第一です。つまり政府や日銀が景気や雇用を安定させるという強い意志と実行力をみせるということです。これまでの日銀は自らの責務であるはずの景気と物価、雇用の安定を守るという姿勢を見せず、「政府や中央銀行は(金融政策や財政政策によって)民間の経済活動を統治できないし、それをしようとするのは官による民への介入行為だ」などという日銀理論を振りかざしてきました。リーマンショックのときのような深刻な経済危機のときにも日銀は何もできませんという態度をとっていたのです。20~30年間も政府・日銀は低成長と経済不安定化を放置していたために、企業は正規雇用や新卒学生の採用拡大、賃上げを渋らざるえなかったといえましょう。

 

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