2020年2月12日水曜日

『パラサイト 半地下の家族』-においの暴力-

『パラサイト 半地下の家族』(2020年)

ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』見ました。

先月1月に鑑賞していたのですが、このたび、カンヌのパルムドールに続いてアカデミー賞でも作品・監督・脚本等の賞を受賞したとの報を受け、驚くと同時に嬉しい気持ちが爆発し、ともかく何か書こうという気になりました。

まあとにかく、この映画は“おもしろいこと”が最大のポイントだろうと思います。
見た者にただただおもしろいと言わせることのできる映画は、そうあるもんではありません。

しかも、ポン・ジュノ監督にとって、この映画が最終地点とは到底思えないこと、彼の代表作は今後撮られるであろうこと、いずれ超が付く傑作を撮るだろうことが分かっています(笑)。それがまた楽しみで仕方ありません。


さて、この映画は、
映画の特性を活かした暗喩表現に満ちており、それは例えば、金持ちは高台に貧乏人は地下に住むといったものですが、その一つ一つが効果的で見るものを熱中させます。

中でも、貧者の表現の一つとして「におい」を使っていたことに、と胸を突かれた思いがしました。
小学生の頃、休み時間に教室で友人が「あいつはにおうぞ」とこっそり言ったことがありました。指差された方の友人は確かに貧しく、家計を支えるべく彼や兄弟もアルバイトをしている家庭でした。

私は、促されるままに彼に近づき肩の辺りのにおいを嗅いでしまったのです。におったにおったと笑いながら目配せしたことに彼も気付いたようで、なんだろうなと少し怪訝な表情をし、その顔を見て私は良心がひどく痛んだのを覚えています。そのくせその場のノリに流され、からかい半分に楽し気に振舞っていました。

その時のにおいをどう表現したらいいのか分かりませんが、私はふと、自分のにおいは大丈夫だろうかと不安に襲われました。後で一人になってから自分の体臭や服のにおいを確かめて、果たしてにおっているのかどうか、自分では分からないことに恐怖を感じました。

私ににおうよう促した友人も、私も、アルバイトこそしていませんでしたが決して裕福な部類ではなかったため、だからこそあんなことをしてしまったんだろうと今思い返してみると分かります。
誰々の家は独特なにおいがする、なんてことを言い合ったりもしていました。そうした存在を作り上げることで自身の優越感を担保し、安心の材料にしようとしたのです。

『パラサイト』のにおいを巡る一連の展開は、映画のスリルを高める一方で、私にとって大層居心地の悪い記憶を喚起させるものがありました。
においによって理不尽な選別を受けたときに、人は思いのほか尊厳を傷つけられてしまう。もしかするとそれは命にかかわるほど重大な傷となり得る。。

この映画は、私の心の中の狡さを見透かして、鮮やかにそれを突いてきました。映画でそうした体験をさせられるのは、私にとって映画冥利につきます。改めて反省をしました。あの頃のことを思うと慚愧に堪えません。。


あともう一点、触れておきたいのが主演のソン・ガンホの演技についてです。
この映画のとある場面で父親役のガンホが、とある騒動から離れて行く様子が描かれます。
自失しフラフラとした足取りで髪を振り乱しながら歩く様を、やや俯瞰からとらえたスローモーションのショット。こういった場面でのソン・ガンホは、なぜこうも良いのか。
ソン・ガンホにぜひともやって欲しいあの動き、そしてできればスローモーションで見たいという欲求に完璧に応えてくれた瞬間でした。客席から「でたー!」と手をたたきながら叫びたくなるほどでした。

これを書きながら様々な場面を思い出し、改めてもういっぺん見たいなと、、、そんな心地になっています。


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