どんなに

絶望の中にいても

容赦なく朝はやってくる。

 

夕べは安定剤を

処方されたとおり倍飲んだ。

 

それでもやっぱり眠れなくて

一人夫のいない大きなベッドで

苦しみ長い夜を過ごした。

 

これから私たち家族は

いったいどうなって

しまうのだろうか。

 

苦しい…

 

そんな私にも

もれなく朝はやって来る。

 

私は起きるなり

キッチンへ行き

安定剤を口に押し込む。

 

この白い錠剤は

今日も一日

なんとか頑張るための御守り。

 

そんな御守りは

ないに越したことがないのに。

 

朝食とお弁当を作り

子供達を起こし

学校に送り出すと

私は玄関に座り込んだ。 

 

薬が倍になったせいだろうか。

 

とても体がだるい。

めまいもする。

 

子供達との

気ぜわしい朝の時間を

何事もないかのように

笑顔で過ごすそれだけで

今日の私は精一杯だった。

 

私はそこから動けなくなった。


私は事務所に電話をした。

 

社員が出た。


「ごめんなさい。

今日はどうしても体調悪くて休みます。

よろしくお願いします」

 

それから夕方近くまで

私はベッドの上で廃人となった。 

 

どれくらいベッドにいたのだろうか。

 

疲労と薬で朦朧としている中

携帯が鳴っているのが聞こえ

ふと我に返った。

 

電話は夫からだった。


「おい、なんで休んでるんだ?

ちゃんと自分の仕事しろよ。

明日は大事な日なんだから

絶対に休むんじゃないぞ。

わかったな。

お前が来ないと事務所は

回らないんだから」

 

今何て言ったの?

そんなことどの口が言う?

 

勝手に家を出て行って

私に離婚届を押し付けて

それでそんなことを私に言うの?

 

理解できない。


夫が言った大事な日とは

明日から始まる2泊3日の

社長会の視察旅行のことだった。

 

夫は初めて参加するこの旅行を

ひどく楽しみにしていた。

 

設計事務所は夫がいないと

回らない部分も多々有った。

 

その上私もいないとなれば

クライアントにも社員にも

迷惑がかかる。

 

だから明日は

必ず事務所に出て来いと

夫は言っているのだ。

 

「…わかりました。

明日はちゃんと出勤しますから」

 

そう言うと電話は切れた。

 

夫の事務所から

給料をもらわなければ

私たち親子は生活していけなくなる。

 

行かなくてはならないのだ。

 

 

 

 

翌日、私が出社すると

すでに社員達が仕事を始めていた。

 

いつもより

早い時間の出社のようだった。

 

私が事務所に入ると

一番古株の社員木村が

いらだつ様子で言った。

 

「奥さん

昨日所長が早々と帰っちゃって

今日から三日間の引き継ぎが

ほとんど出来ていないんです。

どうしますか?」

 

「一体どういうこと?」


社員達の話では

昨日夫は

その日の仕事も終えないまま

社員を残し用事があるからと

昼過ぎには帰ってしまったという。

 

翌日から三日間留守にするというのに。

 

「昨日のうちに

目を通してもらいたい書類も

たくさんあったんですけど。

それもしないで所長は帰られたんで

仕事進められないんです。

所長の指示をもらわないと

今日の仕事が出来ません。

奥さんどうしましょう」


夫の机の上には

未処理の書類が

乱雑に積み上げてあった。

 

普段夫の机の上はいつも

几帳面に整理されていた。

 

こんな光景は今まで見たことがない。

 

以前の夫は

とても仕事熱心な人だった。

 

社員を帰しても

1人で夜遅くまで仕事をするような

人だった。

 

それが仕事を放り出して帰る?

それも昼間に?

これから三日間

留守になるというのに?

 

にわかには信じがたいその話。

 

しかし社員がそんな嘘を

私に付くはずがない。

 

「社長に電話してみて。

視察旅行の前に

出社するつもりなのかも」

 

「奥さん

私が出社してからもう

何度も所長の携帯に

電話しているんです。

でも全然電話に出ません」

 

「出ないの?噓でしょ」

 

そんな馬鹿な。

 

私も夫の携帯にかけてみたが

留守番電話になっていて

やはり出ない。

 

仕事の中には

今日が期限で役所に提出する書類も

設計図もあるのに。

 

 

 


離婚ランキング