「浅見さん、診察室へどうぞ」

 

そう促され

私はここ半年以上

毎月通っている心療内科の

診察室のドアを開けた。

 

「浅見さん

その後どうですか?」

 

穏やかな先生の声。

 

「先生

最近安定剤を飲んでも

全然眠れなくて。

気持ちも落ち着かないんです。

前はあんなに効いたのに。

薬が合わなくなったのでしょうか」

 

「浅見さん、それはね

薬が合わないんじゃないんです」

 

「では、なんでしょうか」

 

「今の浅見さんの

ストレスの量に対して

薬の分量が足りなくなった

ということなんです。

浅見さんのストレスが

以前より大きくなったって事です」

 

「そうですか…」

 

「ですから

薬を代えるより

量を増やしましょう」

 

毎日毎日

安定剤に助けられ

飲むことへの罪悪感は

感じなくなっていた。

 

飲まなければ

生きていけない自分になったと

思うから。

 

飲まずに死ぬよりも

子供たちのために

飲んででも生きていたほうがいいと

思うから。

 

だが、量を増やすと言われると

自分の病状が悪化したようで

やはり気持ちが沈んだ。

 

しかしもう

今の生活を続けるのには

安定剤がなくてはならなくなった。

 

それはひとえに

私の心の弱さからなのだろうが

なってしまったものは

今更もうどうしようもない。

 

私は先生に

安定剤の量を

増やしてくれるように

お願いした。

 

診察が終わると

看護師さんによる

カウンセリング。

 

そこは

診察室の隣の部屋で

ソファがあり本棚があり

いつくもの観葉植物があり

どこかのリビングにいるような

部屋の作りになっていた。

 

私のカウンセリングの担当は

私と同じ年くらいの女性の

看護師さんだった。

 

彼女には

この半年の出来事を

全て話してある。

 

今日は

先日の離婚届のこと

弁護士さんへの相談のこと

について話をした。

 

「ところで浅見さん

一つお勧めしたいことがあるの」

 

「私にですか?

なんでしょうか」

 

「日記を付けてもらいたいの」

 

「日記ですか…?」

 

「そう、日記。

書くことは

主に旦那さんとのことだけど。

どういう会話をして

どんなことを言われたとか。

どんなことをされたとか。

そのとき浅見さんが

どんな気持ちだったとか。

浅見さんの体調とかね。

箇条書きでもいいから。

ちゃんと日付を入れるのも

忘れないでね。

それから旦那さんが

おかしくなった頃からのことも

思い出せる限り時系列で書いて」

 

日記など

今の私には書ける余裕もなく

まして夫に言われたひどい言葉を

文字にして残すなんてことは

苦痛でしかない。

 

でも、看護士さんが言うなら

やってみよう。

 

私はその日から

過去のこと

その日あった夫に関することを

事細かく日記に書くようにした。

 

正直

自分がつらい目にあったことを

文字に起こすのはつらく

何度もやめようと思った。

 

この時は

半信半疑で書いた日記が

後に私の大きな力になるなんて

思いもしないで。


看護師さんが

私に日記を勧めた理由は

後にわかることになる。