こんにちは、夜未です。

今回は
「優しい虐待」と「自滅する良い子」
という本に書いてあることに従って

私の人生の目的が復讐になった経緯を
書いていきたいと思います。



私はよく覚えていないくらい小さい頃から
母は自分のことで一杯一杯だったようだ。

だから
母から安心感を得ることが出来なかった。
母に見捨てられるかもと怖かった。



だから
私は母に見捨てられないように
安心感を得るために
恐怖を感じないように
母に気遣う行動する選択をした。

(母を笑顔にするために
母の思う通りになるように
母を助けたり
母の話を熱心に聞いたり
母を笑わせたり
母を喜ばせたり
母にプレゼントをしたり)




けれど、母は自分で一杯一杯だったから
私の気持ちを分かってくれる余裕は無かった。

何度も期待を裏切られた。

傷つく恐怖から逃れるため、
私は
「母を信用しない」
「母に心は開かない」
「母に頼らない」
選択をした。

だって
「私は一人で大丈夫。寂しくない。
だって一人でなんでも出来るから。」
だから
「お母さんが分かってくれなくても大丈夫。」
そう信じていた。



母を気遣う中で
母を悲しませるから
私は負の感情を感じたり
表現することを辞めた。

そうすると
悲しい「私をもっと見て」
寂しい「私の気持ちをわかって」
怒り「私を見てくれない」
といった負の感情が私の中に積もっていく。



蓄積した負の感情はさらに深化していく。
悔しい
「どうして気づいてくれないの」
「こんなに頑張ってるのに認めてくれない」

憎い
「ありのままで受け入れてくれなかった!」
「私の気持ちを分かってくれなかった!」



そして最終的に「恨み」に帰結する。
思い知らせてやる
「私の期待を裏切ったな
私も母の期待を裏切って
がっかりさせて困らせてやる」


見返してやる
「私の期待を裏切って私を馬鹿にしたな
母以上になって母を見下してやる」




こうして私の生きる目的が
「復讐」になった。
けれど私は
負の感情を感じず、
表現をしない選択をしたため
その事に気づけない。



私は学校や社会でも
母への対応と同じように
人に見捨てられないために
自分が安心感を得て
恐怖を感じないようにするために
人に気遣って取り入るようになる。

人に嫌われないように
そして人に一目置かれるように
勉強や
仕事や
恋愛や
一見前向きな努力をした。

私は
進学し
就職し
結婚し
子どもを生んだ。

その努力の本当の動機は「恨み」
目的は「復讐」だということは
誰も気づかない。
うまくいっている時は
私でさえ気づかなかった。




幸か不幸か
私が子どもを産んだ時
母と諍いがあったお陰で
自分と向き合う機会をもらえた。

そして
私は「恨み」をかかえた良い子なんだと
気づくことができた。
自分の中に
そんな恐ろしい感情があるだなんて
知らなかった。

気づいた時はとても怖くて嫌な気分だった。
けれど
感情を感じることができていることは
良いことだ。
私は負の感情と向き合うことを
避けてきたのだから、

この気分の悪さは
自分と向き合っているということ。
恐ろしくて怖くて
逃げ出したくて苦しい感情を
しっかり感じ切っていこう。







長くなりましたので
明日は、今回の記事を受けての
私の感情を書き出していこうと思います。



読んでいただき
ありがとうございました。






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