量的緩和理論(ショッピングモール編) プーケットのタクシー屋のオヤジの戯言
昨日の
不動産 買いは都心かビーチサイドか?
で書いた、ショッピングモールのフードコートで、
もう一つ考えた事があるんよ。
お金
やっとモールも再開して、
少しづつ仕事に戻れる人が増え始めてるけど、
もし、ロックダウンが完全無欠で誰も仕事が出来んと仮定したら、
誰も付加価値を創造できんで、単に必要最低限の消費をするだけ、
みたいなことになるんか???
具体例を考えるのも難しいけど、
例えば、
人は仕事をせず、
食べる事のみの消費活動をする。
食べるものは誰かから買うが、
例えば宇宙食みたいな固定物で長期保存可能。
そのストックを持ってる人が持ってない人に一定の価格で売る。
もし、そんな社会やったら、
食べ物のストックの代わりにお金をもらっても使うところがないから、
お金をもろうてもぜ~ぜん嬉しないよな。
ということはお金が意味をなさんようになる。
ほな、少し考えを広げて、
その食べ物以外にも何かストックを持っている人がいて、
(例えば服とか家とか。ただし一物一価。)
お金でそれらも買うことが出来るとする。
そしたら、お金は価値の保存と交換の助けにはなる。
けど、その社会は物々交換ほぼと同じで、
同じものがグルグル回ってるだけで、
いつまでたっても同じことの繰り返しになるわな。
そこで、誰もが付加価値を付ける仕事が出来るとする。
食べ物を加工して美味しくして高く売る。
(ワシはガパオムーを食べるときはピセーにして
カイダオを乗せるほうが幸せな気分になる。
そう、ツーリストがプーケットでジュニアスイートに泊ると幸せな気分になるのと同じや。)
それを食べたい人の所まで運んで運賃をもらう人もおる。
こうすると、お金が回るスピードが速うなるように思う。
頑張って付加価値を付けたら、高く売れる。
前より多くのお金が入って、もっと多額の消費が可能になる。
(以前長々と説明した、“絶対許せん”タクシーのボリは高額にはなるが、付加価値はぜ~んぜん付いてない。。。)
もし、この状況で市中のお金の量が前と同じやったら、
商品に付加価値がついて値段が上がっていくわけやから、
社会に流通するお金の量が足らんようになるんやろか???
その辺はようわからんが、
お金の流通量が多くなった方が回転しやすくなりそうな気はする。
(何か、大昔やった“人生ゲーム”の“銀行”がお金を出してくれるみたいなイメージやな。)
人がどんどん付加価値を創造して、
より金額の高い取引を多くするとした場合、
クレジットを含めたお金の量は多い方が経済は上手いこと行くんか???
ほな、FRBがどんどんお金を刷っても社会はそれを吸収してバリバリ回していくんやろか?
その時、タイ中央銀行がお金の流通量を増やさんかったら、
ドルを始めとする対外国通貨でバーツ高に振れて輸出業にも観光業にも逆風か。
どうもお金を刷りまくったもん勝ちのゲームになってきているような。。。
(実力の裏付けがないとアカンけど)
頑張れ!! タイチーム!!
スースー!!
(フリーエージェントでタ●シン出戻りさせられへんかな。)