沈め屋とは───
金ナシ・家ナシ・男ナシの3ナシづくしの崖っぷち厄年女が、ワケあり物件に住んで、成仏出来ずにこの世をさ迷っている霊をグーパンチ(力ずく)で沈めて成仏させる事を言う。
捉え方によっては『家ナシ』ではなく『家アリ』なのだが、霊を浄化させた後は次なる物件へ引っ越し・・・移動するので、ひとつ所に定住出来ないという意味では『家ナシ』で正解である。
さて、そんな沈め屋である崖っぷち女、牧野つくしは、新たに住み始めた物件で例の如く霊と対峙していた。
が、今回ばかりは勝手が違うのか、つくしも幾分困惑気味だ。
『あ、あの!貴女が悩みを解決して成仏させてくれると評判の、牧野さんですか!?』
「うえっ!?」
『今か今かとお待ちしておりました』
「お待ちしておりましたって・・・」
『是非、私の話を聞いて欲しいんです。そして、怨みを晴らして下さい!あんな男に騙された私も悪いけど、あの男に一矢報いないと成仏出来ません』
「怨みを晴らしてくれって言われてもねぇ。必殺/仕事人じゃあるまいし」
『ささ、まずはこちらへ。粗茶ですがどうぞ』
「粗茶って・・・私がスーパーで買ってきたお茶なんだけど。しかもそれ、私が入れたお茶だからね!?」
『それで、私の話なんですけど───』
「聞いちゃいねーな」
数多のワケあり物件に住んできたけれども、ここまでゴーイングマイウェイな幽霊は初めてだなと独りごちたつくしは、軽く溜息を吐きながら幽霊の向かい側に座った。
そして、それを合図に幽霊は身の上を語り始めた。
『同じ職場にいた、知的な雰囲気を漂わすイケメンにダメ元で告白したんです』
「で?」
『信じられない事に、相手からオッケーの返事をもらいました』
これは夢!?
社内ナンバーワンのモテ男が、私の告白を受け入れてくれた。
お洒落で人当たりが良くて、いつも輪の中心にいるような彼が、地味で目立たない私を彼女にしてくれた。
本当に本当に、信じられない。
まるで、少女漫画の世界みたい。
でも、これは決して少女漫画の話ではない。
現実におこった話だ。
彼が私を受け入れてくれたのは紛れもない事実。
そう当時を懐古しながら、幽霊は話の先を続けた。
『彼はエリート街道をまっしぐらに走ってた。近い将来、必ず重役のポストに就くと周囲から言われてた。だから、そんな彼の足を引っ張る訳にはいかないと思って・・・私・・・』
「どうしたの?」
『付き合ってる事は、周囲に内緒にしよう。仕事が落ち着いたら、二人の仲を話そう。本当は俺だってみんなに自慢したいんだ。でも今は我慢しようなって彼に言われて・・・嫌われたくない一心で、言われた通りに内緒にしました』
「あ~・・・卑怯な男がよく使う手だね」
『はい・・・私、本当に彼が好きだったから・・・なのに・・・うっ!』
「わ、分かった分かった。まずは、茶でも飲んで落ち着いて。な?」
今にも号泣しそうな幽霊を宥(なだ)め、茶をすすめたつくしは、話の展開が何となく読めるだけに憂鬱な気分に陥った。
しかし、ここで突き放す訳にはいかない。
もし突き放したりしたら、それこそ地獄の果てまで追いかけてくるだろう。
そんなのはイヤだ。
って言うより、何で地獄行き前提の話をしてるんだ!?私。
と、自分自身にツッコミを入れたつくしは、先手必勝とばかりに、涙をこらえる幽霊に向かって言葉を放った。
「体の関係を持ち、金品を貢ぎ、二股かけられフラれたってパターンでしょ。違う?」
『・・・六股です』
「はっ?」
『私を含め、6人の女性と関係を持って・・・うっ・・・うわぁ~ん!』
「はぁ!?6人ってどういう事よ」
『知りませんよ!そんなの、こっちの方が聞きたいくらいです!』
「あ、ま、そ、そうよね」
逆ギレされた挙句、そら恐ろしい目でギロリと睨まれたつくしは、これ以上霊を刺激するのは得策ではないと悟り、相手が口を開くまでじっと我慢した。
そしてしばらく後、逆ギレし、ひとしきり泣いた事によりすっきりしたのか、徐々に落ち着きを取り戻した霊は、ポツリポツリと当時の事を話しだした。
『身だしなみを整えるのも、出世街道にのる一つの手段だって言われたから私、買ってあげたんです。高級スーツとネクタイとワイシャツと革靴を』
「一式揃えたら、かなりの額になるねぇ」
『はい。でも、当時の私は幸せを感じてました。彼の役に立ててるって。それに彼も、甘えられるのは私しかいないって言ってくれてたし』
「完全にヒモ野郎・・・いや、続きをどうぞ」
『上司の覚えもめでたく順調に出世し、足場も固まりつつあったから、そろそろ私達の仲を公表するだろうと思ってたのに・・・』
「思ってたのに?」
『取引先の重役の娘さんと婚約したって・・・社内で発表されて・・・私、頭が真っ白になって』
「そりゃ、頭真っ白になるわ。で?正気に戻った後は当然、十発くらい殴ったんでしょうね!?」
『いえ。彼の言葉を耳にして、更に頭がグシャグシャになっちゃって』
「何て言ったの?そのクズ男は」
『恋愛と結婚は別物だ。恋愛は自由、結婚は不自由。だから、自由気儘な恋愛をしてたんだって言われました。それと・・・』
「自由の意味をはき違えてるな。で、後は何て?」
『彼の憧れてる人が「同じ女と3回以上は寝ない」「何人の女と付き合えるか挑戦」「13股してる」とか言ってるみたいで、それを彼が真似して・・・』
「・・・ちょっと待って」
手を挙げ霊の言葉を遮ったつくしは、眉間にシワを寄せながら軽く舌打ちした。
霊が付き合っていたクズ男が憧れている人物とやらに、思い当たる節があった。
バツイチではあるが、F4の中で唯一の独身者であり、未だに女遊びが絶えない茶道家のボンボンが、同じ事をよく口にしていたのをつくしは知っている。
記憶が確かなら、彼が大学生の時から一貫して口にしているモットーではなかったか!?
まさか、こんな所で繋がりが出てくるとは。
と、心の中で嘆息したつくしは念の為に、クズ男が憧れている人物の名を霊に訊ねた。
『えっと、何だったかな。西ナントカさんって言ってた気がします。夜の街では有名らしくて、生まれも育ちも良い、かなりVIPな人だって言ってました』
「・・・エロ門の野郎」
『えっ?』
「いや、何でもない。貴女の怨み、晴らしましょう」
『本当ですか!?』
「うん。但し、そのクズ男にではなく元凶に・・・だけどね」
『あ、はあ・・・』
「ふっふっふっ・・・天誅を喰らえ!エロ門め」
霊の腰が引けるほどの不気味で邪悪な笑みを浮かべたつくしは、自由気儘な茶道家のボンボンの顔を思い出しながら、どんな天誅を喰らわそうかと考えていた。
〈あとがき〉
困った時の総ちゃん頼み(笑)
当サイトの総ちゃん、動かしやすいです。
逆に、あきらが動かしにくくなりました。ヤベェヤベェ。