パパね、中身が女の人らしい💁🏻‍♀️

性同一性障害MtF
恋愛対象は女性
強烈な男性拒絶でさらに複雑

女性名として生きる

2020年06月02日 | 男から女性へ💁🏻‍♀️
彼女と一日置きにホテルへ行き、買い込んだお洋服のコーディネートを考えては着てを繰り返した。おかげでスカーチョにも慣れたし、下着をつけるのもだいぶスムーズになってきた。
お化粧も何度も練習して、ようやく一人でそれなりに仕上げられるようになった。

いよいよ当日が来た。
彼女が付き添ってくれると言ってくれた。診察室へは一人で行くが、病院までの往復を一人でこなす勇気はまだない。病院の駐車場からエントランスまではほんの十メートル程度の距離。もう何度も来ているのに、今日は受付に行くことすら気持ちを整える必要がある。エントランス前で深呼吸をして、ドアに手をかけようとするが、そこから踏み込めない。

「大丈夫だよ、一緒に入ろう」

躊躇している私の手に手を重ねて、彼女がドアを開けた。
受付へ向かい、診察券と予約表を出した。事務員さんがニコッと微笑んで受け取ってくれた。特に妙な表情などはない。それもそうだろう、ジェンダー専門外来がある病院なのだ、性別移行の途中経過にある患者は何人も来院しているのだ。
待つように促され、ソファに腰を下ろした。彼女は隣で私の様子を見ながら微笑んでいる。

「ね、ぜんぜん平気じゃん。誰も気にしないよ」
「でもなんかやっぱり恥ずかしいよ」
「大丈夫だよ、堂々としてればいいんだよ。そのための病院でしょ?」
「そうだけどさぁ」

囁くように話す自分の声でさえ、周りに聞こえてるのではないかと不安になる。
しばらくして名前を呼ばれた。
すっと立ち上がったつもりだったが、緊張しているせいで足元がふらついた。
彼女が私の太腿にさっと手を当てて支えてくれた。今この動きを周りが不自然に思ったのではないかと神経が昂る。だが見回す余裕すらない。彼女が立ち上がった。

「行こ、一緒に行くよ」

彼女が診察室のドアを開けた。彼女の後について中へ入る。

「お待たせしました」

先生が立ち上がって迎えてくれた。

「すみません、ちょっとこの人緊張しちゃってて、私立ち合いしてもいいでしょうか?」
「そうでしたか。本来は立ち会いはご遠慮いただいているのですが、今日はいいですよ」

先生は穏やかな笑みを浮かべ、座るよう促してくれた。

「今日は女性として来てくださったんですね、ありがとうございます」
「いえ、あの、まだ慣れてなくて、恥ずかしくて」
「最初はそういうものですよ。でもご自身の本来の姿、本当の姿だと思ってしてらっしゃるんですから、何も気にせず堂々と、自信を持ってくださいね」

頭では理解しているものの、なかなかすぐには馴染めない。
だが、先生の一言、“女性として来てくださったんですね”という言葉が嬉しかった。
とても嬉しかった。
高揚しているという感じではない。
それが自分なのだと思えたこと、それ自体が嬉しかった。
先生の目を見た。
いつもと変わらない穏やかで優しい目だ。
ここでは自分を、本当の自分を曝け出していいのだ。

「先生、まだ慣れてないんですけど、私やっぱり女性として生きたいって思います」

涙が溢れてきた。
よくわからない。
悲しいわけでもなく、辛いわけでもなく、恥ずかしいわけでもなく、この感情をどう表現していいのかわからない。
ただ、涙が溢れてきた。

「それでいいんですよ。それがあなた本来の姿、気持ちなんです。だからこそ性別移行が必要ということなんですよ」

先生の言葉に自分が吸い寄せられていく。
彼女が手を握ってきた。
大粒の涙でお化粧が崩れるのがわかった。
看護師さんがティッシュを渡してくれた。
手に取ったが、涙を拭うことはしなかった。

今なら全てを話せる。
体裁を繕った言葉ではなく、苦しみを乗り越えた自負の言葉ではなく、心の中に響いた自分自身の言葉で、全てを話せる。

「先生、私・・・」
「大丈夫。ゆっくりでいいんです」

先生が看護師さんからカルテを受け取り、私の前に差し出した。

「ここ、見てください」

ぼやけた視界で先生の指が指している箇所を見た。
私の名前が書いてある。

「これまで通名を使っていたこともあるんですよね?ここ、ほら、苗字は書いてありますけど、下の名前は書いてないでしょ?」

確かにそうだ。
先生がボールペンを差し出してきた。

「ここにこれからの自分、本来の自分として生きるための、女性としての名前を書いてください」

驚いた。
戸籍上の本名ではなく、女性として生きていくための名前。
女性名をここに書く。正式なカルテに書く。
意味することはすぐにわかった。
震える指先を押さえながら、ゆっくり漢字で女性名を書いた。

「ありがとうございます。今日から当院では保険証や戸籍上の名前は別として、当院の記録上は全てこの女性名に変更させていただきますね」

また涙が溢れてくる。
今日、この瞬間から、私はこの女性名で生きていくのだ。
少なくともこの病院ではこの女性名で扱われるのだ。

「性同一性障害の診断が確定したら、戸籍名の変更を申し立てしましょう。戸籍上の性別を変更しなくても、名前が変わるだけで生活や公式な記録、全てが変わります。気持ちも変わります。ここ数年で社会性別という考え方、認識が広まってきています。それだけでも、あなたの生き方は変えられるんです。女性として生きることができるんです。女性としていきたい、その気持ちを正式に表明して、女性として生きていることを表に出していけるんです。まだまだこれから道のりは長くなりますが、その第一歩が今日ということにしましょう」

さっきまでの不安がすっと消え去ったのがわかった。

「今日はこの後カウンセリングですよね。過去のことはカウンセリングで行い、私とは未来についてを考えていきましょう」

舵を取る先生の言葉が嬉しかった。
気がつけば彼女も隣で泣いていた。

一緒に泣いてくれる人がいる。
一緒に前へ進んでくれる人がいる。
その方法を考えてくれる人がいる。

「では早速ですが・・・」

舵を取る先生の言葉に、自分の未来を重ねていった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。