夜の期待値の積み方~バンビーナ~
誰にでもアダ名という愛称があると思う。
人は俺の事を永遠のベンチウォーマーと呼ぶ。
だけど、俺はただベンチに座ってるだけの小僧とは一線を辞している。
二十歳の頃…俺がまだ小僧だった頃、草野球で助っ人に呼ばれたのにベンチだった俺は監督へのアピールだけは欠かさない。
監督の目の前でウザイくらいの素振りを繰り返した。
フンフンフン!フンフンフン!
フンフンフン!フンフンフン!フンフンフン!フンフンフン!ッソイ!ッソイ!ッソイ!
そんな素振りを繰り返す俺に監督が口を開いた。
『 …座ってろ。 』
バイトを休んでまで助っ人に来た俺にベンチを暖めろ、である。
何故呼んだのか?
そう考えたら涙が出た。
今日は今年始めにちょっとだけしてたバイトの送別会である。
このご時世…大丈夫か?とは思うが経済を回す為にも呼ばれたからには参加するのが男。
さて、俺の送別会と言ってはいるが完全に俺が辞める少し前に入った新人の女の子の歓迎会であったのはここだけの話しだ。
ホームのはずが何故かアウェイ。
居酒屋に到着した俺が目にした物は、元同僚達のほろ酔いの姿であった。
俺が主役のはずなのに乾杯すら無し…
まあ、良かろう。っと余裕を魅せてはいたが涙目である。
人前では決して涙は魅せないのが俺の生き様。
ナメんなよ。
ふと、飲みの布陣を見る。
成る程…新人の女の子の周りにはむさ苦しい男で溢れていた。
たいしたスナイパー振りだ。
数々の男どものハートを撃ち抜いていやがる。
黒髪、デカイ瞳、スタイル抜群…と、優秀なスナイパーの条件を充たしている。
主役の筈の俺は安定のぼっちでふてくされながら唐揚げをガッツいていた。
大人気のスナイパーはエースで4番、俺はやはりベンチウォーマー。
しばらく飲んでいたらスナイパーが隣に来てこう言った。
『 星野さん、お仕事お疲れ様でした♥️ 』
…顔良し、スタイル良し、性格良し。 スタメンとの差は限りなくデカイ。
だが、俺はベンチで黙っているほどシャバくない。
スナイパーに反撃をする。
『 …ああ、どうも。そのツケマ(つけまつげ)取っても良いかな? それかファンデーション落として良い?』
夜のハンターたる者、スナイプされる訳にはいかない。
ええぇ…あの人、可愛い子に何言ってるんやろ…
後輩達の軽蔑の眼差しが心地よい。
主役を取られた俺のカウンターが決まる。
場の空気が凍り付いたのを感じた俺はベンチウォーマー達のヒーローを目指す事を決めた。
ベンチウォーマー達よ、立ち上がれ!!
チーム『 俺達はベンチで終わらねぇ!』の旗揚げである。
脇役人生は今日で終わりだぜ!!
などと考えていたら一次会は終了。
二次会は安定のカラオケ。
『 …二次会にカラオケとかベッタベタやねん!』
とか愚痴を言ったが内心嬉しい。
読者の皆様は俺の事を頭の弱いバカだと思っているだろうが俺はアーティストである。
音楽なら俺。 俺は音楽。
えっ?
まあ、良い。 安定のカラオケに着いた俺を待っていたのは星野コールであった。
『 星野!星野!!』
ベンチウォーマーの俺を呼んでいる。
ついに檜舞台に上がるベンチウォーマー。
カラオケのオープニングに任命された俺は嬉しかった。
普段は洋楽ばっかりの俺は最近の流行りとかは知らない。 知りたくもない。
だが、場を盛り上げる為にも外せない。
長考したあげくに選んだ曲は布袋のバンビーナであった。
レッツゴー!!でお馴染みのナンバーである。
そして、ベンチから出た俺は歌った。
力の限り唄った。
顔まで布袋のようにシャクレだしたと思う。
だが…しかし。
その日の飲み会メンバー…
誰一人バンビーナを知らなかった。
一人でレッツゴー!…虚しい。
圧倒的孤独…完全アウェイ。
つか、マジで!?バンビーナ知らないの??
え? オッサン乙??
…なんなんだよチクショ。
飲み会メンバーは俺が熱唱してる間にスナイパーと談笑&選曲の相談。
俺涙目。 俺…涙目。
今日だけは泣いてもエエんやで…俺の中で声が聞こえたが泣かない。
男が泣いて良いのはパーマ失敗した時だけである。
独りレッツゴー!が終わった俺はトイレに行くと言い残して帰宅。
同僚には『 森田和義の空耳アワーの時間なんで帰りますね。』とあえてLINEではなくメールでダイイングメッセージを残した。
圧倒的、帰宅。
帰宅してから携帯を見ると今日の…永遠の主役の新人の子からLINEがあった。
「お疲れ様でした。また、皆で飲みましょう!」
うるせぇよ…ほっといてくれ。
とりあえず、幸せになれよと祈りを込めてハッピーセットの写メを貼り付けた。
今日も良い期待値を積んだ…と、呟いてから布団に入る。
朝起きたら枕が何故か濡れていた。