今回のテーマは神学的な問題について話します。

 

 

 

神か悪魔か

宗教について論じるのは非常に難しい問題を含んでいます。

 

しかし、ここ数年議論になっている、いわゆるディープ・ステートに関する話で、どうしても避けて通れない話題が宗教です。

 

宗教ってそもそも何なの?という語り口も本当に様々なものがあります。それは実際に宗教について考えている人の世界観が宗教の意味を与えるからです。

 

従って、私たちが宗教を議論する前に、私たちの世界観の問題を議論する必要があると思っています。こういった話をするとしないとで、宗教の捉え方が変わってきます。

 

私はこれまで意図的に、地球の歴史や生命の歴史について触れてきました。まだまだ入口で、ほとんど触れていないような状態ですが、宗教について論じる上で、これらの前提に触れないわけにはいかないのです。

 

私たちとは一体どういった存在なのかを問う上で、生命とはそもそも何なのか、そして私たちが生きている世界とはどういったものなのかを、自分がどのようにとらえているのかを示す必要があります。

 

私はそこである程度、科学的知識を前提として議論します。科学的知識ですので、現時点での学説が間違っている可能性が大いにあるという前提は絶対です。これが科学的議論を前提とする人と、そうではない人との大きな違いです。

 

従って、科学が歩んできた歴史や哲学の歴史を前提としない場合、多くの場合、権威が人々の意見を支配します。これが私たち人類の歴史です。有史以来、司祭や権力者の意見が絶対となり、それ以外のものは、すべて排斥すべき対象になります。

 

私は私の考えをもとにそういった権威をもって人の意見を制圧しようとする人たちに対して反発しないわけにはいきません。

 

どこまで正しいかはわかりませんが、私はおおよそ46億年前に地球が誕生し、およそ40億年前に地球上に生命が誕生したという仮説をかなりの程度支持しています。

 

実際に正しくない可能性も確かにありますが、それ以外の仮説の質があまりにも悪すぎるため、それ以外の代替案を信じる意味を見出せないわけです。

 

言い換えますと、インテリジェントデザイン説を信じることは、様々な観察可能な資料を前提とした場合、十分な根拠が足りないと感じざるを得ませんし、そのインテリジェントデザイン説の元になっている聖書の創世記における物語もまた、信じるために必要な根拠がありません。

 

私がこのように言いますと、私は一部の熱心なクリスチャンから悪魔崇拝者という枠組みで論じられる可能性があります。そもそもなんの神も悪魔も崇拝してはいませんが、彼らにとっては悪魔崇拝者と言われれば、彼らの概念定義上そうなのかもしれません。

 

とはいえ、私としては、彼らが聖書という権威にぶら下がって、自分のことはすべて棚に上げて、人様に悪魔のレッテルを貼る方法は、どうしても、悪人の顔にしか見えません。

 

アブラハムの宗教における神には二種類の概念があり、一つがエロイムという概念で、もう一つが、ヤハウェという概念です。

 

エロイムはヤハウェ以外にあり得ないということによって同義化していますが、ヤハウェ以外の例えば、モレクやバアルといった他の地域やコミュニティで生まれた神は、エロイムではないといったように、エロイムではなく悪魔、サタンもしくはデーモンのようなものに括られるようになります。

 

 

ヤハウェを信仰しない人間はすべて悪魔崇拝者であるという考え方が、必然的に生まれます。

 

悪魔崇拝者というラベリングは、ヤハウェ以外を信仰する一切の宗教人に限らず、すべての人々になされる可能性があります。このラベリング方法が、日本では一部のトランプ支持者の中で一般化しています。

 

強いて言いますが、彼らはここで、トランプとディープ・ステートとの闘いを利用して、自分たちの宗教的価値観を広めようとしてる人たちと、その人たちに洗脳された信者です。はっきり言いますが、これは洗脳です。手口はディープ・ステートのそれと同じです。

 

彼らが科学的方法論について言及している部分はありません。彼らの疑似科学は確証バイアスを前提としています。彼らの主張を肯定する意見や資料については受け入れ、それ以外は排除します。なぜならばそれは疑似科学だからです。

 

悪魔という概念が秘める複雑さについて、私たちはそれについて言及する必要があります。そうしなければこのような権威を振りかざしたペテン師に再び引っかかってしまうからです。

 

私たちは何か結論があればその結論を元に行動ができるので、不確かな物事でも結論を提示してくれる人を欲してしまいます。そういった人の潜在的な意識を彼らは無意識的に利用して、彼らを搾取するわけです。

 

繰り返しますが、やり方はディープ・ステートと同じなのです。

 

概念的に、バアルやモレクといった神々は悪魔とされ、ヤハウェのみが神とされましたが、中にはヤハウェも悪であり、ルシフェルこそが神なのだという宗派も欧米には存在するわけです。

 

つまりあらゆる信仰の対象となるものが、人間にとって神にも悪魔にも、分類される可能性があります。極論すれば、人によってはすべてが神だというかもしれませんし、すべてが悪だというかもしれません。

 

大陸ではこのような絶対的な神という地位を争奪する争いがあり、ヤハウェこそが最高の神であるという認識の歴史が長く続いていました。

 

私にはこれらのすべての神に対する信仰心はありません。

 

しかしながら人間の信仰の歴史、宗教の歴史から、私たちが生きている世界の霊妙さ、また、私という人間が体感する霊妙さといでもいいましょうか、科学では言い表すことのできないものに対する畏敬の念はあります。

 

同時にそれを言語化することの危険性も感じてしまいます。

 

繰り返しますが、科学は信仰の対象ではなく、一つのメソッドですので、私はそのメソッドを参考にして物事を考えるだけです。

トランプを利用する人たち

現在、アメリカではトランプ政権支持者と長らくアメリカを支配していたディープ・ステートの戦いが展開しています。この流れの中で、日本国内でトランプやQanonの言論を利用しつつ、政治的もしくは宗教的布教活動を行っている人たちがいます。

 

彼らの主張は、現在のトランプ政権の支持者のそれとは、小さくない程度でずれています。トランプ政権は痛烈に共産主義や社会主義を攻撃しています。それは共産主義を利用してディープ・ステートが勢力を伸ばしてきた歴史を知っているからです。

 

しかし、日本ではこのことはほとんど議論されません。こういった議論をしている人がいるとすれば、馬渕睦夫大使や林千勝さんくらいでしょう。日本国内でQanonと積極的に連携している人たちの中には、この共産主義の意味を知らない人が多数います。

 

従って、その言論は戦後教育で私たちが習ってきたような戦後民主主義と人権の与太話のような世界観で彩られます。しかし、このような世界観を広めたのは、彼らが批判しているディープ・ステートです。

 

彼らは、現政権内部のディープ・ステートの影響や工作を暴くことがあっても、リベラル勢力が行ってきたことをほとんど論じません。そうしたうえで、日本にかかわるものの一切が悪魔的であると宣伝します。この考え方こそ、ディープ・ステートの核をなすアブラハムの宗教の伝統的な方法です。

 

彼らは現代において魔女狩りを計画していますが、その結果、多くの罪のない人々が悪魔のレッテルを貼られることでしょう。彼らの話は理論上究極的なところまでいけば、神道や仏教を日本から滅ぼし、天皇をつるし上げることになります。

 

もし彼らの価値観が実現すれば、私たちは文化大革命時代の紅衛兵が行ったような残虐な行動を目撃することになるかもしれません。

 

現在、日本国内でディープ・ステートの様々な工作の痕跡を発見することができます。彼らの主張の一部は確かに事実ではあります。しかしながら、実際には検証が不十分な事柄も事実として扱い、確証のないことを真実として拡散しています。

 

ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったものですが、ディープ・ステートを批判するのはよいとしても、その結果、彼ら自身が第二のディープ・ステートにならないように気を付けていただきたいものです。

 

他者を悪魔化することで、自分自身が聖職者や預言者、さらには権力者のようなふるまいをしてきた詐欺師を私はこれまでもなんども目にしてきました。彼らはどういった言論であっても出現してきます。かつて流行したすべての言論にあっても、彼らのような人間が必ず出現してきました。

 

この度の一連の動きの中で、私が警戒する一つの動きがこういった動きです。人間という生き物はこういった生き物なのでしょうかね。

 

最後に

最後までお付き合いいただきありがとうございました。ご感想などありましたら、気軽にコメントください。

 

 

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