1日目:普通の日常が飛んだ瞬間(その2)

2020/11/26

骨折・適応障害ログ

t f B! P L


松葉杖とニーブレイス

まあその後、無事連絡がついて車で迎えに来てもらうことになった。骨折してから3時間は経過していた。

ストレッチャーの上の私に、看護師さんは松葉杖で帰るしかないという。
まじで。いや、起き上がるのも動くのも無理。無理でしょ、今まで担架にストレッチャーで移動ですよ?嫌だ、絶対痛い。

顔面蒼白な私の膝は、絶対膝が曲がらないよう、ニーブレイスという白い大きい装具で固定されることになった。これを付ければ、曲がらなければ、体重とかの力がかからなければ、右足をぶつけなければ、泣かない程度のただの激痛で済む。


とりあえずベッドの上で足に巻かれ、松葉杖で立ってみて、と立たされたのだが、どうにもサイズがあっていなかったようで、私はまた泣き叫んだ。
これじゃなかったのか、と私を立たせたまま看護師さんはニーブレイスをつけたり外したり。手荒に巻くから膝が動いて、膝下の自重で膝が痛んで、ただただ痛いと叫ぶしかできない。
しかも数時間横になったままだったから、起立性低血圧で真っ青になって吐き気がする。痛い、気持ち悪い、目の前が真っ暗になる。地獄かと思った。

あとで聞いたところ、待合室まで私の叫びは届いていたらしい。結構、離れてる気がしたんだけど。

何とか松葉杖をついて数メートル移動できるようになったのを見届けられ、私は車椅子に座った。看護師さんに押されて友達が待つ場所へ。外はすっかり暗い。
日曜の待合室は人がまばらで、車椅子に座ったままバケツを抱えて血を吐いている人がいた。救急外来のお世話になっている、という実感がようやく湧いた。

先帰って良いよと伝えたが、友達は私の迎えが来るまで一緒に待ってくれていた。

車で移動、そして着いたは良いものの。

帰りの車も大変だった。とりあえず処方された鎮痛剤(ロキソニン様様)を飲んだけれども、足が30°くらい曲がった状態で固定されていると、人間の下半身は本当に邪魔になる。

後部座席に無理矢理斜めにして入ったものの、曲がったりブレーキ踏んだりで足が動いて、爪先がドアやシートにぶつかるだけで痛すぎて吐き気さえした。車線変更も身体が踏ん張ろうとしてしまって痛かった。

鎮痛剤は1日3回で処方されていたが、3時間か4時間ですっかり切れて、折れている骨の場所がはっきりわかるほど痛む。飲んでいても痛いのだから、かなり主張の強い痛みだ。それが固定して安静にしていても続いた。

21時くらいに、なんとか実家についた。が、実家は階段だから入れない。松葉杖+片足がつけない状態で、階段って登れるのかな。

仕方がないので、古い日本家屋平屋の祖母宅に連れて行ってもらった。
今度は玄関から廊下に上がる段差が松葉杖で上がれる以上で(人が腰掛けてちょうど良いくらいの高さ)、複数人がかりで持ち上げてもらった。ずっと足が痛くて痛くて、松葉杖に力も入らず、折れた右足を床につけないようにするのが精いっぱいだった。

やれやれとベッドに腰掛けて、家族に言われて初めて晩ごはんを食べていないと気付いた。激痛で食欲がまったくなかった。ものを食べるということさえ思い付かなかった。

寝ようにもベッドの上に足を上げられない。ニーブレイスで足が曲がらないから、上手くその高さまで持ち上げる仕方が分からなかった。ミスをすれば即激痛なのもあって、やってみることさえ怖かった。

古い祖母宅は寒くて、寒いけれども骨折部位が暖まるとズキズキとより痛い。横にもなれなくて、ベッドに腰かけたまま、羽毛布団を肩まで引き上げて、ダウンジャケットを着てじっとしていた。骨折部位は保冷剤で冷やした方がいいと言われていたが、保冷剤の重みも耐えられないくらい痛かった。掛け布団と自分の膝下の重さだけで、固定していても膝が上下に伸びる方向に動いて痛かった。

実家近くの病院は、確か整形外科の先生が翌朝じゃないといないと言われて、私は夜明けまで耐えなければならなかった。結局寒さと変な体勢とで身体の他の部位まで痛くなって、ニーブレイスを引っ張って無理矢理横になって少し眠った。布団をかけられない右足がとても寒かった。


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photo credit: j.edward ferguson Where the Rubber Meets the Linoleum via photopin (license)


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