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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

長い時の流れで変わるもの、変わらないもの(縄文時代もおもしろおかしく 9/10)

2020-03-06 | 第五章「和解と平和」

 新型コロナウィルス感染症の話が朝から晩まで・・・こんな一週間を好きな生き甲斐の心理学や縄文時代の研究もせず、野暮用の中で過ごした。そして、自分が自分でなくなるような気持ちの中で、今日は久しぶりに好きな世界に舞い戻っている。

 しかし、この新型コロナ騒動、環境の激変の中で人それぞれの個性が良い意味であぶり出されるように思える。

 例えばAさんは心優しい方であるためか、モノを捨てられず溜め込む傾向のある方だった。少し前はこの時代にあったミニマリストというか断捨離派の人に押され、回りからいろいろ言われ小さくなっていた。しかし、突然スーパーからいろいろなモノが消える激変の時となると、何でもホイと出されるので、急に温かく見られ出した。

 私はどうだろうか。幼い頃から、どうも発掘型の傾向が顕著だったようだ。幼い頃から友達と遊ぶのも嫌いではなかったが、一人で庭の動植物に触れたり土を掘ったりして遊んでいた。それが、青春期になると心理学や文学、創造工学といった、自分の心の中を探る(発掘する?)世界に興味を持つように。その延長で人間相手のマーケティングや営業の仕事にも深入りするが、行き着く先は生き甲斐の心理学の世界だった。

 U先生から通信制の私塾で生き甲斐の心理学を19年前から学ぶようになり、5年前にU先生の指導で論文を書いたが、その付録に書いたのが縄文小説「森と海と月 5千年前の祖先の愛と魂」の原型だった。縄文小説は小説家になりたいから書いたのではなく、心の発掘途上の成果物だったのだ。次作も基本的には同じなのだろう。

 さて、私のような発掘型の人は、物理的な閉鎖空間に沢山の人が集まるより、静かに一人でいるのが基本的に好きで、外出しにくい環境は余り苦にならない。また、ホームページを作ったり、ブログを書いたりするので好意的に見られたりする。こうした時に向いているかもしれない。

 因みに、外出がしにくい今のような環境では、インターネット文化がかなり進行するのでは無いかと思う(テレワーク、インターネット学習など)。インターネット時代の教育や制度についても一昔前に語っていた元カトリックの司祭であるイヴァン・イリイチの本「コンヴィヴィアリティのための道具」(ちくま学芸文庫 渡辺京二・渡辺梨佐訳 2015)を取り出して再読している。今の時代はいろいろなところに制度疲労があるように思う。もう一度原点に戻り考え直す必要があるのかもしれない。

 閑話休題。自分の傾向と渇望というか個性。それを大事に育てていくのが、人生を豊かにする鍵だと思うし、社会をよくする原動力だとも思う。それを可能にする技術もこの時代整って来ているようだ。スマホなど一昔前のスーパーコンピュータ以上だ。ただ、個性が世の中にうまく受け入れられるかは別だ。物持ちの良い優しい人が、今まで小さくなっていたように。

 さて、新型コロナウィルスで思い出したが、縄文時代の中期(例えば5000年前)に富士山の周辺というか、関東(南西部が中心)甲信地区に一つの文化圏があった。私の住んでいるところもその文化圏だった所で親しみを覚えるが、それが、4300年前ころに激変する。人口も減っているようであり(他の地域に転出したのだろうか)、考古学の一つの謎とされているようだ。自然災害説などいろいろ囁かれるが、疫病だったと言う説も聞いたことがある。疫病は当然ながら縄文時代にもあったと思う。

 そして、今の疫病でもそうかもしれないが、そうした変化の時代に、今まで蔭になっていた人達が一躍中心になることもあったかもしれない。例えば、有名な火炎型土器の次のパターンは、地味な蓋(土器)がつくことも多い土器だった。土器の厚みも薄くなり、用途別に工夫されたりするようになる。

 新型コロナウィルスの今の世相は、疑心暗鬼になって人と人との壁をつくりやすい時代のように思う。変な差別が生まれ、変に自己否定的になったりもする。自己肯定的であり他者肯定的な建設的な雰囲気から遠ざかる(自戒をこめて思う)。その結果、ギスギスしがちになり、電車の中で咳ひとつしても(マスクしてても)回りから睨まれる。人それぞれ生き延びることは大事なので非難はできないが、壁は世の中を変な方向に導きやすい。

 自らの壁を低くし、お互いの個性を大事にしつつ、新たに何かを生む為には何が必要か。生き甲斐の心理学では傾聴の6条件を大事にしているが、それは人間観とも大きく関係する。ある本を読んでいたら、宗教は人の魂の存在を信じるところから始まったとあった。縄文時代の研究者の多くは魂の信仰があったことを指摘している。4300年前の時代に生きて今に命のバトンタッチをした祖先達も壁を低くしてきっと生き抜いたと思う。

 相手の中に、例えば愛そのものの魂があることを信じる。鬼のような相手にもどこかに愛の魂があると信じる。すると、自分の中に自然体が生まれはじめ、相手を受容・共感(賛同とは違い、単に認めること)し始め、会話が豊かに紡がれ始める。

 写真は8000年前の籠が湿地帯なので700以上とか出てきた東名(とうみょう)遺跡。当時の籠(再現したもの)といっしょに撮っていただいた記念写真。8000年前の祖先達から、大きな気候変動(日本海に対馬海流が流れ込み、豊かな海になったことも)や大災害(喜界カルデラで九州を中心とした大被害)、寒冷化、もちろん新型コロナウィルス以上の疫病もあった時代をくぐり抜け、しっかりと命のバトンタッチが行われてきた。時代によって、例えば火炎型土器が数百年の間で、外観が大きく変わる。しかし、変わらない何かもある。縄文土器の代表的な深鉢を囲んで飲食をともにする文化は鍋奉行を今でも残し。狭いが温かい竪穴式住居の文化は海外から揶揄されるウサギ小屋住居を生んだが、結構満足している。籠の伝統も今は少し危なくなってきたが、今後も続くように思う。変わらないものに思いを馳せると何か温かい気持ちになる。

 新型コロナウィルスは本当に大変だが、実際に病で苦しんでいらっしゃる方、混乱の中で困っている方、そして事態の終息、新薬開発を祈りたい。こうした祈りも縄文時代から続いているかもしれないが。

 縄文時代もおもしろおかしく 9/10 

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