人気blogランキングは? 私は生きながらにしてCHIKOに所有されている。
 CHIKOは、それ以外に「定かな顔を持たない女」からKIMIを守る手立てはないと言う。 
 確かにそうだ…そうかもしれない。
 いつ いかなる時もことごとく、CHIKOは、私が、何を考え どのように思い どう感じているかを、自分であることよりも優先させる女だ。この私を抱え込むことが、どんなに辛く危険なことか、私自身でさえ尻込みしてしまうほどなのに…。
 つまり、私さえ穏やかでありさえすれば、CHIKOは、あえて私に鋭い刃を向けることはない。
 だから、私はこのところ Heine を思い出しながら口遊むのだ。
 眠りいるこそ いとよけれ
 眠りいるこそ いとよけれ 
 しかしそれでも、「覚醒した不眠」は ひたひたと忍び寄る…。
 あたりは果ても無く遠く、底もなく深い漆黒の闇…私は朧気な光すら感ずることなく、流れる時のない 渦巻く空間に漂う感覚にも似た、柔らかな襞の温かい感触に身を委ね、間断なく響く単調な音の 心地よい波に、私が求め続けていたものを遂に獲得したのだという安堵の感情を抱きながら、ただただ浸されているようだ。
 だがそれでも、私のあらゆる感覚は、研ぎ澄まされ 覚めた、今ここで、ただ一つ認識できる「私」に、やさしく刺激されるように働き、思索のニューロンから さながら指令を受けるようにして、「私」自身を包み込み、「私」をも内包する闇に向け、恐らく意味のあろう言葉を浮かび上がらせ 深く刻み込むように羅列させ、私を形作る表皮を数え切れないほどのそれらを 隙間なくはりめぐらせ、やがて、えもいわれぬ芳醇な物語を、先へと打つ鼓動にドックドク ドックドクと駆りたてられるようにして、生き活きと銀幕の上に紡ぎ出したりもしている…。
(C) JULIYA  私は、「覚醒した不眠」を、極めて居心地の良い状態にまで昇華できる ある種の「すべ」に熟達したのかもしれない。そうだ、そうに違いない。
 オープニングの兆しのように、暗転したスクリーンの奥深いところから、violons の旋律が、びっしりと並んだ言葉の表皮を小刻みに振動させるようにして 忍び込み、低く、やがて しっかりと認識できる 妙なる調べとなって 聞こえてくる。
 空間にディゾルブする、闇から浮かび上がってくる夜明けの森に似た この上なく深いdarkgreen のシークェンスが一瞬フィクスされたかと思うと、確かめようとする私を誘うように 半透明の幕に覆われ パッと消え、またディゾルブ…すると今度ははっきりと俯瞰する場にいる私は、小さな背を向けた、薄く白いレースのドレスを纏った、たわわな縮れっ毛をまるで天使の輪っかのように輝かせている少女が、その背を 絹糸のように繊細なメロディに乗せて、ゆっくりと ゆったりと気持ちよそうに揺らしているのを 見る。
 violons を奏でる弦の上を、透き通った指先が小刻みに軽やかに行ったり来たり…こんなにもすべやかで無垢な掌を知らない私は、そこで今、それ以上何をも欲することはなく満たされた気持ちになり、うっとりとする…。
 フローラルの香りが そよぐように頬をつたいあがり鼻孔を充たすと、私は、エクスタシーの頂点に上りつめたような震えとともに、眼前のスクリーンに、密かな場所に迎え入れるときのCHIKOの 一瞬のアクメの愛しく歪んだ 愛くるしくも可愛い微笑みのクローズアップを見る。
 「ここにいるよ CHIKO ほら おまえの全てを 従順に受け入れて…」
 私は懸命に呼びかけようとする。けれど、どうしたことか声ひとつ発することができない。「覚醒した不眠」の仕業だ。
 CHIKOは、そんな私にすぐさま気づくと、身籠もった命の、小さなキックに呼応したかのように、しっかりと瞳を凝らすと、ちょっとかすれた sexual なトーンで囁くように話し始める。私の姿など見えようはずがないのだけれど…。
 「KIMI、あなたはね、うんとすまし顔で寡黙なくせに、いったん話し始めると、ほとんど考えもしないで無意味な言葉をいたずらに、”なぜ、こんなことが解らないのだ”とばかりに繰り出してくるの。そうよ、私ほどおしゃべりな女はいないと、あなたは、あきれたように言うけれど、もしかすると、言葉にするかしないかは別として、あなたは私に負けないくらい饒舌かもしれないわ。そう、だからこそ言いたいの。少なくとも、私に向かってお話をするときは、一つ一つの言葉を慎重に選ぶことよ。牛のようにゆっくりと反芻しながら…ねッ。ほら、こんなふうに言うと、もう黙りこんでしまうじゃない。口をモグモグさせながら不満げではあるけれど、いつも、そんなふうに二枚貝さながらに堅く閉じこもってしまうのよ。私の言っていることに、反論も憤慨もしないのね。そうよね、その視線の曇り具合をみると、 心が揺れているようではあるわ。”それは、CHIKOだって同じだよ” って言いたいのね。ほら 図星でしょ。でも、私はあなたのように、軽々しく言葉にはしないわ。わかっているの、私は、憎しみも恨みも愛しさも恋しさも、憤りも悲しさも何もかもないまぜにした complicated な気持ちを、私の持つ言語表現力では、言葉にまとめ上げることができないと、痛いほどにもわかっているの。諦観と言ってもいいわ。いいえ、悟りと言ってもいいぐらい…ううん、もっとストレートに、それは言葉にしちゃうと、その後、なにも思わない、何も感じない女になってしまうような、あなたとともに存在していることの恐怖かしら。なんだか、私とKIMIとの、ステキな物語が、そこでエンドタイトルになってしまうような、そんな根拠のない確信があるの…」
 確かにCHIKOの声だ。いや待てよ、この声は、いつかどこかで、CHIKOが私に向かって話したことを、私が勝手に編集し直し、都合よく繋げているのかもしれない。
 だって考えてみると、私が今いる situation ったらないではないか。本当にはあろうはずのない、私だけの現実のようなものだ。
 そう、例えば、こういうことだ。…もともと、私たちが共有している言葉ってのは、伝えたい事実や実体、さらには真実を伴うものであるけれど、難しくも悲しいのは、誰とて同じ体や頭脳、経験や想像力、ましてや心を持ち得るものではないのだから、発せられた言葉から汲みとられることが全く同じなんてあり得ない。限りなく不可能、極端なことを言えば、人を取り囲んでいる外界、世界というものは、個々人によって異なっていて、誰一人として自分と一寸違わぬ「世界」を持っている者など決して存在してはいないということだ。
 しかもその上、発せられ書かれた言葉は、その瞬間から、私を離れ一人歩きしてしまう。
 互いに交わした約束事に、どうも誤解があったなどということが起こるのは、そういうことで、ほぼ全てのことが誤解含み、馬馬虎虎で経過しているといってよいくらいだ。
 そうだからこそ、その違いこそが、言葉を駆使し、求め合い、解かり合おうとするベクトルを生み、人々の日々の生業や行為を生み出していると言ってよい。
 それに、恋する、愛するなどという情動は、そんな言葉の真実を思いっきり知らしめてくれる、最たるもの。だから不安に苛まれる私は、より近く一心同体になることしかないと、coitus に向かう。いやいや、これとて orgasm の一瞬間の出来事でしかありはしない…。
 考えてみると、CHIKOに所有されている私の今の situation は、胎盤に繋がれている細胞の塊のように至福の瞬間を共有する 異なる二つの生命が共存する あらまほしき姿、理想ではないのか…。

【PHOTO:JULIYA MASAHIRO】
Copyright(C) JULIYA MASAHIRO All Right Reserved.