ちょいと國學院大學博物館 に立ち寄って企画展を覗いてきたのですね。
「武士を描くものがたり-比べてみる軍記の世界-」という展示です。


「武士を描くものがたり-比べてみる軍記の世界-」@國學院大學博物館

古い史料はまるまる鵜呑みにはできない(古い史料ばかりではないかもしれませんが)ところが
あるわけでして、複数史料を対比させることで見えてくるものがあるてなことですな。

対比することが導いてくれることのひとつに、空白部分の推定を可能にすることがあるようで。


例示されておりましたのが、

平安時代の歴史書である「扶桑略記」所載の「純友追討記」と「大和物語」の126段。
いずれも藤原純友の乱のようすを描いているところながら、

前者は追討する側に立って書かれ、乱の全体像が窺えるという特徴がある。

一方、後者は乱に伴う人びとの苦難に触れているも、戦況の詳細は見えてこないのですな。


藤原純友が太宰府に放火したことも、

「大和物語」ではこの戦乱によって零落した遊女の話が語られますが、
「純友追討記」では追捕使の攻撃で敗色濃厚になった純友が火を放ったことが書かれている。
つまりは両者を合わせて見るとで、「いついつ何が起きました」ということと
「それによって(乱の動向に直接関係は無いものの)どういう状況があったのか」が

分かるわけですね。歴史を把握するにも深みが出るといえましょうか。


史料を比べることでわかる別の面としては歴史認識の違いが浮かびあがるということも。
今回の展示で焦点を当てている「軍記」は「当時の歴史認識の振れ幅が非常に大きい」ために
異本がある場合にその異本間で相互に隔たりが大きかったりするという。

そこで、異本同士を比較することで「多様な歴史解釈の可能性がありえたことを学べる」と。


ここで例に挙がっていたのは、藤原純友の乱とともにひとまとめにして
「承平天慶の乱」と言われる平将門の乱に関することでありました。
比べているのは「将門記」と「俵藤太物語絵巻」、比較はなにも文書同士ばかりでなく、
時には文書が扱っている内容を視覚化した絵巻物と見比べることもまた気付きに繋がるのですな。


「将門記」の方は「将門の敗因を厳粛に捉えよう」としているようですが、

のちに崇り神のように受け止められた将門を描いて

超常現象あり、また風向きの変化ひとつにも神の意向の反映を窺わせたり。


一方で「俵藤太物語絵巻」はといえば、

逆賊・将門を討った英雄、俵藤太(藤原秀郷)を主人公として、

その「勇猛さや知略を讃える」ことが主眼、そこには超常現象のようなものが

入り込む余地が無いわけですね。


まあ、争いを語る際にどちらの側(あるいは中立的)に立つかによって

話は大きく変わることはよくあるところでして、

何をもって良しとするかという歴史認識の違いは如実に表れるわけですね。


もう一つの端的な例として展示あったのは、

前九年の役を取り上げた「陸奥話記」と「前九年合戦絵巻」でして、

平安後期の成立とされる前者はそも「源氏に批判的なメッセージを発信するために書かれた」と。陸奥守として奥州に赴任した源頼義が安倍氏を挑発する悪者的に描かれるわけです。


逆に後者の方は鎌倉後期の作とされ、「源氏を正当化するために描かれた」ものであると。

頼義の奥州行きは逆賊たる安倍氏を追討するため、勅命を受けて都を出発したとされ、

視覚に訴える絵巻という体裁の中には「自然に源氏方の視座に同化するように

仕組まれている」とも見られるそうな。ぼーっと見ていてはいけませんなあ(笑)。


さて、史料を対比させて分かることの3点目ですが、

焦点化の相違が浮かび上がることなのでそうで。

物語がリメイクされるごと、そのリメイクにあたって

「クライマックスの置き所」が変化したりするというのですなあ。


これは歴史認識の相違とも関わる気がするところながら、

それよりも出版の大衆化と関わって「物語」が商品化されていったことに起因する現象とか。


えば保元の乱を扱った「保元物語」(鎌倉前期に成立したとか)と

「保元平治闘図会」(江戸後期の作であるようす)とでは、例えば矢が鎧を射抜いた場所が

変えられているということなのですね。



見るからに後者の設定の方が矢の射抜く場所としてはドラマティックですあろうかと。

簡単に言ってしまえば、受け狙いで変えてしまったということなのでしょうなあ。


「平家物語」でも、那須与一が扇の的を射る有名な場面で、

本来はその場に及んだ与一の箙にはそれまでの戦闘の結果として

数本の矢が残るのみだったはずで当初の記述もそうなっているわけですが、

後にこれを格好のいい武者絵的に描きだすとまさにその場だけの姿の格好良さから

箙には未使用の矢がたっぷりと入っているてはふうに描かれているとか。

一寸の隙も無い立派な武者振りを優先するあまりのことだったのでありましょう。


てなふうに、比べて楽しい(?)軍記物…ですけれど、

個人的にはこれまで敬して近づくことのない領域でもあり、

これから追々未知の領域に踏み込んでいってもみようかと思ったりするのでありました。