さてと、わざわざヴィッテンベルクまで来たのですから当然にしてルターハウスを訪ねることに。

なんでも「1508年にマルティン・ルターが修道士としてヴィッテンベルクへ移住してから、

後には一家の主としても暮らした35年間の間、彼の人生における中心的な住処」であるのだということです。

 

 

とかく宗教者であることを思えば「清貧」てな言葉が浮かんだりするところですけれど、

ここの館は大きく、そして広い。だからといって、映画などに出てきそうな感じの

あぶらぎってぶくぶくの聖職者を思うわけではないですが、長らく修道院に住いしながら、

厳しい禁欲的生活を神との関係において絶対的な是とすることに疑問を持っただけに

現実的なバランス感覚があったのかもしれませんですね。

 

 

とはいえ、それにしても広いなあとは思うものの、

住み込みの弟子(という言い方が適当かは分かりませんが)などもいたのでしょうねえ。

ルターの家では「日に2回、ルターの子供達と親族の他に、学生や家庭内労働者、友人等、

合計40人以上が集まり、食事をとるという習慣があった」そうですので、

そのうちにも住まいを同じくしている人たちがいたでしょうから。

 

 

とまれ、古い建物の微妙な隙間を活かして設けられた入り口から博物館へと入っていきます。

あ、そうそうここでおすすめしておくべきはまずミュージアムショップへ立ち寄ること。

日本語の展示解説案内(めぼしいものがチョイスされ、掲載数は少ないですが)を先に入手しておくと、

展示への関心が増すというものです。

 

ともあれ、展示室へと足を運んでみるといたしますと、

まずもってヴィッテンベルクの町の全体模型と奥にはクラーナハ描くところの「磔刑図」が。

 

 

 

ヴィッテンベルクの町が妙に細長い気がしますけれど、これは後にも歩いて実感するところ。

そして「磔刑図」はクラーナハの…といっても、同名の息子の作でありまして、

一概に決めつけるのもどうかとは思うところながら、どうも父クラーナハに及ばんなあと思うあたり、

ピーテル・ブリューゲルを思い出したりするところです。

 

と、余談はさておいて先の展示に進みますと、唐突に一枚の肖像画に出くわすのですな。

ザクセン選帝侯フリードリヒ3世ということで。

 

 

賢明公フリードリヒとも言われるこの人はルターの保護者としても知られているわけで、

そうした意味ではルターハウスに肖像画があるのも当然と思えるところすな。

(ちなみにこちらは父クラーナハの作です)

 

されど、帝国追放扱いになったルターをヴァルトブルク城に匿ったのも、

先にふれましたように言っ、言ってみれば軟禁とか幽閉とかなんでないのと思ったり、

はたまたそもそもルターと対立したカール5世が神聖ローマ皇帝位につけるよう尽力したのもこのフリードリヒと聞けば、

やっぱりそうそう一筋縄ではいかないようなと思ったものでありますよ。

 

 

ところで、このルターの住まいではたくさんの人が寄り集まって食事をしていたことに触れましたですが、

この広間が「食事の間」、ダイニングルーム跡と目されているそうな。確かに広い部屋です。

再現するならこんなふうという模型までありました。

 

 

と、この「食事の間」の壁を飾っているのもまた、ルーカス・クラーナハでしたですなあ。

もっとも工房作ということですので、言い方が悪いですが大量生産の一部でありましょうかね。

 

 

「十戒」を描いた絵が食堂に掛かっているということは、「食べ過ぎはいけんよ」てな戒めと思いきや、

改めて考えてみれば大食の罪は「十戒」にはありませんでした…。

とまれ、そんなふうに見て回り始めたヴィッテンベルクのルターハウスですけれど、

核心にふれる展示にいよいよ到達…ですが、それは次の機会ということで。