その昔、子供の頃に伯母の家を訪ねて従兄の部屋にこそっと潜り込んだときのこと。

書棚に並ぶの本の背表紙に「サーカスの怪人」なる文字を見つけて、

おっかなびっくり引き出してみたところ、その表紙絵にすっかり恐れをなして…。

 

先に木下サーカスの公演を見に行ったりしたもので、ふいに記憶の奥底の封印が説かれ、

そんな思い出さなくてもいいようなことを思い出してしまったのでありました。ちなみにその一冊とは

どこの図書館にも常備されていたと思しき江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ、当時の表紙絵はこんなふうでありましたなあ。

 

 

今から考えれば「髑髏が描かれている」というただそれだけなわけですが、これがたいそう怖く感じられて。

しばらく夢見が悪かったような気がしたように記憶しておりますよ。

 

とまれ、この際思い出しついでですので、「サーカスの怪人」を改めて読んでみることに。

近所の図書館にはやはりシリーズが置かれてあってすぐに借りられたものの、表紙絵はすっかり様変わりしておりましたよ。

 

 

これでもかといわんばかりに髑髏がごろごろと描かれて、怖さも数倍…と思いきや、

たったひとつぽっかり眼の虚ろ感は、むしろ古いバージョンの方がやはり怖いような。

レトロ感たっぷりなところもそそられる(もちろん今となってみれば、ですが)ような気がしたものです。

ところで、あらすじをWikipediaから拾ってみますと、こんな具合です。

少年探偵団員が怪しげな骸骨男に遭遇し、尾行を開始する。骸骨男はグランド・サーカスのサーカス小屋の中で忽然と姿を消し、その日からサーカス小屋の中で恐ろしい出来事が次々と起こり始める。 名探偵・明智小五郎と、小林少年率いる少年探偵団の活躍が始まる……。

おそらくは怖い怖いと言いつつ一度は読んだものと思うところながら、さっぱり内容を覚えておらず、

あらためて「えええっ!そうなの?!」と。この手の作品に「ネタバレ」をとやかく言う方もおられないと思うので、

きっぱりと立ち入ることにしますけれど、実は怪人二十面相の正体が語られていたとは驚きました。

 

怪人二十面相、本名は遠藤平吉。元はサーカスの軽業師だったのですなあ。

二十面相として引き起こす事件の数々にあって、常に軽快な身のこなしで捜査の手を翻弄するのはそうした出自なればこそ。

本作で舞台となった「グランド・サーカス」という場における水を得た魚のような動きを見せ、

中村警部ら警察や少年探偵団の面々を煙に巻くのも当然であったわけで。

 

本作ではひたすらサーカス団をターゲットに脅しにかかる二十面相ですけれど、

それも私怨に基づくサーカス団への復讐劇ですので致し方のないところ。

それだけに推理小説らしい謎解き要素には乏しいと思えるわけですが、解説にあるとおり、

追いつめられるたびに二十面相が忽然と消えてしまうという、消失トリックが手口を変えて何度も登場する…とは、

言われてみればなるほどです。

 

ミステリーのトリックなどの研究に余念のなかった乱歩の面目躍如であろうと思うものの、

今となってはアニメ「ルパン3世」など後発作品で手あかがつくほどに使いつくされたトリックも含まれて、

ま、少年少女向けだからとも。発表当時は大好評だったのでしょうけれど。

 

しかしまあ、怪人二十面相はアルセーヌ・ルパンを意識して創作されたキャラクターであろうとは思うところですが、

その出自に触れるのであればもう少しそこにドラマが欲しかったなあという気がしないでもない。

仮に二十面相前史として遠藤平吉が怪人二十面相になってしまうまでを、あれこれ盛って作ることも可能だったはずながら、

乱歩は本名とサーカス団員だったことを明かすくらいで、実に淡泊ですなあ。

 

この中途半端な紹介は、反って謎めいた存在にも見えたのでしょうかね。

どのみち荒唐無稽なのであれば、石川五右衛門の末裔とか(それでは「ルパン3世」のサブ・キャラか…)、

もそっと言えば源義経の末裔とか(チンギスハンが先にあるか…)、平将門の末裔とか(亡霊になってしまうか…)、

なんでもありだったような気がしておりますよ。

 

有名になった分、パスティーシュが作られることを想定し、またどうぞ存分におやりなさいと乱歩は思っていたのかも。

作品集としていささか古びた印象もある乱歩の少年探偵シリーズですけれど、

装丁を変えて今でも図書館常備となっているからには、まだまだこれからでも誰かがいじった作品を作り出し、

思わぬブレイクがあるもしれませんですね。