とね日記

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量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ: 松浦壮

2020年07月08日 00時26分00秒 | 物理学、数学
量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ: 松浦壮」(Kindle版

内容紹介:
「量子は、粒子なのか波なのか」―長らく続いていたこの論争は、「量子は、粒子でも波でもない何かである」という予想外の結論に至りました。直感では理解しがたくても、この世はすべて量子でできています。行列力学、波動力学、経路積分…様々な方法を経て、量子の世界が「見える」ようになるまで、まっすぐに、けれども徹底的にやさしく、丁寧に解説。

2020年6月18日刊行、304ページ。

松浦先生の著書: 単行本を検索 Kindle版を検索

著者について:
松浦 壮: 教員紹介: http://www.fbc.keio.ac.jp/professorate/staff_list/matsuurasou/index.html
Twitter: @a02matsu
1974年生まれ。1998年、京都大学理学部卒業。2003年、京都大学大学院で博士号(理学)を取得。その後、素粒子物理学者として日本、デンマーク、ポーランドの研究機関を渡り歩き、2009年、慶應義塾大学商学部勤務、2016年から同大学教授。研究テーマは、超弦理論と数値シミュレーションによる超対称ゲージ理論の解析。研究の傍ら、自然科学を専門にしない学生を対象に物理学の講義をおこなう。趣味は、武術(合気道他)、水泳、クラシックギターなど。著書に『宇宙を動かす力は何か』(新潮新書)がある。
松浦 壮 SO MATSUURA | 現代ビジネス
https://gendai.ismedia.jp/list/author/somatsuura


理数系書籍のレビュー記事は本書で440冊目。

先月初めに紹介した「時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体: 松浦壮」を書いた松浦先生の最新刊である。量子力学は、これまでさんざん学んできたし、今さら科学教養書を読む必要もないと思い、読もうかどうか迷っていた。

発売日に書店で立ち読みしたのだが、知っていることばかりなのは一目瞭然だった。その日は買わずに他の物理本を読み始めていた。

ところが、とあるツイートがきっかけで一気にこの本への興味がでてきたのである。それは「量子ネイティブ」というキーワードを含んだ堀田先生(@hottaqu)のツイートだった。

「ツイート: 前世紀に葬ってきて欲しいもの。「前世紀の量子力学の教科書」「量子化という用語」「観測問題」「多世界解釈」などなどでしょうね。量子力学には観測問題などなかったという理解は、現代の量子ネイティブには当たり前です。」(ツイートを開く

そして、次のツイートが決定的だった。

「その通りだと思う。量子ネイティブ達が活躍できる時代。

【時代は「量子なんて当たり前」へ】
慶應大学教授が断言!「私たちに見える世界は本当の世界ではない」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73075?media=bb」(ツイートを開く

これは松浦先生が書いた本書の紹介記事である。そしてこの記事は次のように結ばれている。

「量子を単純に「不思議だ〜」と思うだけの時代はそろそろ終わりです。今回、上梓した『量子とはなんだろう』が「量子なんて当たり前」の時代に向けた一助になれば幸いです。」

これが決定打だった。すぐさまKindle版をクリックして読み始めたわけである。


「量子ネイティブ」という言葉を誰が言い出したのかは知らないが、おそらく量子情報、量子コンピュータ領域の人の発言が元なのだろう。量子では「状態の重ね合わせ」や「絡み合い」が当たり前の世界である。身の回りの「古典世界」の感覚では全く理解できない状況である。

今は量子ネイティブを前提とした量子力学の教科書や科学教養書が望まれている時代。堀田先生はそのような教科書を執筆中である。そしてその発想に沿った科学教養書を書くことができるのだろうか?僕は、この点について疑問をもっていた。やはり、量子力学史の順番で説明するほうがわかりやすいのではないかと思っていたからだ。

本書を読んでみると、その流れは同じだった。しかし、これまでの量子力学本と違うのは「不思議さ」、「奇妙さ」だけをことさら強調し過ぎていないことだ。本書では古典的な理解と量子的な理解の差を、その都度、現実世界で見られる現象を取り上げながら紹介しながら話を進めていく。

章立てはこのとおりである。

第1章 「古典」の世界観
第2章 量子の発見
第3章 光も電子も量子だからこそ
第4章 量子の世界へ
第5章 量子の群像
第6章 量子が織りなす物質世界
第7章 量子は時空を超えて
第8章 宇宙の計算機―量子コンピュータ


本書は松浦先生がこれまでお書きになった本と比べて、はるかに難しい。文系読者や科学教養書に慣れていない方には、わからない箇所が多いはずだ。それでも読み進めていくことができるように工夫されている。

本書では、一部の章で数式も遠慮なく使われている。それも高校レベルではなく、大学レベルの線形代数、ベクトル、そしてブラ・ケットと呼ばれているディラック記法の数式表現なのだ。これらは、通常の量子力学の教科書で使われている数式たちである。

物事には言葉ではとても説明できないことがある。本書ではハイゼンベルクの運動方程式(行列力学)、シュレディンガーの方程式(波動力学)、経路積分という量子の3つの描像(粒子、波動、軌跡)のイメージを紹介するために数式を使って紹介しているのだ。これまでの科学教養書ではせいぜいシュレディンガーの方程式止まりのものがほとんどである。

ハイゼンベルクの運動方程式とシュレディンガー方程式が数学的に同等であることを証明したのはノイマン、ファインマンの経路積分による方法が3つめの数学表示であることを証明したのはダイソンである。「量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマン」およびウィキペディアの「量子電磁力学」を参照。

これら3つの描像をあらわす数式は、数学的には同等である。私たちの感覚では3つの異なる姿にとらえられる3つの描像は、数式を通じて1つの本質をあらわしていることがわかるのだ。たとえ数式が理解できなくても、そのことだけは理解できるはずである。本書では、光子と電子はともに量子でありながら、私たちの世界でなぜ光子は波として、電子は粒子として見えるのかということがわかりやすく解説されている。


あと、本書の特長は、量子力学の話題をほとんどすべて網羅している点だ。たかだか300ページの本で、これは驚異的である。ラーメンに例えれば「トッピングの全部乗せ」だ。つまり、次のような話題が盛り込まれている。

- 量子力学前史(プランクの量子仮説、アインシュタインの光量子説、ド・ブロイ波)
- ハイゼンベルクの運動方程式、シュレディンガーの波動方程式、ファインマンの経路積分
- 不確定性原理、シュレディンガーの猫、観測問題、二重スリット実験、電子の軌道、ボルンの確率解釈
- フェルミオンとボゾン、スピン、量子状態の重ね合わせ、量子の絡み合い、EPRパラドックス、ベルの不等式、アスペの実験
- トンネル効果、半導体の原理、固体物理、超伝導、その他身の回りで量子現象で説明できる現象
- 量子コンピュータ、量子アルゴリズム、量子コンピュータと古典コンピュータの違い、量子コンピュータの将来

つまり、1冊でこれだけたくさん学べることを考えれば「超お得」なのだ。

量子ネイティブを掲げたものの、僕が思っていたとおり「量子力学史」を無視することはさすがにできない。しかし、第1章から最終章まで「ごまかしをしない」精神がいかんなく発揮されている。このあたりはページ数が限られている別冊Newtonで実現するのは不可能である。

初心者にとっては難しい本だが、量子力学の1冊目として本書をお勧めする。そして、量子力学の教科書を学んだ方、科学教養書を読み慣れている方には「量子ネイティブ時代の本はどうあるべきか?」という考察をするための本としてお読みいただくとよいと思う。

最後に気になった点を書いておこう。本書は全体的に縦書きで書かれている。巻末に横書きで数式の導出をしているページがあるのはよいが、それ以外の章で縦書きに埋め込んだ数式だと読みにくい部分があった。(たとえば、ブラ・ケットを使った量子コンピュータの原理を説明している箇所)

全体的に横書きにしてもよいわけだが、そうするとページあたりに盛り込める文章が少なくなってしまうという欠点が残る。このあたり、ブルーバックスのような本が抱える根本的な問題なのだと思う。

なお、本書は電子と光子についての量子力学に限定している。場の量子論は含めることができなかったと松浦先生がお書きになっている。「ということは、続編があるのかな?」と期待しながら、僕は本書を読み終えた。

本日、松浦先生は次のような文章を投稿された。ぜひ、こちらもお読みいただきたい。

あなたが「他の人と同じ景色を見ている」と錯覚できるわけ
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73795?media=bb


本書はたかだか300ページの本である。それぞれの話題を掘り下げるわけにはいかない。本書で取り上げられている話題について書かれたブルーバックス本を関連書籍として紹介しておこう。本書を読んで興味をもったテーマがあったら、次にお読みになってみるとよい。


関連書籍:

まず、竹内淳先生の本である。「シュレディンガーの方程式」のほうは、三角関数、指数関数、複素関数など基本的な数学を学んでから、ものすごく丁寧に数式を導出しながら、シュレディンガーの方程式を導き、理解できるようになっている。そして解析的な方法、Excelによる数値計算を使ってこの方程式を解く方法も説明している。

高校数学でわかるシュレディンガー方程式」(Kindle版)(紹介記事
高校数学でわかる半導体の原理」(Kindle版
 

シュレディンガーの猫、量子の絡み合い、状態の重ね合わせについては、古澤明先生の本がよいだろう。その技術的な応用のひとつが量子テレポーテーションである。松浦先生の本ではほとんど説明されていなかったが、紹介しておく。

「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた! 」(Kindle版)(紹介記事
量子もつれとは何か」(Kindle版)(紹介記事
量子テレポーテーション―瞬間移動は可能なのか?」(Kindle版)(紹介記事
  

光子と電子を主役にした量子力学の本、そして量子コンピュータに興味をもった方は以下の本がお勧めである。

2つの粒子で世界がわかる 量子力学から見た物質と力」(Kindle版
量子コンピュータ―超並列計算のからくり」(Kindle版)(紹介記事
 


関連記事:

時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体: 松浦壮
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/30e586091ba9dda356e9a0d2d3a0e815

高校数学でわかるシュレディンガー方程式:竹内淳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5b7f5f84c50f24d93b23d6e07c9cb73d

「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/13b6c033f1ea5ef2b647e6eb1e374222

量子もつれとは何か:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/34a3c78d568e5df901611df3cbb96557

量子テレポーテーション: 古澤明著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f1ef06234bdf0a831ee579f26bb2005b

量子コンピュータ―超並列計算のからくり: 竹内繁樹
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3134f481301d0f6e7ed8b80c9fd99260

量子コンピュータ、量子アルゴリズムを学びたい高校生のために
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1b2940b648bda682aa27192eb8261972


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量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ: 松浦壮」(Kindle版


はじめに

第1章 「古典」の世界観
- 「位置」とはなんだろう?
- 「速さ」とはなんだろう?
- イプシロン・デルタにもう泣かない
- 「変化の速さ」という考え方
- ものの動きを貫く理
- 世界は想像の中に

第2章 量子の発見
- 光は粒子?波?
- 波としての光
- 物体から出る光の謎
- 物体から出る電子の謎
- プランクの一撃
- アインシュタインの追撃
- 粒子としての電子
- 原子のジレンマ
- 電子よ、お前もか!
- 幻想の消滅

第3章 光も電子も量子だからこそ
- 色が見えるということ
- 化学反応が光で起こるということ
- 乾電池の電圧が1.5Vであるということ
- 花火が夜空を彩るということ
- お日様の姿がこのようであること
- 私たちがここにいるということ
- 夜空に星が見えるということ

第4章 量子の世界へ
- 古典の器・量子の器
- ハイゼンベルクのジャンプ
- 顕微鏡の仕組み
- 電子を見るための「ガンマ線顕微鏡」
- 「不確定性」が意味すること---量子に至る通過点
- それ本当?
- 「量子の位置」と「測定された位置」
- 量子の自然観
- そもそも行列って?
- 行列のかけ算
- ベクトルの内積が意味すること
- 行列の成分と内積
- 位置と運動量を表す行列/量子の状態を表すベクトル
- 物理量の期待値は行列の成分---現実と行列の交差点
- 不確定性は平均値からのズレの具合
- 不確定性関係と行列の関係
- 行列力学の処方箋

第5章 量子の群像
- 行列とベクトル、どちらが本質?
- ハイゼンベルク描像からシュレディンガー描像へ
- 波動関数とシュレディンガー方程式
- とある天才の量子力学---経路積分法
- ニュートン力学の深淵へ
- 関数を変数に
- 関数と「地形」
- 最小作用の原理
- 経路積分の方法
- 現実世界は干渉で決まる
- 量子力学は”緩い”古典力学
- 量子力学の風景

第6章 量子が織りなす物質世界
- 素粒子は究極の没個性---同じ量子に区別はない
- 量子がふたつあると?
- フェルミオンとボゾン
- スピン---量子の回転
- 状態は「位置」だけではない
- ものに触れるということ
- この世に水や空気があること
- 導体と絶縁体
- 金属が冷たくて輝くこと
- トンネル効果---量子の”壁抜け”
- アルファ崩壊---放射線が出る理由
- フラッシュメモリにひそむ量子の理
- 走査型トンネル顕微鏡

第7章 量子は時空を超えて
- 重ね合わせの原理と観測
- 重ね合わせと不確定性関係
- シュレディンガーの猫と観測問題
- 絡み合い状態
- 時空を超える絡み合い
- アインシュタインの反論
- ベルの不等式と量子力学の勝利
- 相対性理論の危機

第8章 宇宙の計算機―量子コンピュータ
- 「計算」とはなんだろう?
- 古典計算
- 量子ビット
- 量子ビットの威力
- 万能量子コンピュータ
- 量子コンピュータは古典コンピュータの上位互換
- 量子コンピュータは古典コンピュータより速いのか?
- 古典と量子の素因数分解
- 量子超越性
- 量子コンピュータは古典コンピュータを駆逐するか?
- 量子コンピュータの課題と未来

おわりに
付録
参考図書

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4 コメント

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初めまして。 (師子乃)
2020-10-04 20:57:57
量子ネイティブ、そういう人たちにとっては、古典物理学はどのような感じになるのでしょうかね。
Re: 初めまして。 (とね)
2020-10-05 00:52:49
師子乃さんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。

量子ネイティブといっても、人間ですから私たちと同じように古典物理的な世界で育すことには変わりません。だから古典物理学に対する感覚は私たちと同じです。

そのような新しい世代が量子力学を学ぶのは、大学生になってからで、学ぶ教科書が私たちが学んだ教科書と違うわけです。つまり新しい教科書では量子の奇妙さを実感しないで学ぶことになります。

たとえていえば、パソコンやスマホを持たずに育ち、いまだにそれらを使いこなせない古い世代の人がいます。一方、子供のころからそれらに馴染んで育つ若い世代もいます。これら2つの世代は社会やものの見方がまったく違いますが、古典的な道具、たとえば包丁やカッター、ハサミやハンマーなどを同じように使い、同じ感覚でとらえるのはまったく一緒だということになりますね。うまいたとえがみつかりませんが、そのようなことだと思います。

将来、量子コンピュータが日常生活に入り込んできたとしても、使い方はこれまでのコンピュータと変わるわけではありません。違いは、それがもたらす社会の変化です。それについていけるかどうかは、量子ネイティブかどうかということとは、また違うことだと思います。量子ネイティブは、あくまで量子力学を学ぶ機会をもつ学生についてのことで、一般社会からするとごく一部の理系人材にすぎません。
ネイティブ? (hirota)
2020-10-12 21:46:31
『あなたが「他の人と同じ景色を見ている」と錯覚できるわけ』を読みましたが、この中で「存在が確認可能ならば、それは人が見ようと見まいと存在している」が量子力学では否定されたと書いてある事にクレームがあります。
これは「確定」の意味が古典力学では不十分で、量子力学では「位置が不確定で運動量が確定」の状態でも間違いなく確定していると思えば何も問題ありません。
そこを修正せずに「確定」を否定するってのは量子ネイティブとは言えないんじゃないですか?
それに「観測で確定する」とかを強調すると、人間の意識を特別扱いするオカルトを推奨するみたいでイヤですね。
Re: ネイティブ? (とね)
2020-10-13 00:28:46
hirotaさんへ

お久しぶりです。
『あなたが「他の人と同じ景色を見ている」と錯覚できるわけ』の5ページ目のことについてですね。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73795?page=5

hirotaさんがおっしゃるように、この説明だと量子ネイティブとは言えません。「量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ: 松浦壮」は、量子力学史をたどって解説を進めていますから、このあたりの記述は「量子非ネイティブ」になっているのです。量子ネイティブの話は最終章の第8章から始まります。

Web記事も『あなたが「他の人と同じ景色を見ている」と錯覚できるわけ』は、本書の頭のほうから概説を進めているため、5ページ目までは量子ネイティブになっていません。そして5ページ目の最後でちょろっと量子ネイティブに触れている程度なのです。「量子ネイティブの詳細は本を読んでね。」という宣伝記事なのだと思います。

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