とね日記

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ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 : 阿部 謹也

2020年02月15日 15時03分59秒 | 小説、文学、一般書
ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 : 阿部 謹也」(Kindle版

内容紹介:
1284年6月26日、ドイツ・ハーメルンで約130人の子供が集団失踪した……

伝説化した実在未解決事件の謎を解く!
伏線を回収していくような快感が走る、歴史学の名著 【解説】石牟礼道子

《ハーメルンの笛吹き男》伝説はどうして生まれたのか。13世紀ドイツの小さな町で起こったひとつの事件の謎を、当時のハーメルンの人々の生活を手がかりに解明、これまで歴史学が触れてこなかったヨーロッパ中世社会の差別の問題を明らかにし、ヨーロッパ中世の人々の心的構造の核にあるものに迫る。新しい社会史を確立するきっかけとなった記念碑的作品。阿部史学、渾身の一作。

「ただ単に「事実」を「解明」するのではなく、そのような「伝説」を生むことになった「空気」のようなものまで浮かび上がらせる。
大学生のときに読んで、こんなに面白い歴史の本があるのかと思った。」
――柴田元幸

1988年12月1日刊行、319ページ。(単行本は平凡社から1974年刊行)

著者について:
阿部 謹也(あべ きんや): ウィキペディアの記事
1935年、東京に生まれる。1963年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。小樽商科大学教授、一橋大学教授、一橋大学学長、共立女子大学学長などを歴任。『中世を旅する人びと』『西洋中世の男と女』『中世の星の下で』『自分のなかに歴史をよむ』『ハーメルンの笛吹き男』『「世間」への旅』「阿部謹也著作集」全10巻(以上、筑摩書房)、『「世間」とは何か』(講談社)、『物語 ドイツの歴史』(中央公論新社)、『阿部謹也自伝』(新潮社)など多数の著書がある。2006年9月没。

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通勤電車でのKindle本読書。今回は昨年話題になった「ハーメルンの笛吹き男」を読んでみた。この話は小学生の頃に絵本か児童書で読んだだけで、メルヘン、ファンタジー本のような印象をもっていたが、思い直してみると実際にあった事件だったのだとわかる。130人もの子供たちの失踪事件、誘拐事件だ。

そして、ここが伝説の中で子供たちが笛吹き男に連れ去られたという場所である。現在は「笛吹き男の家」と呼ばれている。
Gaststätte Rattenfängerhaus: ストリートビューで見てみる

Gaststätte Rattenfängerhaus(ネズミ捕り男の家)
https://snaplace.jp/gaststatte-rattenfangerhaus/

中世のヨーロッパ世界の実際の様子、人々の生活がどのようなものであったのかはまったく知識がないし、人々の生活は困窮していたのだろう、知識も不足していて庶民の世界観はさぞ狭かったのだろうと、迷信に満ちた生活を送っていたのだろう、といろいろ想像できるわけだが、歴史学者が丹念に調べて描き出す世界を大いに楽しんだ。日ごろ読まないタイプの本を読むのは新鮮だ。

事件がおきたのは1284年6月26日である。これだけはっきりわかっているだけに、やはり実際におきたことなのだろう。その衝撃は伝説となり、後世に語り継がれている。この事件だけでひとつの学問領域と言えるほど研究され、事件の解釈をテーマにさまざまな書物が刊行され続けている。本書もそのうちの1つだ。

まず、この事件の概要、そしてその後の伝承、研究本の歴史はウィキペディアをお読みになるのがいちばんはやい。

ハーメルンの笛吹き男:
ウィキペディアの記事

筑摩書房による特設ページ:
https://www.chikumashobo.co.jp/special/hameln/

おいで子供たち。町の子を連れて消えてゆく、ハーメルンの笛吹き男の絵画10点
http://mementmori-art.com/archives/17042366.html

本書ではこの事件がおきる前、ドイツのハーメルンという村が、どのように成立していったのか、その発祥から発展の歴史が解説される。そして、事件がおきたときのこの村の状況、ヨーロッパ全体の状況が事件がおきた背景として重要なポイントとなる。

本書の章立ては次のとおりだ。

第1部 笛吹き男伝説の成立

はじめに
第1章 笛吹き男伝説の原型
第2章 1284年6月26日の出来事
第3章 植民者の希望と現実
第4章 経済繁栄の蔭で
第5章 遍歴芸人たちの社会的地位

第2部 笛吹き男伝説の変貌

第1章 笛吹き男伝説から鼠捕り男伝説へ
第2章 近代的伝説研究の序章
第3章 現代に生きる伝説の貌

私たちはとかく現代の視点から物事を判断しがちである。その事件がおきた世界にタイムトラベルをして、物事がどのような背景でおきたかを考えるのが大切だ。ネズミの駆除に成功した笛吹き男にお金を渡さなかった、約束を破ったというのは現代の視点からは「悪いこと」であるが、笛を吹いてネズミを連れ出すのは簡単なことである。労働の対価として支払うにはあまりにも大金なのだ。それに魔術的なやり方である。であるから勤労を是とするカトリック信仰の価値観に支配されていた当時の村人たちが、支払いを拒否するというのは道理なのである。

子どもたちの失踪に関しては、本書ではいくつかの説が提示され、それぞれに関して信ぴょう性が吟味されている。

- 村の青年男女を村の外に連れ出し、東方へ植民のために移民させたからという説
- 子供による十字軍だったという説
- 人身売買目的の誘拐だったという説など

そして笛吹き男は何色もの布であしらえた服装で現れたのだという。当時としてはおよそ考えられない服装である。この人物が何者であったのかということについても、いくつかの説が紹介される。

ハーメルンの笛吹き男の伝説については、微積分学の創始者のひとりライプニッツ(1646年-1716年)もメモとして残している。彼はこの伝説が真実か虚偽かという点を問題とするより、むしろ歴史的背景となる事実のうえにこの伝説が形成されたとみていた。

ライプニッツは「この伝説のなかには何か真実なものがある」と述べている。そしてこの伝説の背後に歴史的事実を認め、追求しようとする姿勢はライプニッツ以後現在にいたるまで変わらずに保たれている。

彼の調査は手書きのままで活字にならなかったから、同時代人に広範な影響を与えることはできなかったが、啓蒙思想の展開とともに伝説の謎を歴史的に解明する道を開くきっかけとなった。

知れば知るほど謎が深まる本である。13世紀に起きた実際の事件の真実が解き明かされるはずがない。それはわかっていてもぐいぐいと惹きつけられる本なのだ。

ぜひ、お読みになっていただきたい。

マルクト教会のガラス絵から模写した現存する最古の<ハーメルンの笛吹き男>の絵(1592)
拡大


ハーメルンのマルクト教会:門の向こう側に左側アーチ型窓があり、この伝説のガラス絵が嵌めこまれていた。(ストリートビューで見てみる)(ハーメルンの市内探索をされた方のページ

<ハーメルンの笛吹き男>伝説とは
日本では鎌倉時代後期にあたる1284年。ドイツ北部の小都市ハーメルンの町にネズミが大繁殖し、人々を悩ませていた。ある日、町に笛を持ち、色とりどりの布で作った衣装を着た男が現れ、報酬をくれるなら街を荒らしまわるネズミを退治してみせると持ちかけた。ハーメルンの人々は男に報酬を約束した。男が笛を吹くと、町じゅうのネズミが男のところに集まってきた。男はそのままヴェーザー川に歩いてゆき、ネズミを残らず溺死させた。しかしネズミ退治が済むと、ハーメルンの人々は笛吹き男との約束を破り、報酬を払わなかった。

約束を破られ怒った笛吹き男は捨て台詞を吐きいったんハーメルンの街から姿を消したが、6月26日の朝(一説によれば昼間)に再び現れた。住民が教会にいる間に、笛吹き男が笛を鳴らしながら通りを歩いていくと、家から子供たちが出てきて男のあとをついていった。130人の少年少女たちは笛吹き男の後に続いて町の外に出てゆき、市外の山腹にあるほら穴の中に入っていった。そして穴は内側から岩でふさがれ、笛吹き男も子供たちも、二度と戻ってこなかった。物語によっては、足が不自由なため他の子供達よりも遅れた1人の子供、あるいは盲目と聾唖の2人の子供だけが残されたと伝える。


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ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 : 阿部 謹也」(Kindle版


第1部 笛吹き男伝説の成立

はじめに

第1章 笛吹き男伝説の原型
- グリムのドイツ伝説集
- 鼠捕り男のモチーフの出現
- 最古の史料を求めて
- 失踪した日付、人数、場所

第2章 1284年6月26日の出来事
- さまざまな解釈をこえて
- リューネブルク手書本の信憑性
- ハーメルン市の成立事情
- ハーメルン市内の散策
- ゼデミューンデの戦とある伝説解釈
- 「都市の空気は自由にする」か
- ハーメルンの住民たち
- 解放と自治の実情

第3章 植民者の希望と現実
- 東ドイツ植民者の心情
- 失踪を目撃したリューデ氏の母
- 植民請負人と集団結婚の背景
- 子供たちは何処へ行ったのか?
- ヴァン理論の欠陥と魅力
- ドバーティンの植民遭難説

第4章 経済繁栄の蔭で
- 中世都市の下層民
- 賎民=名誉をもたない者たち
- 寡婦と子供たちの受難
- 子供の十字軍・舞踏行進・練り歩き
- 四旬節とヨハネ祭
- ヴォエラー説にみる<笛吹き男>

第5章 遍歴芸人たちの社会的地位
- 放浪者の中の遍歴楽師
- 差別する側の怯え
- 「名誉を回復した」楽師たち
- 漂泊の楽師たち

第2部 笛吹き男伝説の変貌

第1章 笛吹き男伝説から鼠捕り男伝説へ
- 飢饉と疫病=不幸な記憶
- 『ツァイトロースの日記』
- 権威づけられる伝説
- <笛吹き男>から<鼠捕り男>へ
- 類似した鼠捕り男の伝説
- 鼠虫害駆除対策
- 両伝説結合の条件と背景
- 伝説に振廻されたハーメルン市

第2章 近代的伝説研究の序章
- 伝説の普及と「研究」
- ライプニッツと啓蒙思潮
- ローマン主義の解釈とその功罪

第3章 現代に生きる伝説の貌
- シンボルとしての<笛吹き男>
- 伝説の中を生きる老学者
- シュパヌートとヴァンの出会い

あとがき
解説 石牟礼道子「泉のような明晰」
参考文献

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6 コメント

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歴史は奥深い。。 (T_NAKA)
2020-02-17 18:06:15
この本は気になっていたのですが、早速注文しました。中世というは良く分からないですね。特に庶民の生活などは記録に残っていないものが多いので、ある程度仕方がないとは思います。日本史においても(ご存じかも知れませんが)網野善彦先生が海の民や職人・商人など「非農業民」、さらに漂泊する人間にも目を向けることで日本史の見直しを提案しています。日本の場合、土地関係の古文書は良く残存しているのですが、人身売買の契約書の類は殆ど残っていないのです。昔は人生50年の世界ですから、人身の価値もそんなに長くないので、保管せず反古紙にしてしまうのです。土地はなくならないので書類は残っています。そういう人身売買関連の古文書が発見されなかったので、以前は中世日本では人身売買は行われなかったと思われていたのですが、中山法華経寺にあるお経の裏紙にそういう文書が発見されて普通に人身売買が行われていたことが分かりました。NHKの大河「麒麟がくる」でもそんなシーンがありました。いずれにしろ歴史は奥深いものですね。
Re: 歴史は奥深い。。 (とね)
2020-02-17 22:59:08
T_NAKAさんへ

名もなき庶民の生活というのは記録に残りにくいから、ほとんど知られることはありませんし、歴史学で取り上げられることがありません。

ハーメルン市ひとつとっても、階級社会が歴然とあり、市民としての人権が認められず、乞食同然の人たちにもいろいろな種類があったことをこの本を読んで知ることができました。貧困に追い打ちをかけたのが飢饉や伝染病です。こんな時代に生まれなくてよかったと、つくづく思いました。人類の歴史の中で(日常生活や国政への不満があるにせよ)今のような生活ができていることは、幸運なのだと改めて思います。貧富の差で思い出すのはピケティの『21世紀の資本』ですが、この本はせいぜい直近200年間に富が公平に再分配されていないこと、貧富の差が拡大していることを明かしたにすぎません。13世紀の貧困状態など想像を絶しています。人身売買は当たり前だったのでしょうねぇ。

どのような理由で130人の子供たちが連れ去られたのかはいまだに謎ですが、その背景にある中世社会の実状に焦点を当て、紹介したことに本書の最大の意義があると思います。

鼠年 (hirota)
2020-02-29 17:22:27
元は鼠が関係なかったとは知らなかったー。
これまでは、報酬を貰えなかった代わりなんだから売って金に変えたんだろうと思ってました。
残ってる文だと村には不本意ぽいですから、売ったとか処分じゃなく自分の意思で出て行ったように思えます。
Re: 鼠年 (とね)
2020-02-29 23:26:56
hirotaさんへ

はい。鼠の駆除の話は後から統合されたものだそうです。僕は、初めてこの話を知ったのは子供向けの絵本でしたから、鼠の話は最初からあったのだと思っていました。

> 村には不本意ぽいですから、売ったとか処分じゃなく自分の意思で出て行ったように思えます。

そうですよね。そのほうが自然ですし、気持ちが救われます。
「ハーメルンの笛吹き男」読みました (T_NAKA)
2020-03-05 20:43:43
ちょっと遅くなりましたが、ちくま文庫「ハーメルンの笛吹き男」を入手して拝読させていただきました。阿部先生の鋭い詳細な分析な圧巻である種感動的なものでした。日本にしても西欧にしても中世というのは庶民には過酷な人生を強いていたようですね。それから土地の権利や所有が明確でなく、一つの土地に多重の権益者いること、流浪の民が多く存在していることなど、共通部分が多くて、興味深いものでした。良い本をご紹介いただいてありがとうございました。
Re: 「ハーメルンの笛吹き男」読みました (とね)
2020-03-06 01:00:19
T_NAKAさんへ

感想ありがとうございます。現代社会にはいろいろ不満がありますが、庶民が普通に家族をもって生活できることが、人類の歴史の中ではごく最近のことなのだとわかります。コペルニクスからニュートン、ライプニッツなどの時代であっても庶民が受ける過酷な生活は同様だと思います。そのような中にあって自然科学を研究する余裕があるのは、本当に一握りの人たちだったのですね。

アメリカで奴隷制がおこなわれていた時代でさえ、中世の過酷な時代にくらべればマシなのかなと思ってしまいました。

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