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半導体デバイスの基礎 (下) バイポーラ・トランジスタと光デバイス

2018年08月05日 15時20分00秒 | 電子工学、工学系
半導体デバイスの基礎 (下) バイポーラ・トランジスタと光デバイス

内容紹介:
本書は半導体デバイスの動作原理と特性を学ぶための実用的・総合的な教科書である。一般の理工系学生を読者として想定し,特別な予備知識を前提とせずに,徹底的に平易なデバイス物理の解説を行う。下巻ではまずFETと並んで代表的な3端子素子である接合型バイポーラ・トランジスタ(BJT)の基本動作原理を論じた上で,等価回路モデルを用いた解析手法の解説を与える。続いてフォト・ダイオードと太陽電池,発光ダイオード(LED),半導体レーザーなどの光デバイスに関する解説を行い,イメージ・センサーについても簡単に紹介する。末尾の付録ではウエハ(半導体基板)製造からチップのパッケージまで,通常は半導体デバイス物理の成書において解説されることの少ない製造工程の概説や,状態密度や有効質量の数式的な扱い方に関する補遺的解説も収める。
2012年4月刊行、318ページ。(シュプリンガー版は2008年5月刊行)

著者について:
Betty Lise Anderson, Richard L. Anderson
http://www2.ece.ohio-state.edu/~anderson/

訳者について:
樺沢宇紀(かばさわ うき): 訳書: https://adx50150.wixsite.com/kabasawa-yakusho
1990年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻前期課程修了。(株)日立製作所中央研究所研究員。1996年(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部技師。1999年(株)日立製作所計測器グループ技師。2001年(株)日立ハイテクノロジーズ技師。

樺沢先生の訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で373冊目。

上巻中巻に続き下巻をやっと読み終えることができた。僕は電子工学の専門家になるわけではないし、このブログはたくさんの理工系書籍を紹介したいから、おのづと朝読みになってしまう。でも、素粒子物理からマクロな世界の物理や工学がどのように具現されているかを知りたいし、要素還元主義の方針は崩したくない。丁寧に翻訳してくださった樺沢先生には申し訳ないが、ざっと理解できればそれでよいという方針で読ませていただいた。

上巻で半導体の物性を物理的な視点で理解した後、中巻では現実の半導体デバイス、ダイオードと電界効果トランジスタ(FET)の内部でどのようなことがおきているかを、定性的議論(理論)と定量的議論(解析的計算)の2つの側面で学ぶことができる。さらにこの下巻では、より実用的なバイポーラ・トランジスタ(BJT)のほかフォト・ダイオード、太陽電池、発光ダイオード、半導体レーザーなどの光デバイスについて学ぶことができる。

おまけに半導体の製造工程も詳しく解説している。これは「史上最強図解これならわかる!電子回路:菊地正典」で学んでいたので復習になったが、本書のほうがずっと詳しく専門的である。

SPICEの部分については具体的な操作方法は示されないものの、設定するパラメータの値が載せられているので、このソフトの使い方を学べば自分でも試すことができると思う。2016年に次の本が刊行されているので、本で学ぶのならばこれをお読みになるとよいだろう。

回路シミュレータLTspiceで学ぶ電子回路 第3版: 渋谷道雄




ネット上の資料で学ぶのであれば、以下のサイトで学ぶとよい。

LTspice(提供元)
http://www.analog.com/jp/design-center/design-tools-and-calculators/ltspice-simulator.html

LTspice
http://easylabo.com/ltspice/

初心者のためのLTspice入門の入門(1)(Ver.3)
http://www.denshi.club/ltspice/2015/03/ltspice1.html

LTspice の使い方 覚え書き
http://denki.nara-edu.ac.jp/~yabu/soft/PIC/LTspice.html

LTspice入門に役立つサイト集
https://matome.naver.jp/odai/2144215117802740101


さて、本書の中身についてである。

上中下「全巻の構成」はリンクを開いていただくとわかる。下巻の章立てはこのようなものだ。

第IV部 バイポーラ・トランジスタ(BJT)

第9章 バイポーラ・トランジスタの静的特性
第10章 BJTの時間依存特性の解析
補遺4 バイポーラ・デバイス

第V部 光デバイス

第11章 光エレクトロニクスデバイス
付録A 半導体デバイスの製造
付録B 状態密度と有効質量
付録C 定数・単位・元素表
付録D 記号一覧・ギリシャ文字
付録E 積分公式
付録F 有用な式
付録G 参考文献リスト


第IV部 バイポーラ・トランジスタ(BJT)

電界効果トランジスタ(FET)」がゲート電極に電圧をかけることでチャネル領域に生じる電界によって電子または正孔の濃度を制御し、ソース・ドレイン電極間の電流を制御するユニポーラ・トランジスタであるのに対し、下巻の「バイポーラ・トランジスタ(BJT)」はN型とP型の半導体がP-N-PまたはN-P-Nの接合構造を持つ3端子の半導体で、電流増幅・スイッチング機能を持つ。電界効果トランジスタなどのユニポーラ・トランジスタと異なり、正・負両極のキャリアをもつためバイポーラと呼ばれる。一般にトランジスタと言えばバイポーラ・トランジスタを指すことが多い。NHKの朝ドラ『ひよっこ』で、みね子たちが向島電機工場で組み立てていたトランジスタラジオ(アポロン AR-64リンク2)に使われていたのもバイポーラ・トランジスタである。

『ひよっこ』ラジオ工場は’60年代の本物の機器を使用「本当にラジオが作れます」
http://www.jprime.jp/articles/-/9747

今日の「ひよっこ」 / 向島電機工場最後の日
https://blogs.yahoo.co.jp/river_office_view/36916904.html

第9章「バイポーラ・トランジスタの静的特性」ではバイポーラ・トランジスタの動作原理を解説する。BJTではエミッタからベースにキャリアが注入される。注入されるキャリアの量はエミッタ-ベース接合におけるポテンシャル障壁の高さに大きく依存するので、ベース電圧に小さな変化を与えるだけで、大きなトランジスタ電流の変化が生じる。

ベース-コレクタ接合の遷移領域がベース側にも拡がりを持つことによって、実際のベース幅(W_B)は冶金的接合位置の間隔によって定義されるベース幅(W_BM)よりも狭くなる。コレクタ電圧を上げるとW_Bが狭くなって電流利得βが高くなる。(Early効果)

パワー・トランジスタなどを高水準注入条件で用いる場合には、大電流に伴う電荷によって実効的なベース幅が拡がる。コレクタ電流が一定の下で、電流を多く流すと電流利得βが低下する。(Kirk効果)

多くの場合において、アナログ回路では高周波動作が、デジタル回路では切り替え(スイッチ)速度が極めて重要になる。第10章「BJTの時間依存特性の解析」では、まずアナログ回路における小信号交流モデルを検討し、次にデジタル回路における切り替え(スイッチ)動作の過渡的特性を調べる。さらにMOSFETと比べた場合のBJTの長所と短所を検証して、同じチップ上で両方のタイプのトランジスタを用いるBiMOSを紹介する。

直前の2つの章ではホモ接合BJTを解説したが、補遺4の「バイポーラ・デバイス」ではヘテロ接合BJTやサイリスタを解説している。ホモ接合BJTと比べて、ヘテロ接合BJTでは注入効率が高いため電流利得βが高く、高周波動作に適している。またホモ接合BJTと同様、ベースの不純物濃度を傾斜させることで動作速度を向上させることができる。ベースに組成勾配を与え、バンドギャップがエミッタ側の端からの距離に依存して狭くなるようにすると、さらに性能が上がる。

npnp型の「サイリスタ」や3端子素子も解説されている。4層ダイオードは一方向には逆方向のバイアス下のダイオードのように働くが、もう一方の方向では途中で自発的に不連続な変化が起こり、低電流・高電圧の状態から大電流・低電圧の状態に遷移する。さらに有用なシリコン制御整流器(SCR)では、外部から与える信号により、信号そのものの増幅ではなく、状態の切り替えを制御できる。またトライアックによって、負荷の電力消費の制御が可能になる。

SPICEによるBJTの動作解析も紹介されている。BJTを扱う水準は2つある。ひとつはEbers-Mollモデルで、電流利得は定数となり、E-B接合電流だけが考慮される。Ebers-MollモデルとGummel-Poonモデルの比較した例が示されている。

バイポーラ・トランジスタのモデリング
http://jaco.ec.t.kanazawa-u.ac.jp/edu/vlsi/spidev/bjt.html

SPICEモデルとライブラリ
http://ednjapan.com/edn/articles/1403/24/news010_2.html


第V部 光デバイス

インターネットが身近に利用できるようになったことは、光通信技術に負うところが大きい。第V部の第11章では光技術における半導体の役割を解説する。光検出器(フォト・ダイオード)、太陽電池、発光ダイオード、半導体レーザー、画像素子など、一般に広く普及している光デバイスが取り上げられている。

付録Aの「半導体デバイスの製造」では、現在の半導体デバイスの製造における結晶成長から、素子製造、パッケージ工程までの概説を写真付きで提示している。半導体結晶の成長、不純物添加、エピタキシャル成長、光リソグラフィを用いたパターン形成などだ。IC上の導電体としては金属もしくは高濃度不純物を含む縮退シリコンが用いられ、二酸化珪素は有用で便利な絶縁体となる。半導体デバイス製造には電気工学者だけでなく、物理学者、結晶学者、化学者、材料科学者、機械およびパッケージ技術者、その他多くの専門家が必要とされている。

付録Bの「状態密度と有効質量」では、半導体の伝導体や価電子帯にある電子の状態密度を導出する。それからGaAsやSiのような半導体の状態密度有効質量を決定する。まず1次元自由電子の状態密度関数を得る。そこから2次元および3次元の場合へ議論を展開する。


「訳者あとがき」で樺沢先生は次のようにお書きになっている。

「本書の特長は、著者が半導体"工学者"の視点から捉えたデバイス"物理"の基礎を、初学者向けに臆することなく徹底的に論じている点にある。既存の類書は、特に基礎的な部分の記述に関して、入念に読んでも十全なイメージが得られずに不満が残るものが多い。(中略)要は執筆する側の"知的な正直さ"(著者自身の理解の水準を誤魔化さないこと)と、論述の技量と、誠意の問題であろう。書籍というものは多少の拙さや瑕があったとしても、著者の見地が明確に提示され、かつリーダブルであってこそ有効に文化貢献に資することになるものだと思う。」


樺沢先生、上巻、中巻に比べてさらに難しいと感じましたが、教育的な本を翻訳していただき、ありがとうございました。

半導体デバイスの基礎 (上) 半導体物性」(紹介記事
半導体デバイスの基礎 (中) ダイオードと電界効果トランジスタ」(紹介記事
半導体デバイスの基礎 (下) バイポーラ・トランジスタと光デバイス

  

シュプリンガー版も含めて: Amazonでまとめて検索


翻訳の元になった原書はこちら。2004年に刊行された。

Fundamentals of Semiconductor Devices




その後、原書のほうは昨年改訂されたばかり。いま買える最新のものは第2版である。

Fundamentals of Semiconductor Devices 2nd Edition




関連記事:

半導体デバイスの基礎 (上) 半導体物性
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef603af1cd207a1b80be4110b91066b3

半導体デバイスの基礎 (中) ダイオードと電界効果トランジスタ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c5a743de58e41a9ae2bd7e9b7357649e


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半導体デバイスの基礎 (下) バイポーラ・トランジスタと光デバイス



第IV部 バイポーラ・トランジスタ(BJT)

第9章 バイポーラ・トランジスタの静的特性
- はじめに
- 出力特性(定性的議論)
- 電流利得
- 理想的なBJTのモデル
- BJTにおける不純物濃度の勾配
- 基本的なEbers-Moll直流モデル
- BJTにおける電流集中とベース抵抗
- ベース幅の変調(Early効果)
- なだれ破壊
- 高水準注入
- ベース押し出し(Kirk効果)
- エミッタ-ベース接合における再結合
- まとめ
- 付録の参考文献リストについて
- 第9章の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

第10章 BJTの時間依存特性の解析
- はじめに
- Ebers-Moll交流モデル
- 小信号等価回路
- BJTにおける蓄積電荷容量
- 周波数応答
- 高周波トランジスタ
- BJTのスイッチ動作
- BJTとMOSFETとBiMOS
- まとめ
- 付録の参考文献リストについて
- 第10章の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

補遺4 バイポーラ・デバイス
- はじめに
- ヘテロ接合バイポーラ・トランジスタ(HBT)
- Si-BJTとSiGeベース、GaAsベースHBT
- サイリスタ(npnp型スイッチ)
- シリコン制御整流器
- CMOS回路における寄生npnpスイッチ
- BJTへのSPICEの適用
- SPICEのBJTへの応用例
- まとめ
- 補遺4の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

第V部 光デバイス

第11章 光エレクトロニクスデバイス
- はじめに
- 光検出器(フォト・ダイオード)
- 発光ダイオード(LED)
- レーザー・ダイオード
- 撮像素子(イメージ・センサー)
- まとめ
- 付録の参考文献リストについて
- 第11章の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

付録A 半導体デバイスの製造
- はじめに
- 基板の製造
- 不純物添加
- リソグラフィ
- 導電体と絶縁体
- クリーン・ルーム
- パッケージ

付録B 状態密度と有効質量
- はじめに
- 1次元自由電子
- 2次元自由電子
- 3次元自由電子
- 周期的な結晶場における擬似自由電子
- 状態密度有効質量
- 伝導有効質量
- 有効質量まとめ

付録C 定数・単位・元素表

付録D 記号一覧・ギリシャ文字

付録E 積分公式

付録F 有用な式

付録G 参考文献リスト

訳者あとがき
索引
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4 コメント

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電子工学科ですが、 (アマサイ)
2018-08-05 23:44:46
読んだことありません(^_^;)。
講義のテキストでたくさん。
でも原著はやすいですね。買っておこうかな。
Re: 電子工学科ですが、 (とね)
2018-08-05 23:54:40
アマサイさんへ
工学部で学んでいた人は、もう一度勉強しようという気にはならないかもしれませんね。
僕はこの分野の専門書を全く読んでいなかったから、読めたのだと思います。

> でも原著はやすいですね。
はい。樺沢先生には申し訳ないですが、僕はシュプリンガー版の中古で揃えて出費をおさえてしまいました。
物理の4つの力について (マキ)
2018-08-08 00:15:49
記事と関係ない題で申し訳ないのですが、この微視的な重力の発見は大統一理論に繋がるのでしょうか?文系の私に教えていただけると幸いです…
https://nazology.net/archives/17227
Re: 物理の4つの力について (とね)
2018-08-08 00:35:03
マキ様

ご質問ありがとうございます。
大統一理論にはいくつかのモデルがありますが、重力とは関係ありません。次の2つのリンクをお読みになるとわかると思います。(全部読まなくても「重力」というキーワードで検索するとよいです。)

大統一理論
https://goo.gl/Zeoxfr

統一理論はできるのか?
http://research.kek.jp/people/nojiri/kagaku.pdf

ご紹介いただいたCALの目的は極小環境での物質との相互作用を研究するというものですので、大統一理論や超弦理論のように究極の理論、宇宙誕生の謎に迫るとてつもない理論とくらべると、かなり「身近かな世界」の研究分野なのです。
ttps://nazology.net/archives/17227

3つの力と重力を統一する理論の候補が超弦理論や量子重力理論です。

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