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Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版

2019年08月18日 00時35分01秒 | 物理学、数学
Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版」(第2版)(初版

内容紹介:
Hirsch と Smale の記した Differential Equations、Dynamical Systems & Linear Algebra(邦訳『力学系入門』(岩波書店刊))は1974年に発刊され、力学系の入門書として現在でも非常に評価の高い本である。その改訂版にあたる Differential Equations、Dynamical Systems & An Introduction to Chaos では、著者として新たに Devaney を迎え、初版発行時に比べて非常に研究・理解の進んだカオスに関する記述が、大幅に加筆された。そしてさらに、その改訂版である 3rd edition が最新の版となる。
本書はその最新の改訂版の翻訳である。力学系に関する非常に多くのテーマに関して、たくさんの具体例を交えながら、やさしく解説している。定評のあった部分に、最近の話題まで取り込んだ、力学系の入門書として好適な、非常に価値のある書となっている。

2017年1月25日刊行、448ページ。

著者について:
Morris Hirsch: Wikipedia
Stephen Smale: Wikipedia ウィキペディア
Robert L. Devaney: Wikipedia Homepage

翻訳者について:

桐木 紳: 研究者紹介
1995年東京電機大学大学院理工学研究科博士課程修了。京都教育大学教授などを歴任し現在、東海大学理学部数学科教授。博士(理学)。専攻は力学系理論

三波 篤郎: 研究者情報
1982年北海道大学大学院理学研究科博士課程退学。現在、北見工業大学情報システム工学科教授。理学博士。専攻は力学系理論

谷川 清隆: 研究者情報
1974年東京大学大学院理学系研究科博士課程満期退学。現在、国立天文台特別客員研究員。理学博士。専攻は歴史天文学、三体問題、カオス

辻井 正人: 研究者情報 ホームページ
1991年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。現在、九州大学大学院数理学研究院教授。博士(理学)。専攻は力学系理論


理数系書籍のレビュー記事は本書で423冊目。

本書を初めて目にしたのは4年ほど前、いつも勉強に使っている地元のカフェでのことだった。隣の席にいた男性が持っていた緑色の本の表紙に「力学系」と書かれていたから目に留まったのだ。カオスやフラクタルは知っていたが「力学系」がそれらの分野を含むことに気が付いていない時期である。なぜ「力学」ではなく「力学系」なの?と僕は気になっていた。

その男性が読んでいたのは本書の原書第2版の翻訳書である。その後、2017年に原書第3版がでていることを最近知り、この分野にも興味がでてきて、直近では読み「力学系カオス: 松葉育雄」を読んで紹介させていただいた。そもそも興味の発端は、量子力学ではなく古典力学、ニュートン力学なのに、未来が予測できなくなってしまうのはなぜか?という疑問だった。カオスは3次元以上で初めておきるということも興味をそそられる。

やはり買う前に立ち読みしておくのは大事だと思った。読んでみたところ本書は松葉先生の本よりも初学者向きであることにすぐ気が付いた。読む順番を間違えてしまったようである。構成が素晴らしいし、初版から版を重ねているだけに、初学者への配慮に満ちた本である。

僕はカオス現象に興味があるわけだが、本書でカオスが始まるのは第14章からである。第13章までは、カオス理論を理解するために必要な事項、すなわち微分方程式の解の安定性に関して具体例をあげながら解析的な手法、手書きの図版による解説をていねいに積み重ねているからだ。行間や図版のレイアウトに余裕をとってあるから読み易い。翻訳の品質も全体を通じてとてもよいと思った。


章立てと内容は次のとおりである。

第1章 1階微分方程式

初等的な1階微分方程式の例を用いて常微分方程式の理論のいくつかの基本的な概念を説明する。最初の2つの例はよく知られたもので、続くいくつかの例は分岐、周期解、ポアンカレ写像などの項目を説明するために用意した。

第2章 2次元線形系

2次元線形系の微分方程式の解説と基本的な解法を説明する。

第3章 2次元線形微分方程式の相図

一般の2次元線形微分方程式の一般解を与え、解の振る舞いを調べる。後の章で述べる高次元の線形微分方程式系の解の振る舞いは、ほとんどの場合は本質的に2次元の場合に現れるものの組み合せである。

第4章 2次元線形微分方程式の分類

前章までの議論をもとに2次元の線形微分方程式をその解の定性的な振る舞いで分類する。これは2次元の線形微分方程式の解の振る舞いについて「辞書をつくる」という作業である。最初の節では係数行列の跡(トレース)と行列式に注目した分類、後の節では共役という概念を用いた分類について述べる。

第5章 多次元の線形代数

多次元の線形代数について簡単に復習しておく。多次元の場合には2次元の場合より多くの種類の標準形が現れる。しかし標準形にするための座標変換の概念は基本的には2次元の場合と同じである。

第6章 高次元の線形系

前章で線形代数を少し学んだので、本来の目的である微分方程式、特に定数係数の高次元線形系を解くというテーマに戻る。

第7章 非線形系

非線形系微分方程式について学ぶ。(定数係数の)線形系の任意の初期値問題はいつも陽に解くことができる。しかしながら非線形系ではそれは稀なことである。実際、解の存在性や一意性といった基本的性質は線形系では明らかなことだが、非線形系ではそうでもない。どのような初期条件に対しても解が存在する。また解を見つけることができた場合であっても全ての時刻でその解が定義されているとは限らない。例えば解によっては有限時間内に無限大に発散するようなことがある。つまり微分方程式の非線形系に対する理論は線形系よりかなり複雑なのである。

第8章 非線形系の平衡点

微分方程式の非線形系の解は、明確に式として書き表すことができないことがしばしばある。ただ平衡解を持つ場合は例外的に解けることがある。それに対応した代数方程式が解けるならば、その平衡点を正確に式で書き表すことができるからだ。特定の非線形系ではこの方法で求められた解が最重要になることがよくある。さらに重要なこととして、非線形系を線形系の拡張として考えるならば、平衡点の近くでの解の挙動を決定するための線形化といった手法を使うことができる。

第9章 非線形系の大域的解析方法

非線形微分方程式の解の挙動を調べるため、幾つかの定性的方法を紹介する。次章以降には微分方程式で重要な応用が多数含まれているのだが、ここで紹介する方法はあらゆる非線形系に対して有効とは限らない。その大部分は特殊な状況においてのみ有効な方法であることを注意すべきである。

第10章 閉軌道と極限集合

本章に先立つ数章では、微分方程式の平衡解を集中して考察した。これが最も重要な解であることは疑いもない。けれども、他にも同じように重要な解がある。本章では、もう1つ重要な解を調べる。それは周期解、つまり閉軌道である。平面の場合、いくつかの例外的なケースはあるものの、解の極限的な振る舞いは本質的に平衡点という閉軌道に限られる。本章では、この現象を、ポアンカレ・ベンディクソンの定理という重要な定理の形で調べる。後で、次元が2より大きい場合には解の振る舞いがもっと複雑であることがわかる。

第11章 生物学への応用

本章では、今までの数章で発展させた技術を使って非線形系をいくつか調べる。調べる対象は、いろいろな生物系の数学モデルとして使われてきたものである。11.1節では、ヌルクラインや線形化に関係する今までの結果を使って、伝染病の蔓延に関する生物学モデルをいくつか説明する。11.2節では、捕食者・被捕食者生態系のモデルとなる方程式のうち、一番簡単なものを調べる。11.3節では、もっと洗練された手法を使って、競合する2つの種の個体数を調べる。これらの微分方程式の具体的な形にはこだわらず、定性的な形についてのみ仮定を行なう。その上で、これらの仮定を基にして、系の解の振る舞いに関する幾何学的情報を導く。

第12章 回路理論への応用

本章では、まず単純ではあるが基本的な電気回路の例を示し、次にこの回路を支配する微分方程式を導く。この方程式である種の特別な場合を、第8章、第9章および第10章で展開した技術を使って、以下の2つの節で解析する。これらは、古典的なリエナール(Lienard)方程式とファンデルポル(van der Pol)方程式である。特にファンデルポル方程式は、非線形常微分方程式の基本的な例と見なせるであろう。これには周期的アトラクターとなっている振動、つまり周期解がある。非自明な解は、どれもこの周期解に向かう。線形系でこの性質を持つものはない。漸近安定平衡点は、ときに系の死を意味し、吸引振動子は生を意味する。12.4節で、片方からもう一方へ状況が連続的に移行する例を紹介する。

第13章 力学への応用

本章では、草創期の重要な微分方程式であって、微積分の起源にもかかわる例に注目する。この方程式はニュートンがケプラーの3法則を導きかつ統一するのに使ったものである。本章では、ケプラーの法則のうち2つを手短かに導き、その後で力学のもっと一般的な問題を議論する。

第14章 ローレンツ系

本章ではある方程式を詳しく調べる。それは、あらゆるカオス的微分方程式の中で疑いようもなく最も名高い方程式、すなわち、気象学から出たローレンツ方程式である。極度に単純化された大気対流のモデルとして、1963年にE.N.ローレンツ(E.N.Lorenz)によって最初に定式化されたこの系は、後に「ストレンジ・アトラクター」として知られるようになるものを持つ。ローレンツ・モデルが大ニュースとなり始める以前は、微分方程式で知られていた安定なアトラクターのタイプは平衡点と閉軌道だけだった。ローレンツ系は、科学と工学のあらゆる領域において、真に新たな地平を切り開いた。なぜなら、ローレンツ系の中に現れる多くの現象が、これまでに本書で調べた全ての分野(生物学、電気回路理論、力学など)において、後に見出されることになるからである。

第15章 離散力学系

本章の目的は、離散力学系研究の扉を開くことである。微分方程式の流れの研究は、ポアンカレ写像の反復合成の研究に還元させることがしばしば可能である。この還元には「可視化をより容易にする」や「解を見つけるために積分する必要がない」という単純化に関する重要な点がある。この2つの単純化により、微分方程式でしばしば現れる複雑なカオス的挙動を理解することが、はるかに容易になる。この章では1次元におけるカオス的挙動の理解を助けてくれる程度の内容に制限し、次章以降では高次元に拡張する。

第16章 ホモクリニック現象

本章では、カオス的挙動を示す他のいくつかの3次元微分方程式を詳しく調べる。これらの系としては、シルニコフ系やダブルスクロール・アトラクターなどが含まれる。ローレンツ系と同様に、これらの系を研究するための主要な手段は、まずそれらをより低い次元の離散力学系に還元し、その後、記号力学系を呼び出す、というものである。この場合の離散系とは、馬蹄写像と呼ばれる平面上の写像である。これは、完全に解析されることになるカオス系の1つだった。

第17章 存在と一意性 再訪

本章では、第7章で紹介した題材に立ち戻るのだが、今回は前に省いてしまった証明や技術的な細部の全てを埋めていく。そのため、本章は他の章に比べてより難しい。しかしながらこれは、常微分方程式の厳密な学習においては主要な部分である。本章の証明を完全に理解しようと思ったら、読者は、実解析における、一様連続性、関数の一様収束やコンパクト集合などの概念に慣れている必要があるだろう。


あと、「まえがき」と「訳者まえがき」は本書の特徴をとてもわかりやすく説明しているので掲載しておこう


まえがき

本書の原書第1版が出版されて30年、力学系という数学の一分野には多くの変化があった。1970年代初頭、高速に演算やグラフィックのできるコンピュータなどは我々には縁遠いものであったし、カオスという用語も数学的に用いられていなかった。そもそも微分方程式や力学系の理論に興味をいだく者の大多数は、数学者の、それもごく小さなグループに限られたものだったのだ。

しかし、この30年で我々をとりまく環境は激変した。コンピュータはどこにでもあるし、微分方程式の近似解を求め、その結果を容易に視覚化できるようなソフトウェアが普及している。そのおかげで、微分方程式によって定められる非線形力学系の解析は、かつてより身近なものになった。さらに、馬蹄写像、ホモクリニックなもつれ、ローレンツ系といった複雑な例の発見と、それらの解析は、平衡点や周期解といった単純で安定な動きの解が、もはや微分方程式の研究の最重要事項ではないと科学たちに確信させたのだ。また、これらカオス現象の持つ美しさと、比較的それらにアクセスしやすくなったことが動機となって、科学や工学の様々な分野で、それぞれ重要な微分方程式がより注意深く見直され、カオス的な性質が発見された。例えば、化学におけるベルーゾフ・ジャボチンスキー振動、電気工学のチュアのカオス的回路、天体力学の複雑な動き、それに生態系で起こる分岐現象など、今では科学のほとんどの分野において、力学系的現象を見ることができると言ってよいであろう。

その結果、微分方程式と力学系に関するテキストの読者層は、1970年代にくらべてかなり増え、その分野も多岐にわたるようになった。本書もそれに応じて、HirschとSmaleの原書から、次に列挙するような大きな変更をするようになった。

1. 線形代数の説明は減らし、抽象的なベクトル空間やノルム空間などの概念、 n x n 行列の標準形の帰納的な証明などは全て省略した。どちらかといえば 3 x 3以下の行列を主に扱う。

2. 新たにローレンツ系、シルニコフ系、ダブルスクロール・アトラクターなどのカオス的な性質について詳しい説明を行った。

3. 従来から載っていた応用例を更新し、新しいものも多くつけ加えた。

4. 力学系を C~∞級 で考えたので、定理の主張の多くから煩雑さが軽減した。

本書は3つの主要な部分から成っている。最初に、線形微分方程式系と1階の非線形微分方程式系を扱う。次に、このテキストの核ともいうべき話題として、2次元の非線形系に焦点を合わせ、様々な分野への応用も取り扱う。そして最後に、高次元の力学系を扱うが、ここでは平面の力学系では起こりえないタイプのカオス的性質に焦点をあてる。また、それらを調べるのに有効な手段である離散力学系への簡約化も説明する。

バックグラウンドの全く異なる様々な読者に対して、本を書くということは意味のある試みである。まず、本書は、少し進んだ微分方程式の講義のテキストとして使えるであろう。また、数学者のみならず、科学者、工学者で、それぞれの分野に現れる微分方程式を分析するために充分な数学的なテクニックを探している場合にも役に立つであろう。線型代数や実解析のしっかりしたバックグラウンドを持っている者や、そうでない者も本書を手にとるであろう。このような両者に本書を読んでもらうために、極めてわかりやすい低い次元の微分方程式系から話は始める。この話題のほとんどは、微分方程式をすでに知っている読者には復習となるだろうし、彼らのために最初から最新の話題もちりばめられている。

具体的には、最初の1階微分方程式を扱うところでは、おなじみに線形微分方程式と生物の個体数に関するロジスティックモデルの話題から始まる。さらに、生物間の補食・被捕食関係から導き出されるロジスティックモデルにおいて、その定常状態や周期的状態も扱う。これによって早い段階から分岐という概念を導入でき、さらにポアンカレ写像や周期解なども説明している。これらの話題は、微分方程式の初学者には聞き慣れない話だろうが、多変数の微積分の知識がある者なら誰でもわかる内容である。もちろん、まずはそのような特別な話題を飛ばして、もっと基本的な内容を理解しながら読むのでも構わないであろう。

第2章から第6章までは、微分方程式による力学系を扱う。急がずに、第2、3章では2次元の線形代数と線形微分方程式系のみを扱う。第5、6章で高次元の線形微分方程式系を扱う。ここでも一般的な n次元の場合ではなく3または4次元だけを扱うのだが、これらのテクニックは簡単に高次元に拡張できることを強調しておく。

本書で最も大切なことは、非線形力学系の話題である。線形力学系の場合と違い、非線形力学系には理論的な難しさがある。例えば、その解の存在と一意性や、初期条件やパラメータに関する解の依存性などに関することがそれである。第7章では、これらの難しい問題にのめり込むのはやめて、重要な定理のみを述べる。さらに、その定理が何を述べていないかも含め、例を使って説明する。これら定理の証明は全て最終章に載せてある。

非線形を扱った最初のいくつかの章で、平衡点の近傍での線形化、ヌルクライン解析、安定性定理、極限集合、分岐理論などの重要なテクニックを紹介する。また、後半でこれらのアイデアを生物学、電気工学、力学などへ応用していく。

各章末に「探求」という節が設けられているが、そこには特別な話題や、より進んだ応用に関わる数値実験などを載せた。それら全てにわかりやすい導入がなされ、さらに進んで学べるよう参考文献も付けた。しかし、それらの利用の仕方は全て読者に任せる。手がつけられるように並べられた問題は、それらを詳しく分析していけば、いずれ本格的な研究になるよう、どのように扱えばよいかヒントを与えるようにした。だからよくテキストの末尾に付いている「答え」は本書には載っていない。これらの探究に対する完璧な答えは、それを探求する読者のみが知りうることで、誰かが知っていることではないのだ。

最終章ではカオス的性質としてよく知られる、高次元力学系の非線形特有の複雑な性質を扱う。まず、有名なローレンツの微分方程式系を通してカオスの概念を紹介する。3次元以上の力学系を扱うときの手法として、その微分方程式が有する複雑性の本質を損なうことなく、よく知られた離散力学系とか反復写像に簡約化することがある。そのために離散力学系を学び、記号力学がカオス的な力学系をどのように完璧に記述するのかを知ることもできる。このテクニックをホモクリニック軌道の存在などに関するカオス的力学系に応用するため、さらに非線形微分方程式で定義された力学系を扱う。

本書に関する情報、例えば、訂正箇所や本書を使って講義やゼミを行う方々に有益な話題など、全て http://math.bu.edu/hsd/ にて提供している。また本書に関するご意見などもこのサイトで受け付けている。

第3版で新しくなったことは、数多くの探究が追加された証明が簡略化かつ修正されたことである。新しく追加された探求の中には、数値実験が時として失敗に終わる理由に焦点を当て考察するところがある。すなわち本書では早いうちに探求でカオス的な挙動に触れることができる。また別の新しい探求では、ゾンビという感染した個体群をこれまでの感染症のSIRモデルに加味し考察している。さらに3つ目の新しい探求では、グライダーの運動の説明をしている。


訳者あとがき

本書は2012年に刊行された原書第3版、力学系の入門書の翻訳である。これはHirsch、Smaleによって1974年に著された原書第1版を、第3の著者であるDevaneyがローレンツ系やホモクリニック現象などの章を増補し、全体的にわたって大幅に改稿したものである。ちなみに原書第1版は田村一郎、水谷忠良、新井紀久子によって「力学系入門(1976)」として翻訳出版された。

注意していただきたいのは、今回の翻訳を行った原書が第3版であることである。原書第2版は2004年に出版されており、その翻訳は2007年に第2版として刊行している。(翻訳者は本書の翻訳者と同じ)

実はこの第2版の翻訳に満足できず、改訂を行う機会があればと考えていた矢先に原書の第3版が出版されたのは良い機会であった。しかし原書に施されているであろう修正が膨大であることを知り、手をこまねいていたのが現実であった。というのは原書の第2版と第3版を比較し、修正箇所を特定したのち翻訳し直す作業は、新しい本を最初から翻訳するのとは全く違い、多大な時間と労力が取られるのは明らかだったからである。そのような困った事態を前に、共立出版の大越隆道氏がこれらを並べ一言一句比較し、変更箇所を全て特定するという非常に骨の折れる作業を買ってでてくれた。その数はほぼ全ページに渡り、優に4000箇所を超えていた。これに加え大幅に加筆があった箇所は次の通りである。

- 7.6節を追加
- 8.3節の安定曲線定理の証明
- 8.4節に定理を追加
- 11.6節を追加
- 13.10節を追加

大越氏のおかげで各々(第1~5章を辻井、第6~9章を桐木、第10~13章を谷川、第14~17章を三波)が改訳と修正を行い、最後は全体を通して確認し、ここに原書第3版の翻訳の完成に至ったわけである。

また原書第2版に含まれていた数学的過ちの多くは、原書第3版でも放置されたままであった。ゼミで直しながら読むという著者の教育的配慮を台無しにしてしまうことになるかもしれないが、この翻訳では気づいた数学的過ちは全て修正を施した。またそれら修正箇所を全て訳注として残すことは、数学においてあまり価値を見出せることではないので必要最小限に留めた。


今回紹介した本の翻訳のもとになった英語版はこちらの第3版である。Kindle版でもお読みいただける。

Differential Equations, Dynamical Systems, and an Introduction to Chaos, Third Edition 3rd Ed」(Kindle Ed)(2nd Ed



専門書の紹介

カオス現象はいくつも種類があるが、スメール博士によって考え出された「馬蹄(ばてい)」のアイデアにより「カントール集合」と呼ばれる離散的な無限集合を含んでいることが発見された。馬蹄とは馬の足につけるU字型をした蹄鉄のことである。そしてカオスを「無限小数」に記号化して表現、計算することが可能になり、研究に進展をもたらした。「カントール集合」が比較的シンプルな微分方程式の解に、そして現実の物理現象にあらわれるとは、僕には驚きだった。しかし、現実の物理現象は不確定性原理にも支配されているから、カントール集合であらわされる無限小の力学的ポテンシャルには限界があるはずだと僕は予想している。カオス理論は力学系を研究する数学なのだ。少しだけ読んだところ、この本はなかなか手ごわい。

馬蹄への道: 2次元写像力学系入門: 山口喜博、谷川清隆


あと、読んでみたいのが次の本。出版社による内容紹介は次の通り。

理解困難な力学系理論をその歴史から展開して学部学生にも理解できるよう構成したユニークな書。『力学系とエントロピー』として1985年に初版発行以来、長年にわたり多数の読者にご愛読いただいてまいりました。この度、多くの読者からの要望を受け発行するものです。

復刊 力学系とエントロピー(2013、304ページ)」(復刊前の版(1985)、288ページ



カオスを含め、この分野は「力学系」として分類される。以前紹介した松葉先生による本はこちら。今回紹介した本よりも扱っている例が多く、高度である。

力学系カオス: 松葉育雄」(紹介記事


力学系の本: Amazonで検索
カオスの本: Amazonで検索


教養書の紹介

カオスや力学系全般を数式なしで解説した教養書は、まだ読んでいないが、次のような本がよさそうである。ほかにお勧めの本をご存知の方は紹介していただきたい。

カオス的世界像―非定形の理論から複雑系の科学へ: イアン スチュアート」(紹介記事
カオスとフラクタル (ちくま学芸文庫): 山口昌哉
 

一風変わったところでは、この本が面白いかもしれない。

カオスの紡ぐ夢の中で: 金子邦彦



関連記事:

力学系カオス: 松葉育雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/12392ac282d10deed28914d8182c2286

ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8dc81ef7e48c812b56befcc2345d59d4

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5c51d50e2141c8ae58c9323ad49b65a1

天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/88846fbb12ed1f8b11a49f0659b93c75

数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/165c894d023b1174fd519522935cdeeb

カオス的世界像―非定形の理論から複雑系の科学へ: イアン・スチュアート
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4ace135356ba99a1cb549bbbf073a591


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Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版」(第2版)(初版


第3版 まえがき
まえがき

第1章 1階微分方程式
1.1 最も単純な例
1.2 ロジスティック方程式
1.3 分岐現象
1.4 周期点
1.5 ポアンカレ写像
1.6 探求:2パラメータ族

第2章 2次元線形系
2.1 2階微分方程式
2.2 2次元の系
2.3 線形代数からの準備
2.4 平面上の線形系
2.5 固有値と固有ベクトル
2.6 線形微分方程式系の解法
2.7 重ね合わせの原理

第3章 2次元線形微分方程式の相図
3.1 相異なる2つの実固有値の場合
3.2 複素固有値
3.3 重複した固有値
3.4 座標変換

第4章 2次元線形微分方程式の分類
4.1 跡と行列式
4.2 共役による分類
4.3 探求:3次元パラメータ空間

第5章 多次元の線形代数
5.1 線形代数からの準備
5.2 固有値と固有ベクトル
5.3 複素固有値
5.4 基底と部分空間
5.5 重複した固有値
5.6 通有性

第6章 高次元の線形系
6.1 相異なる固有値
6.2 調和振動
6.3 重複した固有値
6.4 行列の指数関数
6.5 非自励線形系

第7章 非線形系
7.1 力学系
7.2 存在と一意性定理
7.3 解の初期条件に関する連続性
7.4 変分方程式
7.5 探求:数値実験の方法
7.6 探求:数値実験とカオス

第8章 非線形系の平衡点
8.1 いくつかの具体例
8.2 非線形系の沈点と源点
8.3 鞍点
8.4 安定性
8.5 分岐
8.6 探求:複素ベクトル場

第9章 非線形系の大域的解析方法
9.1 ヌルクライン
9.2 平衡点の安定性
9.3 勾配系
9.4 ハミルトン系
9.5 探求:強制振り子

第10章 閉軌道と極限集合
10.1 極限集合
10.2 局所切断面と流れ箱
10.3 ポアンカレ写像
10.4 平面力学系の単調点列
10.5 ポアンカレ・ベンディクソンの定理
10.6 ポアンカレ・ベンディクソンの定理の応用
10.7 探求:振動する化学反応

第11章 生物学への応用
11.1 伝染病
11.2 捕食者・被食者系
11.3 競合種
11.4 探求:競合と移出入
11.5 探求:SIRモデルにゾンビを加える

第12章 回路理論への応用
12.1 RLC回路
12.2 リエナール方程式
12.3 ファンデルポル方程式
12.4 ホップ分岐
12.5 探求:神経力学

第13章 力学への応用
13.1 ニュートンの第2法則
13.2 保存系
13.3 中心力の場
13.4 ニュートン中心力系
13.5 ケプラーの第1法則
13.6 2体問題
13.7 特異点のブローアップ
13.8 探求:他の中心力問題
13.9 探求:量子力学系の古典極限
13.10 探求:グライダーの運動

第14章 ローレンツ系
14.1 イントロダクション
14.2 ローレンツ系の基本的性質
14.3 ローレンツ・アトラクター
14.4 ローレンツ・アトラクターの1つのモデル
14.5 カオス的アトラクター
14.6 探求:レスラー・アトラクター

第15章 離散力学系
15.1 イントロダクション
15.2 分岐
15.3 離散ロジスティック・モデル
15.4 カオス
15.5 記号力学系
15.6 シフト写像
15.7 カントールの中央1/3集合
15.8 探求:3次カオス
15.9 探求:軌道ダイアグラム

第16章 ホモクリニック現象
16.1 シルニコフ系
16.2 馬蹄写像
16.3 ダブルスクロール・アトラクター
16.4 ホモクリニック分岐
16.5 探求:チュア回路

第17章 存在と一意性 再訪
17.1 存在と一意性定理
17.2 存在と一意性の証明
17.3 初期条件に関する連続性
17.4 解の延長
17.5 非自励系
17.6 流れの微分可能性

参考文献(洋書のみ)
訳者あとがき
索引

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4 コメント

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Unknown (通りすがり)
2019-08-18 18:42:33
この本じゃないけど、ここで紹介されていた「ディープラーニングと物理学」を読んでいたら、「カオスの縁と計算可能性の創発」というコラムに、KdV方程式で記述される物理現象にソートアルゴリズムが内包されていると書かれていたのは驚きだった。
通りすがりさんへ (とね)
2019-08-18 19:44:49
通りすがりさんへ

その箇所を読んだとき、僕も驚きました。このページですよね。
https://bit.ly/2HcTTET
なっとく (hirota)
2019-08-19 11:32:34
一瞬、驚いたけど。ソリトンは大きなソリトンの方が速いんだから、ほっとけば大きなソリトンが追い抜いて大きさ順になるのは当然だった!
Re: なっとく (とね)
2019-08-19 12:16:23
hirotaさんへ

通りすがりさんからの返信かと思ったらhirotaさんからでした。

なるほどそうですね。そのように考えればわかりやすいですね。

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