テーマ:懐かしい昔の話(539)
カテゴリ:父の麦わら帽子
(▲2007年中国で見た牛。) 私はベジタリアン。 私が、ベジタリアンになったのは、わが家に飼っていた牛が原因。 私が小学校に入る前の話。 昔から私は、食い意地のはった子どもだったみたいで、それは今も変わりません。 当然、お肉も大好きだったそうです。 そしてその好物のお肉を食べながら父に聞きました。 「お肉は、なにで出来てるん?」 その頃は、どこの家でも、たいていの物は自分の家で作るのが普通でした。 味噌や漬物は言うに及ばず、うどんやそばをうったり、干瓢(かんぴょう)を作ったり・・・。 それも、小麦やそば、干瓢など、種蒔きから始めるのです。 家で作らないものも父が材料と作り方を教えてくれました。 豆腐は、油揚げは、チクワは・・・。 幼い私が理解しようがしまいが教えてくれたのです。 それで私は聞いたのです 「お肉は何で出来てるん?」と。 「ボウじゃ」と父は答えました。 ボウとは牛の幼児語。 「ボウ?」私は、ビックリしました。 今の今まで自分がボウを食べているなんて思っていなかったからです。 その日以来、私は肉を食べなくなりました。 隣村に、猟が趣味の人がいて、よくイノシシを撃っては家の前で、解体していました。 小学生になった私は、その家の前を目をつぶって、走りぬけていました。 川でドジョウやカワニナをとって、グラグラ煮える鍋に入れる。 それをおいしい、おいしいと言って食べる人間がいやでした。 「人間て野蛮。 平気で動物を殺して食べるもん」と私。 すると父が言いました。 「動物はみな、何かを食べにゃ、生きられん。 草を食う虫も、鳥に食われるし、その鳥をもっと大きな動物が食う。 人間も同じじゃ。 それに生命という点では野菜も同じように生きとる。 野菜も人間に食べられるようにと思うて、大きくなっとんじゃない。 みな、自分の子孫を残そうと思って生きとるんじゃ。」 以来、少し心が軽くなったものの、やっぱり肉は食べられず、先日、乗った飛行機の機内食は、ベジタリアンコースだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[父の麦わら帽子] カテゴリの最新記事
|
|