当日の正午過ぎ、伊豆の大村さん宅に到着したN雄は、広大な庭畑を眺めながら、差し出されたお茶に一服しているところでした。

 

 「どうしても、その顔を見たいというんだね・・・。」

 

 何度もN雄に謝罪をした後で、湯飲みを静かに置くや、大村さんは、上目遣いに低くささやきます。

 

 「ええ、ここまで来たからにはね。それに、よく考えたらですね、恵子に関しては、顔なんか関係ないって、最近思うようになったんですよね。」

 

 「・・・・・。」

 

 「側に一緒にいるんだという、息吹のような目印さえあれば、それで十分なような気がするんです。」

 

 「そうか・・・。それじゃ、行こう。」


 N雄の哀切こもる物言いには返答せず、まるで、計算しつくされたかのように素早く腰をあげる大村さんです。

 

 やがて、以前に入室したことのある倉庫のような作業場に灯りがともったときです。

 

 中央には、以前と同じように外科手術室のようなベッドがあり、そのうえには、やはり、以前と同じように眠っている恵子のラブドールが茫漠的に眼にうつります。

 

 しかし、今回は白いブラウスに黒いスカートを身につけた状態で、顔だけにシーツが敷かれ、横たわっているわけです。

 

 これで、十分じゃないか、よくコトバにできないところですが、N雄としては、どうも、この人形を抱擁する目に見えない原型が脳裏に刻みつくわけです。

 

 段々とですね、恵子という女が仮の姿であり、その最奥にある何かが、ふと琴線に触れたような気がしたものです。

 

 「心を平静にしてね、よく、見てみるんだよ・・・・。」


 顔上のシーツを一気に外した大村さんです。

 

 シーツが外れ、その顔をみたときです。

 

 うっ・・・!

 

 しばらく、唖然として、そのラブドールの顔を見つめ続けるN雄です。


 どのくらいの時間がたったのでしょうか、不意に、彼は怒りのこもった眼光で、大村さんに声を荒げます。


 だ、誰だ・・・!

 

 これは・・・!

 

 確かに恵子に似ている、しかし、そこには、恵子とは少し違った優しそうな風貌をした平凡な女性が静かに寝ていたのです。

 

 帰りの電車道、しばらく、考え続けるN雄です。

 

 顔が違えば、雰囲気が全然違ってくるのはあたりまえだ、しかし、どうしてでしょうか。全身から漂う、それが何であるのかはよくわからないのですが、目に見えないオーラに同じものを感じた・・・。

 

 それに、あの女、遠い昔にね、どこかで見たことがあるような気がするぞ。

 

 一週間後でしょうか。

 

 大村さんの元に、卸先の渋谷のポルノショップの屋田さんから一本の電話が入ります。

 

 「N雄さんがね、あのラブドール、そのままで引き取りたいといっているのですが・・・。」

 

 それから3年の歳月がたちます。

 

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