それは、葬儀屋時代に最も思い出深い出来事でした。
3月だというのに、雪さえ降りそうなどんよりと曇った寒い日の昼下がり・・・事務所に一本の電話が。
声の主は、私の友人S君が所属する草野球チームのメンバーだとおっしゃるYさんという方で、S君から私のことを聞いて電話をしたとのこと。
「あの~、急いで葬儀のことをご相談したいのですが。」
とYさん。 お話を伺うと、Yさんは40歳前半の方でしたので、
「わかりました。 ではご都合のよい場所に、私の方から伺わせていただきます。
で、ご対象になる方は、失礼ですがY様の親御様でいらっしゃいますか?」
という私の問いかけに、電話口から返ってきたYさんの答えは、
「いいえ・・・実は私なんです。」
「・・・エッ!?」
全く予想外の答えに、一瞬絶句した私は、翌日入院先での面談を約束して受話器を置きました。
そして翌日、指定された病院の談話室に伺うと、そこにはYさんともうお一人、上品な初老のご婦人がいらっしゃいました。
もしや・・・ご挨拶させていただくと、やはりYさんのお母様。
私は過去何度もご自身の葬儀についての生前相談をお受けしたことはありましたが、お母様同席で・・・というのは初めての経験でした。
最初から泣きっぱなしのお母様をなだめながら、Yさんは
◆ 自分は1週間前、医師から余命1ヶ月という宣告を受けた。
◆ 自らの葬儀はお仕着せのものでなく、仕事で世話になった方々や、
チームメート・友人など、できるだけ多くの方に笑顔で送って欲しいので、 絶対に元気なうちに自分の葬儀の打ち合わせがしたかった。
◆ 母はそれに強く反対したが、数日かけて説得して昨日私に電話をかけた。
等々、あまり具合が優れないご様子ながらも、一生懸命にご自分の思いを伝えて下さいました。
「・・・わかりました。 お母様の前で息子さんのご葬儀の相談をされるのは大変辛いことだと存じますが、Y様の強いお気持ちを受け止めて、私も率直にご提案させていただきます。」
と私もハラをくくると、Yさんの体調を考えて出来る限り時間をかけないよう心がけつつ、ご相談をさせていただくこと1時間余り。
最後にYさんが、
「本当は来てくれた方全員に 『ありがとう』 って言いたいょねぇ。」
と呟くようにおっしゃったのを聞いた私は、
「ではYさん、会葬者の方に伝えたい言葉、病室で録音されたら如何ですか? 私がそれを皆様に必ずお聞かせしますょ。」
それを聞いたYさん、少し辛そうだったお顔がパァ~ッと明るくなられました。
「あ、なるほど。 それ、いいですね。」
ご要望を全てお聞きし、それらについてご説明・ご提案をさせていただいた私は、お二人におかけする適当な言葉が見つからないまま、「それでは」 と席を立とうとしました。
すると、Yさんは
「今日は乗りにくい相談に応えていただいて、ありがとうございました。
おかげさまで気持ちが楽になりました。 後はよろしくお願いします。」
とおっしゃり、遠慮する私を 「まぁ、そうおっしゃらず」 と、お母様に支えられながらエレベーターホールまで見送りに来て下さいました。
エレベーターに乗り、ドアが閉まる刹那・・・。
「どうか、頑張ってください。」 と搾り出すように声をかけた私に、
「今日は、ありがとうございました!」
手を振りながら言葉をかけて下さったYさんの笑顔を私が見たのは、残念ながらこの時が最期となってしまったのです。
・・・・・To be continued.