カラヤンのドヴォルザーク。複数回録音が繰り返された「新世界」交響曲。エンジェルの77年盤です。オーケストラのショウピース的な作品でも手を抜かない。カラヤン流というものがあるとしたら、もはや通俗名曲ともいうべき「新世界」にも通じることかもしれません。85年盤にいたり完結する「新世界」。カラヤンのドイツ・レパートリーはベートーヴェン、ブラームスといったところで、何度も録音が繰り返されました。これに交じって、スラヴ系のチャイコフスキーやドヴォルザークが加わるのもカラヤンらしいのです。89年に亡くなった。85年盤の響きは、やはりカラヤン流儀のものでしたが、こちらはウィーン・フィル。やはり何度も共演していたオーケストラですが、77年盤と志向が異なるものです。昔日からあるご当地ものという論争。たとえばターリヒ、アンチェル、ノイマン、コシュラーといったものはドヴォルザークの出自に源をもとめ、強い説得力を持ちます。チェコを離れることになったクーベリック、マーツァルともなると、外のオーケストラではコスモポリタンとして民族性の強調はありません。カラヤンやフルトヴェングラーのようなドイツ流のアプローチも古く、ドイツ流の構築では60、70年代の録音がイメージされるカラヤン流に近いものとなっています。ハンガリー系の指揮者、セル、ライナーといったところはアメリカの管弦楽だを得て、ダイナクミクスで音響的な興趣をとどめました。ドヴォルザークは作曲時、アメリカにあり、作品も「新世界より」。アメリカ時代を代表するものとして、バーンスタインのような流儀も可能でしょう。カラヤンのスタートもドイツのトスカニーニ的な側物アプローチであり、現代的な「新世界より」演奏の原点は53年録音の古いものとみなすこともできます。カラヤンの77年盤は、2楽章でも望郷のメロディでゆらぐことはなく、民族的なところにも深入りしません。実際、作品はアメリカで書かれましたが、ブラームスに連なる作曲家として、作品の骨格はドイツ音楽にあり、ヨーロッパにあったブラームスがジムロック社と校正を行いました(のちに作曲者自身による改訂稿)。その出自はドイツ交響曲としてのアプローチ。

 

当盤では全曲中一度だけあらわれる有名なシンバルの一打ちが貧相なことでも有名ですが、全体は大交響曲としてのそれです。ハンスリックがブラームスの第4交響曲のトライアングル使用を批難したように、ドヴォルザーク作品にはトライアングルが使用され、第2楽章、有名な「家路」の旋律には交響曲使用に批難されることもあるイングリッシュ・ホルンが使われています。保守性と新機軸の混交。ナショナリズムはロマン派が独自のものを求め、各地固有のものを見出し価値を認めたところに端を発します。この旋律もアメリカから旋律を引いたものではありません。たとえばバーンスタイン、イスラエルフィルのように連綿と歌い、長時間をかけるものもありますが、ドイツ流とは、作品の骨格を明らかにするもの。メロディスト、ドヴォルザークの豊かな旋律こそがボヘミア的な資質とともに、独自のものとなっています。カラヤンで論評される音響のデザイナー、あるいは芸術とは無縁のところから解くという批判もありますが、効果は演奏によってもたらされるものであり、少なくともこの録音では効果をねらったものとはなっていません。スタイリッシュというだけでは片づけられない、複数の録音の年次を追うことで違いもたどることができる音楽です。

 

 


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