77年録音。アビー・ロード・スタジオ。リヒテルと若き日のムーティの共演が話題になったベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番です。41年生まれのムーティは30代半ば。15年生まれのリヒテルは50代の前半。20世紀最大の巨匠と若き俊英。リヒテルにとってベートーヴェンは特別な音楽でしたが、ソナタも協奏曲も網羅的に捉えることはありませんでした。協奏曲も第1番と3番のみにとどまるものです。ゆえに当盤は、ザンデルリンクとの共演などと並び力強い響きを奏でる数少ない記録となっています。その後も、音源は掘り起こされ、この二人の共演は注目を浴びることになりました。大御所との共演に不安だったムーティがリヒテルのもとを訪ねる逸話がムーティの自伝にあります。その際、ピアノでモーツァルト、ブリテンの協奏曲が試奏され、「もしあなたがピアノを弾いたように指揮するなら素晴らしい音楽家です。あなたとコンサートをすることにしましょう」(『リッカルド・ムーティ自伝』)。リヒテルは、共演者をしばしばこのように試しましたし、ムーティもピアノを弾くのと同じように管弦楽をコントロールすることができました。そして、演奏の技術というより音楽性をみたのです。ベートーヴェンのピアノ協奏曲は、ベートーヴェンがピアノを弾き演奏することが前提の作品でした。第1、2協奏曲が個性を発揮しつつもモーツァルト的世界の延長にあったとすると、ベートーヴェン的な個性が発揮された最初の協奏曲。いわゆる「傑作の森」にあたる中期作品です。第3協奏曲は古典的な形式をとりつつもハ短調という唯一の短調作品で劇性を備えています。ハ短調は第5交響曲と同様のベートーヴェン的な調性であり、古典的な導入である管弦楽の入りから交響的な効果が発揮されます。この冒頭からムーティの指揮は引き締まっています。リヒテルのピアノが登場すると、表現はむしろ抑制気味で古典を演奏するのと同様のバランスがあります。第4協奏曲の当時の人にとっては意表をついた出だし、あるいは第5協奏曲の交響的な枠組みの中に作曲者のコントロールするカデンツァを組み込むという試み。形で当時の人々を驚かせたベートーヴェンですが、第3協奏曲の性格は従来の枠の中にあります。リヒテルのピアノは均衡の内にもすでにロマン的なものを備えているように夢幻を映します。弱音は美しく情感も深い。カデンツァはベートーヴェンのものを採用。

 

当盤の併録はモーツァルトの協奏曲第27番でした。こちらはベートーヴェン的な劇性とは一転。明朗な響きで、ムーティの共演もリヒテルの牽引に伍して共感あふれるものとなっています。カデンツァはブリテンのものを採用。意表をつくものですが、現代のピアノで古典的な作品を現代に展開する試み。ピアニストの大きさを聞き、その響きの人間的なものを確認することができる特別な一枚です。

 

 


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