88年録音。フォーレのレクイエム、初稿にあたる1893年稿を用いた編成。ヘレヴェッヘ指揮のアンサンブル・ミュージック・オブリク、二人の独唱はアニェス・メロン、ペーター・コーイ、シャペル・ロワイヤル、サン=レイ少年合唱団の演奏です。2001年フルオーケストラ版にあたる1901年稿をも録音。そのさいに、98年の出版校訂譜を使用するなど、近年の成果をも受けて高い識見のもと演奏を展開しているヘレヴェッヘ。響きの違いを確認できるだけでなく、鋭くフォーレのレクイエムの音楽に迫るものです。現存する最古のレクイエムとされるオケゲム作品、ルネサンスのレクイエムの在り方とロマンのフォーレの時代は隔絶しています。いわゆる三大レクイエムはモーツァルト、ヴェルディにフォーレ作品を加えることが多いものです。カトリックでの祭儀。「安息を」を意味するラテン語です。構成のうちには入祭唱、キリエ、詠唱、続唱、奉献唱、サンクトゥスなどと続くものです。構成には異同があり、たとえばフォーレ作品には続唱の「怒りの日」がありません。「怒りの日」の典型、モーツァルト、ヴェルディ、あるいはベルリオーズの壮麗な響きは、「安息」からは遠く劇的な要素をもっています。本来はカトリックのミサという実用目的が、演奏会でのオラトリオ的な公演と典礼から離れてきたのです。

ヘレヴェッヘの用いた1893年稿は、室内楽編成に基づいています。マドレーヌ寺院ではオルガニスト、礼拝堂の楽長などをつとめたフォーレ。1885年に父、1887年に母を亡くし結実した作品はフォーレによると「特定の人物を意識して書いたものではない」にもかかわらず静的で祈りに満ちたものとなっています。マドレーヌ寺院での初演を再現しようという試みです。このとき「怒りの日」を欠いたため「死の恐ろしさを表現できていない」ことを批難されました。「死の恐ろしさ」ではなく、「安らぎ」こそが作品の本質でした。典礼にそのまま用いるには問題があった作品。1893年稿は、寺院での演奏という実用からきています。そのための用いることのできた編成が室内楽編成でした。フォーレの音楽は大編成で壮麗にならされるものとは遠いものです。今日、耳にするほとんどのものが第3稿、フルオーケストラによるものですが、フォーレ自身によるオーケストレーションかについては疑問も提示されていて、弟子にまかせたという説があります。真偽は不明ですが、作品の本質は演奏によって展開されるものです。フルオーケストラを用いたものであっても、フォーレの静的な祈りは音楽に再現されます。ロマンの時代に奇蹟のように生まれた抒情。演奏の柄の大きさではなく、小ささ、響きの違いを確認したい名盤でした。


 


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