バッハのカンタータ第202番「消え去れ、悲しみの影」、通称「結婚カンタータ」を中心に編まれたカークビーの歌唱、ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団。96~97年の録音です。BWV202のほかにアリア「あなたが私のそばにおられるなら」 BWV508(G.H.シュテルツェル作?)、アリア「わが魂よ、思い起こしなさい」 BWV509 (作者不詳)、カンタータ 第210番《ああ、愛らしい目、待ち望んだ時》 BWV210を収録しています。バッハの音楽に厳粛な印象を持つ人は多いものです。壮麗なオルガン曲、マタイ、ヨハネの両受難曲、カンタータのおよそ200曲にのぼる成果も、そういった印象に一役買っているかもしれません。およそ20曲ほどの世俗カンタータは、宗教的な気配から離れ、コーヒーの愛飲や、農民、狩といった生活からとられたものがあり、当時の生活を伝えています。教会カンタータの作曲、演奏、それにともなった指導はバッハの責務でしたが、世俗カンタータは、依頼に基づき応えた作品です。結婚を祝うこともそれであり、親し気な音楽が付せられるのも当然です。結婚式のための作品はBWV202にとどまりません。むしろ、BWV202を特別なものとしているのはソプラノの歌唱、独唱カンタータとして整った形をもっていることにあります。ここでのソプラノもまた清澄な声にのみ許されたもの。シュターダーとリヒター、ほかソプラノだけでもアメリング、ギーベル、マティス、バトル、ヘンドリックスといった声質は、音楽の中身とも一致しています。またソプラノが取り組むものとして編まれることが多い作品です。

バッハの世俗カンタータは、ギリシア劇などを題材にして音楽劇として演じられることがありました。結婚カンタータも素材をギリシア神話からとっています。劇的展開ではなく、フローラが春を運び、アモーレ、愛が成就し、将来の苦難も共に心をあわせるという教訓をも盛り込みます。残っているものは筆写譜。ケーテン時代、あるいはヴァイマル時代にまで遡るという説があり、小さい編成ではオーボエが活躍します。これは内容からも大貴族云々の壮麗なものではなく、身内の小さな挙式であり、より親し気な雰囲気を醸し出しています。ホグウッドはカークビーとのコンビで、コーヒー・カンタータ、農民カンタータをも収録。ここでは歌いあげる歌唱が多かったものから、古楽器の使用、カークビーの歌唱が往年のものとは異なるものということを印象づけました。支える古楽器も適格で、そこに乗ったソプラノの繊細、オブリガードも絶妙なバランスで映えるものです。冒頭の「消えよ、悲しみの影」の歌い出しから引き込まれるのは声の魅力。古楽器を問わず、多くの録音があるので、気に入った声質をも見出す楽しみもある作品。ノン・ヴィブラートの美学を認知させたのもこうした録音からでした。


 


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