仁術と算術

現役外科医,株を語る.たまに手術も語る.

長期間ご利用がない

2022-07-20 | 日記
長期間ご利用がないブログの編集機能が停止されるとのこと.
新規投稿しておきます.
ホームズは元気でやってます(^^).

医局の机

2007-05-22 | 日記
僕は良くも悪くも 自分は『プロ』だと思っている.
だからプロフェッショナルと言われる立場にある人に厳しい.

ここでいうプロというのは,
単にある職業により金を稼ぐ人ではなくて,もう少し狭い,

『その立場にある者だけが,それをすることを許されている者』である.

だから,いわゆる聖職者と言われる政治家や教師,宗教家はもちろん,
国が認可して人にものを食わせる料理人や飲食店の経営者,
人にものを伝えるメディアなどが,しょうもない仕事をしていると無性に腹が立つ.
ちなみに,高級官僚は別として一庶民の代表であるような公務員はあまり対象にならない.

医者にもいろいろなバカがいるが,
普通に病院にかかった患者さんや,上っ面と世間受けしか考えていないメディアが 見ることのできないバカ医者の姿がある.

医局というのは普通,病院に勤務する医者の机やロッカーが並んでいる部屋のことをいう.
昔は下級医師なんぞに与えられる机などなくて,
僕が研修医の時は,『研修医室』という病室を改築しただけの狭い部屋に
十数人からのロッカーと二人ほどが雑魚寝できる古びたソファだけが置かれたスペースを皆で共有していた.

最近,勤務医の減少によってたいていの病院でキャリアにかかわらず一人一人に机が与えられている.

今の僕の机の上には,古い実験データが入っている年代物のMacと これまでの手術記録やそれぞれの患者さんに向けて作成した『同意書』が入ったノートパソコン.
あと学会発表のポスターを作る時以外は黒インクしか減らないプリンタが置かれている.

実はもっとスペースをとっているのが,業者に頼んで貰った論文のコピーや薬の文献.
毎月いくつかの学会から送られてくる月刊誌,自分で購入する手術書ほか医学書が積み上がっている.
積み上がるペースより読むペースの方が遅いから,いつまでたっても整理されない書籍や文献が地層のように積み重なっている.

僕の隣りに座るヤツは,僕より5つも若いが,
最近二人目の子供ができるとのことで広い家に引っ越した.
最近,コイツの机の上にはインテリアやガーデニングの本が置いてある.
それまでは流行のファッション誌や,飲食店の情報誌であった.
パソコンで一生懸命に何かを見ていることが多いのだが,だいたいはどこかから仕入れてきたマンガである.
机の上にも本棚にも医学書はほとんど置いてなくて,
新しい手術や治療にチャレンジしたいと言ってきたことはない.

ホンモノのバカである...


斜め向かいの5つほど年上の内科医は,
昼の決まった時間帯になると,パソコンから脳天気なミュージックとともにテレビ番組が垂れ流しとなり,
お決まりのように自宅に電話して,やはり庭の芝生や子供の学校話をする.
この時間帯に院内PHSが鳴っても,それは後回しらしい.

ま,ちょっとバカだったらこんなもんだろう..


僕の正面に座るのは,四つばかり年下だが,机の上は院内LANに繋がったパソコンと,
ほとんどが英語の医学書や文献しかない.
僕は彼のことを心の中で『人間字引』と呼んでいて,
なにか分からないことがあった時,下手に文献やネットを調べるより彼に聞いた方が断然早くて実践的.
彼は本当は外科医になりたかったそうだが内科を選んだ.
外科医は所詮,年配の者には,それがバカであっても経験で敵わないが,
内科医なら,自分が人の数倍勉強すれば,年配の者と対等以上の仕事ができる,というのが理由だと語っていた.

ホンモノのプロフェッショナルである.
残念ながらこういう人材だから,今月退職して更に高みを目指すこととなる.


この週末.
僕にとって初めてのエリアで飲む.

連れて行ってくれた人は,いつも世の中を斜に構えて見ていて.
その人が,ある意味で『プロ』と認める人が作ったという店だ.


六本木の夜


連れて行ってくれた彼女は,あるジャンルでは確かにプロである.

しかし酒飲みのプロとしては,僕の足下に遙かに及ばない(^m^)

酒を飲むための良い店というものは,
座ってすぐに出てくる『付きだし』と,ロック酒の『氷』の質で決まる.

だからオーナーに『うちは焼酎を160種ほど置いていますが,いかがでしたか?』
ときかれて,なんともコメントのしようがなかった.

酒を何百種類置こうとも,全部を一回行っただけで飲みきるヤツはいない.
しかし付きだしと氷は,訪れた客が必ず味わうものである.
彼は,店のロケーション,ネーミング,内装,価格設定などにおいて,
確かに経営のプロではあった.

ただ,酒飲みのプロでは無いような気がしたから,
僕がコメントをすることに気が引けたのだ.


かつて僕が大好きであった人が言ったいくつかの言葉で,僕の中に残る一言.

わたしは『大統領のように働き,王様のように遊ぶ』.そんな風に行きたい.

良い言葉だと思った.


タイトルの医局の机の話..

『お前だって医局で株をやってるバカ医者だろう!』
と指摘されそうだが..事実である.

だから先に挙げたバカ医者から見れば,僕だってどうしようもないバカに見えているだろう.
しかし僕は,あからさまにプライベートを職場でひけらかすような醜いマネはしない.
それも僕のプロとしての美学だ.

嬉しいことにいつからか,僕の机のあまりの乱雑ぶりに呆れた外科担当のナースが,
半年毎に僕の机を掃除してくれている.
プロは独りでは成り立たない(^^)

外科医が基礎研究をする理由

2007-05-12 | 僕の手術
今の僕は民間病院で臨床をやる合間で,大学に帰って癌の基礎研究をしている.
もうこんな生活が4年.
大学の無給医時代に研究を始めてからはもう7年か..
いまだに一本の論文にもなっていない.



小学5年生の時,ある日の放課後...

理由は忘れたけれど,僕を含めた悪ガキ4人が担任の教師に叱られた.
『私がいいと言うまで教室に残ってなさい!』と言って,教師は教室から出て行った.
30分ばかり過ぎても教師がやって来る気配はなく,誰かが職員室に謝りに行こうと言い出した.

今でも変わらない僕の性格.
妙なところに素直で,妙なところに頑固.

『いいと言うまで残れ』って言われたんだからオレは残る,って僕だけ居残りを続けた.
あとの3人は無事に放免されたらしく,そのまま帰ったらしい.

だんだん暗くなってくる窓を見ながら,トイレにも行かず,
ずっと待っていた.

あの時の僕は,一人教室に居ながら何を考えていたのだろう.
それももう覚えていない.

どれくらい待ったか,教師の靴音が近づく.ガラッと扉が開く.
『あらっ!あなたまだ居たの??』

えっ!? なんだそりゃ..

『さっきみんなで謝りに来たからもう誰も居ないと思ってたわ.バカねぇ.一人で残っていたの? あなたも要領悪いわね~.早く帰りなさい.』

その瞬間,絶対に見せたくない相手に絶対に見られたくないものが,瞼からポロポロとこぼれてしまった.

寂しいとか悲しいとか怖いとか,そんな感情ではない.

悔しかった.

生徒の数も数えられないようなブタ面さげた目の前のこのバカに,
バカと言われ,要領が悪いと言われたことが悔しかった.
こんなヤツのクダラない行為のために泣いてしまった自分が情けなかった.

こういう小さな記憶の積み重ねが,いまだに僕を教師嫌いにしている(^^;




昨夜,大学で助手をやっている先輩とシコタマ飲んだ.
彼は僕にとって,僕が属する『食道・胃癌グループ』のトップであり,呑兵衛な兄貴でもあり.
学会発表前日に痛飲して発表をスッぽかし,一緒に教授に土下座した仲でもある.

その先輩が晴れて大学の薄給から放免され,関連病院に異動となった.
要するに,大学の食道癌は任せられないと教授から判断を下されたのだ(僕の寝坊のせいではない).

いまの大学で臨床をやるメンツで,食道癌を切るのは彼しかいなかったから,
僕はすごくビックリした.
では誰が食道癌を切るんですか??

『来年あたり,お前が大学に呼び戻されるかもしれないな.』
ポツリと言った先輩の一言が寂しかった.

それから..
研究なんか中途半端で身が入らず,民間病院で大好きな手術ができることで満足な僕と,
基礎研究で国立がんセンターに留学した経験をもつ先輩と,
癌について,手術についての議論が始まった.

外科医は手術をすることが仕事だから,学位を取るためだけの中途半端な基礎研究など必要ないと言う僕に,彼は言った.

『確かに外科医は癌を切ることが仕事だが. 癌を〈切って〉治したいという思いと同じくらいに,いやもっと.. 癌を治したい. そう思わなければダメだ.オレはがんセンターで基礎研究をやっていてそう思うようになった.』

『お前は自分で研究には気持ちが入らないと言うが,オレはお前を見ていて,今までよく続けていると思う. サッサと学位を取ったお前の同期たちは,お前から見たらクダラない研究をしたように見えるかもしれないが,そんなことはお前に関係ない. お前にも,癌を治すという気持ちを持ち続けて欲しい.』

二日酔いで頭がガンガンするし,他にもたくさん話したはずなのに,ほとんど覚えてなくて..
でも..

頑なに教室に居残りつづける僕に言った先輩の,その言葉は残っている.

思い考え想像することの限界

2007-05-10 | 日記
よく人から,『あなたってホントに物事を深く考えているよね』って言われる.
自分でもそう思う.

ただ僕の表現力が自分で思うほどには大したことがないので.
例えばこのブログに書く文章だって,書いた翌日に読み直して消したくなることがよくある.


今日は,誰かに送るメッセージというよりも,自分へ残す備忘録として書いている.

僕は本当に物事を深く考えていると思うし,どんな境遇の人の気持ちも人並み以上に理解する想像力を持っている.
...と思っていた.

しかし最近.
生きてるかぎり誰もが必ず遭遇するであろう状況に,実際に自分が置かれみて,
これまでの自分を反省している.

その状況ってのは,不幸なことであったり幸せなことであったりするのだけれど.

今まで僕が生活の中で,あるいは仕事の中で,いろんな人間のいろんな状況を僕なりに思考と想像を働かせて理解してきたつもりだったのだが..

やっぱり自分が実際になってみて初めて理解できることがある.

分かっていることは,僕がアドリブのきかない人間であり.
だからこそ,来るべき展開のパターンを前もってできるだけたくさん想像しておいて.
いざ本番の時に,選択し得る引き出しをたくさん用意しておこうとする,そういうタイプだってこと.

それは結局,どんな時でもちょっぴり人と違う気のきいたコメントをしたように自己満足しているだけで,
本当は他人の幸福や不幸せなんて,なんにも実感できていないのだ.

..ということを改めて実感する今日この頃.

写真でしか残せないもの

2007-05-05 | 繋がる人
何年かに一度.
自分のアルバムを引っぱり出して,しげしげと眺めることがある.


お祭り

この写真には僕の家族四人の当時の在りようが,そのまんま切りとられ.
このコンマ何秒の瞬間が,三十年経った今でも『画像として』不思議なほど鮮明に残っている.

なにかのお祭りで僕と弟は風船を買ってもらったんだ.

僕は,親父に何かを買ってもらった記憶というのがほとんど無くて.
強いて挙げるとすれば,昆虫採集セット,鉛筆削り,顕微鏡.. あとは高校に合格した時の腕時計くらいなものだ.
親父は僕に,普通子供が欲しがるようなくだらないオモチャとかお菓子とかは絶対買わなかった.
唯一,僕が小1の誕生日に,なんでもするからこれだけは買って欲しいと泣いて頼んで買ってもらったゲッターロボの超合金だけが,
自分が本当に欲しいものを買ってくれた記憶である.

そういう記憶しかない.

いままで何度か見ているはずのこの写真を今日見ていて気づいたこと.

僕は『風船』を買ってもらっている.
あの親父がどうして買ってくれたのか,ホントに僕がこれを欲しがったのか,全く記憶は無い.
たぶん嬉しかったのだろう.
それは風船のヒモをはなさないようにちゃんと両手を添えていることから想像する.
しかし自分のものとして存在することが,ただ一時でしかないことを十分に自覚しているから,その手は遠慮がちで割れ物を扱うように優しい.(ような気がする)

僕の弟は,今でもそうだが与えられたものを当然のように無造作に扱い,なにかが手に入ったことを自覚することもなく,すでに興味は他のものへ向いている.

母は.
デジカメや携帯カメラの無い時代に特有の,写真を撮る時はチャンとしなさい,という感覚で.
綺麗にいよう,という感覚を持ち,
自分が縫った浴衣を息子たちに着せて,等しく風船を買い与えた二人の人間の共通点と相違点を視界の端からはなさずに観察し,
やんちゃな方のチビがフレームからはずれないように優しく手をそえているのだ.
自分の顔が風船のヒモで真っ二つになっていることは気にせずに(^^

そしてこの時,この瞬間を.
自分が守り,記録する役をかってカメラを構えた親父が,この写真のこちら側に立っている.


人間の記憶なんていい加減なものだから,
僕はこの時のことを全然覚えていない.
弟なんて尚更絶対に覚えていないだろう.
母も親父も,この時の話をしたことがないところをみると,きっと覚えていないのだろう.

ただ.
この1枚の写真は残っていて.
何十年も経って見る人の視界と思いを,このフレームの中におさめてしまう.

今日僕がなにげに撮った写真は,デジタルなデータとして残り続けるのだろうけれど,
そのデータを数十年後に見る人は,それが僕自身であったとしても,
よく残ったな,この瞬間!と思うに違いない.

飲み会から帰って

2007-04-28 | 日記
一次会,二次会とビールをメインに飲む.
最近,僕は職場の飲み会ではビールをメインにすることが多い.

ビールならいくら飲んでも次の日に記憶が無くなることが無いのだ.
いっくら飲んでも脳みそは正常で.
こころは少しホッとする.
職場の飲み会とはいえ,いや.だからこそ.
普段厳しい顔をして仕事をしている僕のような人間こそ,
多少のプライベートを披露したりすることが,皆にとって必要な酒の肴にもなってるんだと思う.

一次会の途中で帰る人.
一次会で切り上げる人.
二次会はないの?って思ってる人.
それでも帰る人.
二次会になって急にしゃべり出す人.
その途中で別の飲み会に参加する人.
皆が別れる頃になってようやく泣き出す人.

そんな模様を全部見逃したくないと思うから,やっぱりビールで通すしかない.

さっき,家に帰ってきて.
いつものようにパソコンを開いて.
それぞれの思いや生活っぷりの中で,
ギリギリ書ける生き模様が綴られている,いきつけのブログも見てみる.

やっぱり生の声がいいよね.

いろんな人がそれぞれの思いで,ギリギリワタシはここまで書ける.って書いてあるブログ.
それはそれで面白いけれど.
飲み会.jpg
毎日毎日,長い時間を一緒に職場で過ごす人たちなのに,
一次会,二次会,来る人帰る人.いくつかのハードルを跳んできた人の,こぼれる思いを聞かせてもらえることは,
ウィスキーを我慢してビールで通した値打ちがあったな.と思う.

誰にでも人の心をうつ体験があり,
誰もが,他の誰もが敵わない自分だけのストーリーを持っているものだ.

視点・論点(2)

2007-04-25 | 時事
先日,『視点・論点』というタイトルで,またまた教師嫌いを発揮し,
出演した教師代表をかなりこき下ろしてしまったので.

きっと教師をやっている友人や,教師を家族にもつ友人のお怒りを買ってるだろうなと思ってる.反応が無いだけにコワイ(--;

今日,同番組で今度は医師が喋っていたので,
帰りが遅くて眠いんだけど,僕なりに公平にとの思いですぐに書いておく.

今日の出演者は『日本医師会』会長だった.
コイツもダメだね.


言いたいことは結局,3点.

私たちは自分の身よりも国民の健康を大切に思っている.

日本の医療レベルは世界的にも高いから満足しろ.

国はもっと病院に金を出せ.


そして,言いたくないことは巧妙に隠し(巧妙でもないのだが),
言いたいことは,数値を巧妙に誇張した(巧妙でもないのだが)図表を出し.

一番バカなのは,『そんな綺麗事を言う政治家なんぞ絶対に信用しない!』と思われる政治家が喋るような美辞麗句を,腹黒いくせに色つやの良い顔で臆面もなく並べ立てたことだ.

しかし言いたいことが『医者を訴えるなよ.満足しておけ.そうじゃないと医者が減るぞ.んで金を出せ』 という脅迫に尽きることは,僕でなくても十分に分かったであろう.
一体,コイツはなんのために出てきたんだ?

僕は昔,政治と金にまみれた私立病院(どこでもそうなんだけど)に派遣されたことがあって.
その病院に勤務すると知らない間に医師会の会員にさせられててビックリしたことがある.
この病院は,あからさまにある政治家の後援をしていて,仰天したのは外来や病棟詰所の受付にその政治家のポスターがデカデカと貼ってあったこと.

大学医局から派遣されている僕には無かったが,他の職員は休日なのに選挙演説のサクラとして駆り出されていたな.

んでその不細工なツラさげた政治家は今では大臣様だ.

バッカじゃないの!(ま,これは僕の個人体験ってだけ)

視点・論点よ!
どうせ出すなら,もっとマシな医者を出せ.

それからNHKに限らずテレビ局のボンクラスタッフどもよ.
もういい加減,医療番組やバラエティーに,功名心ばかり高くて口ばっかりたつ定番ハグレ医者を医者の代表のように出すのはやめてくれ!
いっぺんテメエらが自分で行く病院の医者でも出せよ.

うーむ..
そうすると見栄えもしない,口もたたない医者がテレビに出るのか..
それもダメだな.

こりゃ芸能人にでも医者になってもらうしかないね.
あはは(--;

バーボンもいい

2007-04-23 | 繋がる人
学生の頃.
ずっと後になって,あの頃がバブルの名残りがまだ残っていた時代だと知った.
あの頃.
内装に金をかけたバーで僕がよく飲んでいたのはバーボンウィスキーのロックだった.

金のない学生でも,大学の公式な飲み会ではサントリーオールドの水割りを飲んで,『あー,俺って大人になったな』気分が味わえたあの頃.

僕が,彼女にせよ,そうではないにせよ女の子と二人でバーで飲む時は決まって,ジャックダニエルとかIWハーパーとかをロックで.
これが僕のスタイルだった.

カクテルなんて何をどう注文していいかよく分かんないし,名前だけで適当に注文しようものならグラスに花がさしてあったりして恥かいたりね(^^;
バーボンをロックで頼むのは,どんな店でも注文のフレーズが同じで済むから便利なのだ.
『東京ラブストーリー』ってドラマで江口洋介が演じる,愛媛から東京に出てきたボンボン医学生.
彼が行きつけ(学生の分際で!)のバーで決まって注文する,『ジャックダニエルを...ロックで.』
これが僕がバーでウィスキーをロックで頼む原点だ(^^)
ウィスキーのロックなんて飲めない女の子に『お酒強いんだね』と言われて,『こんなの普通だよ』って言うのがカッコよかった.

バブルがはじけて,なんでもかんでも金さえ出せば格好がつくという時代ではなくなって.
『本物』が分かる目を持ってて,本物に金をかけることが粋だと思うようになって.
30歳を過ぎた僕は,バーボンはやめてスコッチを飲むようになった.
スコッチは,なんといってもバーボンよりも遙かに歴史が古い.
なんとなく喉や鼻がイガイガする刺激があるバーボンよりも,十年,二十年かけて熟成された甘い薫りのスコッチ.
特にスペイサイドのシングルモルトを,ツマミも無しにじっくり味わうのが,もう中年とも言われかねない自分にピッタリのような気がした.


去年,そういう僕の行き方とは全く関係のない人と一緒に飲む機会があって.
その人は,どんな店で何を食べようとも酒は『カシスウーロン』.
かしすうーろん??
そんな気色悪いものを飯と一緒によく飲めるな,と思った.

あれから一年経つが,その間にカクテルなるものを色々と飲んでみた.
そして自分でも予期しなかったことだが,今では僕はバーに行くと必ずカクテルを注文する.
それまでの僕にとって,あるバーに通うかどうかは,ロケーションと雰囲気との相性が一番大事だった.
本当に行きつけにする店はそれプラス,バーテンダーの適度なトークと客との距離をどう保つか,これがピッタリ来る店.
そういう意味では,酒の味はあんまり変わらないと思っていたのかもしれない(だってロックしか頼まないから).

カクテルを頼むようになった一番の理由は..
行きつけのバーで僕がカクテルを頼んだ時,『珍しいですね』と言ったバーテンダーが,明らかにいつもと違う笑顔を見せたこと.
いつもは年代物のスコッチを丁寧に良いグラスで良い氷に注ぐという,一点集中のバーテンダーの手の動きが,
こんどは冷蔵庫から果物を取り出してカットしたり,僕が飲まないバーボンや得体のしれないリキュールを注いだり.そして僕の方をチラリと見るか見ないかの視線で明らかにこちらの感じ方を計っている.
その目とほんのわずかに上がった口角.
なるほど.カクテルというものは,こんなにバーテンダーを燃えさせるものなのかと思った.
これは『女の飲み物』にしておくのは,もったいない!ってね(^^).

ここ数日,
確実に暖かくなって.
寒がりの僕でもさすがに暖房をつけることは無くなり.
いま僕の冷蔵庫には,バーボンとカシスのリキュールが入っている.
体に優しい季節になったから,バーボンのイガイガ感も良いかもしれない.
カシスの甘ったるさも今の僕には必要なのかもしれない.

こんな時世で手術を伝承していくこと

2007-04-19 | 僕の手術
僕が外科医になろうとした時.
サラリーマンだった親父は『お前のような繊細で臆病なヤツに外科医は無理だ.内科をやれ』と言った.

生まれた時から僕を見続けている親父が言うのだから当たっている部分はある.しかし外科手術というものを知らない親父がハズした部分もある...

外科医に一番必要なものは,一般人(と敢えて言わせてもらう)が思うような人並みはずれて『馬鹿』がつくような度胸とか手先の器用さではない.

斜に構えて言うと,手先よりも,口先の器用さと臓器を3Dでイメージする頭脳が一番大事である.
僕はそれに加えて『手術なんて怖いことは出来るだけやりたくない』という人間らしい心,
すなわち得体の知れない人の『命』ってものを,その人の言葉とか仕草から『確かにここに存在するモノ』としてイメージできる頭脳も備えている(^m^).

先日僕はある学会で,平均寿命を過ぎた老人の根治不能進行癌に対して手術と抗癌剤を使った治療について発表した.

まず1枚目のスライドにたった一つの文を出した.

『もう十分に長生きしました.あとはできるだけ苦しまないように治療してください.』

呆気にとられる観衆を前に僕は,『この言葉は,私のような日常の臨床をやる外科医が御高齢の方からよく言われることです.こういった方を治療する際に国際的あるいは全国的な標準治療とか研究結果に基づいた治療なんてものはありません.だけど目の前にいる患者さんを何とかしなきゃならない.手術にしろ抗癌剤にしろ癌治療である以上,治らないことを前提に,治すことよりも楽しく生きることを目標にする治療だってあり得るはずです.』とやった.

発表の後の内輪の懇親会で,僕に駆け寄って来て『先生の発表はすごく良かった』と言ってくれた人たちがいた.僕にしてみらば彼らは僕と同じ『センス』を持っている人のように思う.
そして僕と目を合わすことすらない人の群れは,僕から見れば手術のセンスが無い代わりに研究や論文執筆に情熱を注ぐ人達であった.

残念に思うのは,その場に居た人間には僕も含めて,手術と基礎研究を同時に『高いレベルで』こなしている者が居ないことだった.
世の中には,それをやってる凄い人がたくさんいるのにね.

先日,この学会に参加していた大学医局の幹部からメールが来た.
『君がなにげなくやっていることは,実は誰にでもできることではありません.君の外科医としての才能は大学病院という器でこそ,より発揮されると思います.だから大学に帰ってくることを待っています.』


そして最近の日本の外科医の話.

最近,日本の外科系で最大の学会である日本外科学会の月刊誌の巻頭に,将来の日本の外科を憂うある大学教授の記事が載せられていた.

外科医になろうとする人材が極端に少なくなっている.
その貴重な人材に多くの経験を積ませて一人前の外科医にしようとする時に,患者は言う.
『私の手術の執刀は誰ですか?』
そして教育機関である大学病院においてですら,研修医の執刀を嫌がり当然のように上級医の執刀を要求する.
私も医師である以上,患者の要求を拒むことはできない.
しかしこれでは次世代の外科医を育てることはできないだろうと.
若手外科医に執刀させることが憚られるようなこんなご時世で,果たして外科医が育つのか.我々の手術を次世代に伝承することができるのかと..


今となってはもう一昔前と言っていい.
およそ10年近く前に,横浜市大で心臓手術と肺手術の患者を取り違えた事件が大きく報道され,これが発端になっていまだに続く医療不信とバッシング.

研修医の医療ミス報道を連発し,国を動かし始まった現行の研修医制度.
これと病院勤務に燃え尽きて独立開業へ流れる医師増加によって,各地の病院崩壊への序章(飽くまで序章)が始まったばかりである.


んで先ほどの上司からのメール...
うまいこと言って,ちょっとでも大学病院の人員を増やしたいだけじゃないの?(^^;

命は地球より重い

2007-04-04 | 僕のブログが出版されるなら
もうかれこれ20年も.こんな言葉は聞いていないような気がする.

僕が子供の頃,それは当たり前のようにテレビ広告で放映され.
『命を大切にしましょう』と学校の先生から諭されていくうちに.
虫一匹など平気で殺していた幼児であった僕が,いつしかゴキブリすら殺すことを躊躇うようになっていた.

しかし,あの頃からなんとなく違和感を感じながら考えていたこと.
ひと一人の命が地球より重いのならば,何十億という人が住んでいる地球ってのは,
その重力に耐えられなくなって,とっくにブラックホールになってしまってるんじゃないかってこと.

大人になるにつれ,
あんな言葉は,なにかの意図をもって垂れ流されたプロパガンダだったのだと思うようになった.
少なくとも『言葉』自体は,
誰か,ある人のある意図をもって,
あたかも崇高で,侵しがたい神の言葉であるかのように,作られ,多くの人に受け入れられた.
それが人間が遠く及ばない存在から,届いたシグナルであるかのように.



僕はガラにもなく,宮崎駿アニメが大好きで.
他にも,スーパーでパック詰めで売っている餃子が好きだったり,売れない居酒屋の香りの抜けた生ビールや,何年も着古した首周りが弛んだTシャツで寝るのが好きだったりする.

宮崎駿が言う,

作品は,テーマが分かった途端に嘘くさくなるものです.
僕は作品を作る時,テーマなんて込めたくない,と...

そして彼は映画作りの最初の段階で,シナリオを考えるのではなく,
まず『絵』を書くのだそうだ.

1枚の絵.
それを,あーでもないこーでもないと,書き殴りながら.
気に入った絵を壁に貼り付ける.
そこにやってきたスタッフが,『いい絵ですね』と言って,
それからみんなで作品作りを始めるらしい.

他人の言うことには,あまり心を動かさない僕は,
その言葉を聞いて,なんか分かんないけどホッとした.

作品作りに行き詰まって機嫌の悪い彼が,
つきっきりで取材をするテレビ局のスタッフに吐き捨てるように言った言葉.
『僕は本来,いつも不機嫌で居たい人間なんです.そんな僕だって世の中と上手くやっていこうと思って,いつもはいろいろと気分の良さそうな言葉を吐くんです.  本当はそんなことはどうでもいいんです.』
あー,なるほど.
こういうセリフをカメラに吐ける,ってのは良いものだな.と素直に思った.

ま,そんな感じ.
命の重さと地球の重さは,どっちも人間には量れないのだ.

視点・論点

2007-03-30 | 時事
HDレコーダーを手に入れてからテレビを観る時間がすっごく増えた.

ネットやBS放送,地デジで世の中がどんどん便利になって,ますます自分が一人で独自に物事を考えることが少なくなって,正直こんな情報中毒は良くないことだと思う(^^;

驚くべき事に!こんな僕が『華麗なる一族』と『東京タワー』と『ハケンの品格』を毎週録画予約して,どっぷりとハマッてた.

幸いにも!次のクールはイマイチ見る気がしないドラマが目白押しなので,この際『毎週録画予約』を減らそうと思ってる.

それでも欠かさずに録画しているのがNHK教育テレビの『視点・論点』
みんなまず知らない.

どういう基準で選んでくるのか全く分かんないんだけど,毎日毎日いろんな人が,ただ画面に向かってひたすら10分間しゃべり続ける.
インパクトのある映像が出るわけでもなく,見栄えの良い顔が出るわけでもなく.
こんなんじゃぁ,視聴率なんて取れないだろうとは思うが,
実に凄い番組だ.

平日の22時50分から10分間.各界の著名人なんだか,ただのオタクなんだか.
よくぞまぁ,こんな幅広い分野から人を集めてくるものだ.
宇宙ゴミのことを考える人.数学を『言語』として語る人.桜のDNAを分析する人.秋田の歴史を語る人.『交代勤務の科学』を研究する人.シングルマザーにカツを入れるシングルマザー代表.雛人形の歴史と自分のお婆ちゃんを優美に語る人.黄砂を中国人と韓国人と共同研究する人..

あー.. そういやアグネスチャンが出てユネスコだかなんだかの話もしてたな.これはつまんなかったけど.


うーん...
たぶん観たことある人は極少数なので,あんまり詳しく書く気にもならないのだが..

本日出演してた教師.
メチャクチャ不愉快だった.

もうなにが不愉快だったのかも分かんないくらい,全部がダメだった.

やっぱり僕は教師が大嫌いだ.

こいつらの頭脳と表現力.
そこはかとない底の浅さと,高飛車で狭小な物の見方.

誰かを指導してやってる,俺たちは理想を持っていると言いながら.
ちゃっかりと自分たちの不遇と待遇改善を主張することを忘れない.

教師を代表して出演してるこの人ね.
たぶんこの番組で喋るためには,その世界で相当の業績と,入念な準備があったはずなのに..
それでこんなんじゃぁね...

同様に表現力が乏しい僕は,これ以上うまく書ける気が全くしないので,『以上!』とするしかないな(--;
いやもう一言.『ネズミだ』

ほんとに不愉快だった.
(番組としては凄く良いものです.僕はホントに,この番組を作る人とNHKの存在価値を認めてる)

先物やオプションで稼ぐ

2007-03-19 | 
日経平均先物やオプション.
先日書類を送ったので,そろそろ僕の口座で取引できるようになる.

株を始める時,『信用取引だけはしない!』って決めたはずなんだけどな(^^;

信用や先物だけはやってはいけない!これは先祖代々の家訓です!
..なんて話をよく聞いていたからね.

去年,『信用禁止』の決め事をあっさりと破棄した僕は,この手段をマスターすることもなく,早くも次の手段を手に入れる.
まったく今の世の中,破産の罠はどこにでも転がっている.
スッカラカンどころか,親や家族のなけなしの財産まで持ってかれないように..

先月,働き盛り男盛りの人の食道癌の手術をやって.
スタッフが少ない小さな病院だから,術後管理も人任せにはできなくて.
数日間の泊まり込み.

二日がかりで作った6ページにわたる手術同意書を見せながら,その人と奥さんと,息子と娘と,その息子と.みんなで三時間に及ぶ話し合いの結果.
彼は僕の手術を選んだ.

食道癌手術ってのはマジメに言って,手術そのもので命を落とす可能性が低くはないもの.
抗癌剤と放射線を併用する『化学放射線療法』の治療効果が,手術と同程度だと評価されつつある,ということも相俟って, だんだん食道癌手術を受ける人は減ってきてる.

僕が最初に彼に言ったこと.
化学放射線療法が手術と同じくらいの治療成績だってこと,手術以外の治療法がある,それはすごく良いことなんだけど,逆に言えば『食道癌はどっちにしても治らない』,という意味が含まれている.

最後に彼に言ったこと.
今の僕は,あなたの病状には化学放射線療法よりも手術を勧めます.これは過去の治療成績から考えて現時点でのベストの選択だからです.ここにはじき出された治療成績は,僕たちの先祖が食道癌と闘ってきた歴史そのものなのです.
しかし.
もっと医学が進んだ将来には,あなたが手術を選んだことは『間違いだった』ってことになるかもしれない.
だけどあなたが手術を受けて,仮に不幸な結果になったとしても,それは隣の息子さんやお孫さんの世代の治療にきっと活かされる.
癌治療は,まだまだ発展の途中なのです...

幸い彼は,こんな僕の曖昧な説明で,自分の病状を彼なりに消化してくれたみたいで.
手術は無事に終了し,後の病理検査結果でも手術を選んで良かったことが証明された.

なんだか一ヶ月ぶりに僕の気持ちは緩やかになって.
昨日は何年ぶりかで『仕事抜き』で東京に出かけて.
新宿アルタ前で,月並みの田舎者らしく写真を撮って.
深夜まで飲んだ.

東京で食べた,僕の田舎で釣れたというサバとアジの刺身はサイコーに美味かったな(^^)


野望を持って生きていますか?

2007-01-10 | 繋がる人
ずいぶん交流の途絶えてた人へ,年賀状に書いた.
『いまなにか野望を持っていますか?』

人生にはまず目標ありき.目標に向かってこその毎日..の僕.

毎日の中にこそ幸せがあり,毎日の中に目標があると言った人.

僕から見れば,その人の日々の暮らし方は,キリギリスのような刹那的なものにしか見えなかった.

その人から見た僕はアリのように,春なのに地面の中を這いずって,行き着く先も冷たい冬の地面の中..の人生に見えたのかもしれない.

相容れない価値観をもって,ついに途絶えた交流が懐かしい.


僕は一人暮らしなのでよくコンビニで買い物をする.
コンビニの店員に愛想など端から期待していないが,『こいつはダメだな』と思う人間がいる.
会計を終えて最後に,レシートを当たり前のように客に渡さず廃棄しようとする人間.

『あ~.こいつはこれから先もずっと貧乏で,一生なんの野望もなく,バイト店員で終わるヤツなんだ』と思う.

数分後に喰らう食物.日用の雑貨品.酒,タバコ.その瞬間を楽しむだけの雑誌..
コンビニで売ってるものってのは,当たり前の日常を過ごすに必要なものだけで,そこには贅沢も野望も目標もない.
あそこで売ってるものは,人間が生物として消費する最低限の原始的な糧である.

僕たち人間が,なにかしらのものを世界や他者から獲得して生き,役にたたないものに変えて排泄をするという そういうことに払う金とか対価とか,労力とか..
それが記された紙切れ一枚にこそ,いまの自分を理解して,なにかに成り得る自分を見つける鍵がある.

同じコンビニ店員にも,何も言わずともレシートをくれる人間.当たり前のように捨てる人間.
後者の方が多いよね.
これは店員にそういう人間が..というだけじゃなく.客にそういう人間がいかに多いかを物語っている.

『レシートください』
露骨に面倒くさそうな顔をされる時もあるが,心の中で『こいつもそうか..』と思う.そして僕の前の客もそうだったか..と思う.

こういう僕も,最近までもらったレシートはすぐにゴミ箱行きだった.
ある時,なにも考えずに消費ばかりしている自分.そこから搾取する何か得体の知れないものがあること.日常の中にこそ大事なものが隠されていることに気がついた.

それから僕は,自分が生きることに一体いくらの金を費やすのか.僕が努めたことで何が食えるのか.誰かの人生に僕がどう影響を及ぼすか.誰が僕にどう関わっているのか.
そんなことがすごく大事なことに思えてきた.

だから僕は,コンビニのレシートはちゃんともらって,どんなに酔っぱらって次の日に記憶が無かろうとも,パソコンの家計簿には『今日一日いくらで生きたか』が必ず記録されている.

ケチな男と言うなかれ
昨年もその前も..
僕の出費で一番の比率を占めるのは,人に奢った酒代なのだ(^^;

あんたは野望を持って日常を生きてるかい?

目標か手段か

2007-01-08 | 
僕には『初詣』の習慣がない.

『初』詣..というからには二度目,三度目の詣があるはずで
年に何度も頼みごとをする習慣がある人にとっては,それなりに意義はあるのだろうが.

僕は二度目も三度目も. そもそも神に詣でる習慣がないから
そこには『初詣』もヘッタクレもないのだ.

初詣はともかく
年賀状ってのは,僕にとってなかなか面白いイベントで
普段書けないような,
いや.大事なことなんだけれども,毎日の生活の中でつい,隅に追いやらなければならなかったようなことに思いをめぐらせる機会ではある.

忘れてはいない.
目標は10億の資産を作ること.
なぜ10億なのか.

なんの工夫をしなくても,なんの努力をしなくても
1%の運用はできる.
定期預金なり不動産なり.
10億を1%でまわせば,なんにも考えなくても年収1000万.
これで今の僕の生活は十分に維持できる.
『あとは好きにやったっていい』
そういう金額だ.

しかしこれは今まで通り医者をやっていては得られない.
研究で一発当てても,教授になっても
普通に独立開業したって得られないポジションだ.

もうひとつの目標.
仕事や,いま顔が分かる人間関係
そういうものとは無関係に,見ず知らずの人たち1000人が,僕の話を聞きにくる.
壇上の僕は,講演の頭で『いやぁどうも.こんな僕の話を..』なんてやりながら,二時間ばかり話をして
名残惜しそうな聞き手たちに,『今日は僕の話を聞いてくれてありがとう』と締めくくる.

これはいままでどおりの仕事をしてたって一生できないし,研究で一発当ててもせいぜい500人
教授になんぞなったってせいぜい300人が関の山だ.

だから株もやるし,ブログもやる.
たくさん本を読んで
知らない人に話しかけて知らないことを教えてもらう.

そして10億の金を手に入れて,1000人の前で講演をやり終えた時の僕が
その時に満足して死ねるのか
案外いまの僕と同じ心境なのか
人並みに,その先は子に託すのか

それはゴールなのか手段なのか

そんなことを考えつつ..

年末に届いた『ロデオボーイII』にまたがる

ひさびさに紅白を..

2007-01-01 | 日記
数年ぶりに紅白を見ながら独りノンビリの年越し.

もちろん人それぞれだろうが,ニッポンの世間全体としては比較的に平穏な年だったんじゃないかな.
イジメや飲酒運転事故.親の子殺し,子の親殺し.
核ミサイルの脅威や,猛威をふるう病原体などなど..
それなりに騒がれはしたが,それらはずっと前からあったこと.
今年に限って大げさに騒ぎたてることじゃあない.

昨年末は大相場にのっかって一儲けした僕.
その時のブログには,あの幻の『間人蟹』を食べに行ったと書いた.

年末のカニ&温泉旅行は僕にとって,親友とその年の投資成績や仕事,色恋ゴト,などなどを語る機会として毎年の恒例行事になっている.

今年のカニは,この親友が嫉妬深い嫁さんをもらったこともあり,
またライブドアショック以後の新興株不振によって大した成績をあげられなかったこともあり,
半ば諦めていた.
んで...

...人前で喋ることが苦手な僕が,これだけは避けられないと一生懸命に引き受けた披露宴でのスピーチが,思いのほか新婦にウケタおかげで,今年もカニにありつけた(^^)
今年のカニは越前蟹でありました(去年よりウマかったかも).

この調子で来年も..いつまでも..恒例行事としてやっていければいいなと思う.
ひょっとすると来年は,自分の嫁さんのご機嫌伺いをしなければならなかったりして(^^;
いやいや..
こういうことに無理解な女性と一緒に暮らすことだけは勘弁!だな.

世間と等しく.
僕のこの一年は比較的平穏だったと思う.
株は..けっこうヤラレたが,あらためて収支を計算すれば損害は微々たるものだ.
しかし7年で10億を作るプロジェクトが停滞したのは確かであるから素直に反省している.
その代わり外貨,外国株,金が思いのほか好調だったおかげで,なんとなくトータルでは相変わらずプラスを維持できたのは,ひたすら投資を始めた時機に恵まれたおかげだと感謝している(過去の自分と相場の神様に).
あと..なんだかんだいっても,勤労によって得られる収入と健康も安定していることに感謝.

色恋ゴトは..
うーん.けっこうこのブログ.知り合いが見てたりするので書かない(^^;
僕がなんでいまだに独身でいるのか(いられるのか).
まぁ,そういうのを改めて自覚した一年でした.

この正月は,田舎で高校の同窓会がある.
20年ぶりに会えるかもしれないモト彼女とか,僕が反対したのにゲイジツカになったヤツとか,僕が嫌いな某新聞社の記者になって関係が途切れてたモト親友とか,名門大学に入って天下をとったような顔をしていた鼻持ちならない医者たちとか..
そんな人たちに再会するのを楽しみにしているのだが..

今夜か,明日中には亡くなるであろう患者さんがいるので今のところ田舎には帰れそうもない.
年越し酒も控え気味.
それを言ったら,実家の親には『仕事もいいが,自分の人生のことも考えろ!』って理不尽に怒られるしね(^^;

いやいや..それは誤解だ.
僕はいろいろ考えているよ.
仕事はもちろん.結婚のこと.恋愛のこと.友達のこと.家族のこと.
自分の好きなこと.
ただちょっと.その時々で器用に不器用に.少しずつウェートを変えているんだ.
どう批判されようと.これは僕が組んだオリジナルなポートフォリオだ.
だから僕は全然平気です.
..どころか!人生は楽しいッス(^^)

せっかくブログを更新するのでもう一言.
どんな思いで僕のブログを読んでいるのか...様々な人たちへ.
コメントを寄せていただいてるのに返事もせず.たまに書いたと思えばロクなこと書かないし.
それでも僕の文章を,僕のことを好きだと思ってくれる人がいてくれるってこと.よく分かっています.
ま,そうじゃなくてもとりあえずは何かの縁.いらっしゃいな.
来年もよろしく.