陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

不肖の子どもを親は始末すべきなのか?

2019-06-16 | 教育・資格・学問・子ども

世のお父さん、お疲れ様、いつもありがとう。
そんなうるわしい言葉がささやかれるはずのこの父の日に、のっけからたいへん不謹慎な話題で恐縮です。

東京都の練馬区で生じた、農林水産省元事務次官による息子殺しの件。
数日前の川崎市のスクールバス襲撃事件もあいまって、かなり日本全国に衝撃を与えました。あまりに興味があったので、ひさびさに週刊誌を買い、さらにひきこもり関連の書籍を読むなどしてみました。

この事件の引き金になったのは、40代息子が小学校運動会の音に騒ぎ、父親が事件を起こすかもしれないと危機感を抱いたことです。この息子は親の用意したマンションで一人暮らし歴はあったものの、住民とトラブルをおこして帰省したばかり。日常的に両親に暴力をふるっていました。

いっぽう、事務次官の父親は温厚で真面目な人柄。
BSE問題で引責辞任したのちも、巧みな英語や国際交渉力をいかして大使館に勤務。かなりの人望があり、堅物というわけでもなく、酒も嗜み、歌も上手で芸達者だったということです。誰も家族内のトラブルを想定できなかったと証言しています。

息子は私立の名門校に通うエリート。
父と同じ東大生になり官僚へ進む道をめざしていたのかもしれません。しかし、この中高一貫校でいじめに遭い、中学二年次から親に暴力をふるいはじめた。私立大学を出たのち、アニメの専門学校にも通っていたようです。転職をくりかえし働かなくなり、ゲーム中毒になり、コミケに参加して同人誌サークルと交流があったとのこと。ネット上でもかなり攻撃的な発言が残っています。

父親が息子を刺殺したことについては、著名人ふくめネット上では庇う声が多数でした。
児童や保護者の殺傷事件の直後でしたから、事件を未然に防いだ、あえて汚名をかぶったとまで賞賛されました。不出来な息子の命を奪うことが、最後のこの父親の愛情だったのだという見解までありました。責任感の高い父親の人柄や、息子の暴力に怯えた日々を思えば、追い詰められていたのでしょう。しかし、十数か所もメッタ刺しにしたのは狂気を感じます。ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」を想起させます。

けっしてこの放蕩息子に同情するわけではありませんが。
親におもちゃを捨てられた、大事なものを壊された、意に染まぬ勉学や就職を強いられた、学校でいじめがあっても守ってくれなかった、きょうだいで比較され差別された、などの理由で年老いても親を恨んでいるケースは多いものです。私が知る限りでも、エリート家庭出身で親が進学費用も生活費用もたっぷり仕送りして、海外旅行なども行かせてくれたのに、なぜか親と絶縁状態で上京したか、同居しているが実質ひきこもりに近いケースが多いのです。親の言いなりでなんとなく医学部を出たが、患者とコミュケーションがとれる能力がないために医師をあきらめたものの、親が下手な就業を許さないので無職のままという人もいます。親に人生を駄目にされたという子の怨みによって、子は「何もしない」という無言の抵抗をしているのが、引きこもりであります。

この被害者息子はなんども社会復帰しようとして、しかし親譲りのプライドと高慢な気質が災いし、周囲とうまく人間関係を結べなかったのかもしれません。ひきこもり関連の書籍を読むと、エリート父親と専業主婦の母親の子どもがひきこもりになりがちで、しかも男性が多いというデータがあります。あくまで統計上なので、一概にその類型にあてはめて物申してはいけませんが、共働きの自営業であっても、親が仕事や祖父母の介護などで忙しく子どもに構ってやれなかった、親のどちらかがモラハラ体質で、メンタル不全だった。夫婦不和で家庭内の揉め事が絶えず、子どもとうまくコミュケーションがとれなかった、が原因のようです。

要するに、子どもも親離れできていないが、親も子離れできていない。
いつまでも、子の学歴や職歴を自分の勲章のように自慢げにいいながらも、家では自分の思うままにならない子どもを精神的に虐待している。守ってもらいたいときに体面を重んじて、子どもの立場にたってくれなかった。老後近いから経済的に子どもに頼りたいのに、当てにならない。子どもも子どもで、自分の傷口を身近な親に背負わせて、自分の人生の責任転嫁をしている。ゲームやアニメなどの趣味の世界で仲良くできるひとしか信じられず、人生の目標を描くことができない、無気力感に陥っている。

もし、この息子が娘だったとしたら。
すくなくとも、この父親は刺し殺すことはなかったのかもしれません。日本ではなぜか女性は家事手伝いでも許されるような風潮があります。娘だと父親に甘えられるが、息子は甘えられない。父親が「仕事と」結婚し、母親は「子どもと」結婚してしまうのが、日本の家庭の特質だとも指摘されます。この息子は親に暴力をふるいながらも、経済的には依存していた、いわゆる「敵対的依存」といういびつな関係です。親を奴隷のように扱って自尊心を満たしていた。しかし、その前は親が支配的で従属関係が逆転したのかもしれません。戦後すぐの食糧難時代に生まれ、貧しさのなかから右肩上がりの経済成長によって豊かになれた親世代と、そのおこぼれを受けたがために自立できない子世代。すさまじい世代間ギャップがあります。

このお父さんはけっして息子を殺したかったわけでもなく。
この息子も父親に殺されたいなどと思いだにしなかったでしょう。それでも家庭内、学校内、地域内などで生じた軋轢の根は深い。きょうだいのどちらかがさっさと独立して家を離れて知らんぷりで、親がどこに相談すればいいのかわからないケースもあるでしょう。

子どもは人間関係の結び方をまず親から学びます。
その後は近所の子どもたちや級友、教師、大人たちとの関わりから得るのです。不登校経験がなくとも、就職していても、ある日会社でつまづいて失職し、そのままひきこもりになってしまった中年もいます。主婦(主夫)じたいも現実社会との接点がない、趣味だけ外出する暮らしぶりであれば潜在的な引きこもりとみなされることもあるようです。母親が育児ノイローゼになって赤子をあやめてしまったという事件も、近くに頼れる相談先がいないせいでおこる悲しい事件です。

子の不出来は親が悪いと言いたいのではありません。
そもそも、表題のとおり、不肖の子どもを親が始末していいともなれば、子どもの問題行動はすべて家庭内だけに原因があると認めてしまうことになります。この息子は、もし中学で不幸ないじめに遭わなければ、地頭はよかったのですから、いまごろ社会で活躍する人材になっていたのかもしれません。

従来引きこもりは30代までの若年層のみとされていましたが。
2019年3月の40歳から64歳対象とした中高年ひきこもり調査では、その数61万人。若年層よりも多いとされています。日本には現在100万人以上の社会から閉じこもったひとがいて、しかも中高年になると長期化するのでかなり深刻な問題です。

ひきこもり解決は、自治体のひきこもり地域支援センターなどへ相談し、第三者の力を借りることがいいとされています。親が無理強いするのはよくなく、まずは別居して徐々に金銭的援助を減らしながら自立をうながすべきだ、と。しかし、今回の事件の父子は、すでに別居していたようですし、学校になんども再入学させている点からかんがみても、見栄えのいい肩書きをあたえて、対面をとりつくろっていたが、息子氏に自立心がなかったのではないかと思わざるを得ません。精神障害については詳しくはないですが、親子関係以外に、気質的に他人とうまく付き合えない性分であって、その人生において支えてくれるような理解者、いわゆるメンターに出会えなかったのが惜しまれます。本人だってこのままでいけないとは薄々感じてはいるものの、ふだん会うのが親きょうだいだけなので、膠着関係に陥っているのです。

子どもは親からのみならず、親族やたまたま遭遇した心ない大人の言動でもショックをうけます。児童に対する性的な虐待が代表例です。私も身内の子にうっかり怒鳴ってしまったことがあり、あとからかなり後悔したことがあります。親だけではなく、われわれ大人自身が精神的に安定しないと、子どももうまく育たないのでしょう。

子どもの姿は親の鏡といいますが、世の中すべての反映であるともいえます。
今回の件で、うちの家庭ではそんなことない、我が子はだいじょうぶ、と他人事のようにとらえる考えかたには賛じかねます。引きこもりや不登校のようなメンタル不全と人間関係の挫折が引き起こす事象はどこでもおこりうる可能性があり、だからこそ、その当事者の苦境に思いきたして、社会復帰のチャンスを与えることが急務なのではないでしょうか。

私はこれ以上、世のお父さん、お母さんに我が子を殺していただきたくはないです。
理想にかなわなかった子どもに小言を言うのも、実質、その子を死なせているのと同じことです。むやみやたらと欲しいものを買い与えているばかりが愛情ではないはずです。思いやりのある言葉や精神的な抱擁などは、大金に勝るのではないでしょうか。



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