空気清浄機の過度なスペック競争に異議あり!台湾中小企業の「こだわり」が見える壁掛け式空気清浄機

壁掛け空気清浄機

空気清浄機は半導体のクリーンルーム(無塵室)で使われるHEPAフィルターの採用など、高度なフィルターや機構の採用がアピールされることが多いですが、筆者も余り中身を理解しないままそれを受け入れていました。そこに異議を唱える台湾中小企業の製品を見つけましたので、紹介したいと思います。

壁掛け式の空気清浄機

青色の枠がフィルター (メーカーウェブサイトより)
青色の枠がフィルター (メーカーウェブサイトより)

筆者が見た商品は絵画の額縁と一体化した、壁掛け式の空気清浄機です。額縁にはA1サイズのポスターを飾ることができ、その裏に世界最薄をうたう空気清浄機が入る形です。額縁まで含めると厚さ10cmちょっと、重さは10kgほどです。

空気清浄機部分には常夜灯やスピーカーも付いており、Bluetoothで常夜灯をオン・オフしたり、スマートフォンの音楽を鳴らすなどのコントロールが可能です。

動作音もスリープモードで30dB(目安:郊外の深夜)未満、フル稼働で60dB(目安:静かな乗用車)前後で、十分に静かと言えそうです。なお時間を設定して運転を中止したり、運転レベルを一定以上に上げないようにするなどの設定もスマートフォンを通して可能です

あえて「HEPA」フィルター「不」採用

空気清浄機でよく使われるのが、ほこりなど微粒子レベルでコントロールしなくてはならない半導体工場などのクリーンルーム(防塵室)向けの「HEPA」フィルターというものです。HEPAフィルターの使用はマーケティング上説明しやすいためよく使われています。

しかしこの台湾メーカーでは「HEPA」ではなく数ランク下の「Sub-HEPA」を使用していることを明記しています。ちょっと驚きましたが、色々調べてみると、実に利用者の立場に立った英断なのです。

「ふるい」とは異なる微粒子のフィルターの仕組み

HEPAの定義は「粒径が0.3μmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率を有している」ことなのですが、これだけ聞くと0.3μmより小さな粒子はフィルターを通過し、0.3μmより大きな粒子は通過しなくなると理解する人も多いと思います。そもそもこれが大きな間違いなのです。

フィルター効率を示すグラフの例、メーカー資料より改編
フィルター効率を示すグラフの例、メーカー資料より改編

そもそもμm(マイクロメートル、0.001 ミリメートル)単位の大きさになってくると、物質の振る舞いは我々の常識とは異なります。フィルターに微粒子が捕集される原理は色々あるのですが、主な3つを挙げてみます。

  • さえぎり(遮り)効果:微粒子が直接フィルタ繊維に衝突して捕集される、微粒子がフィルタ繊維同士の隙間よりも大きいため捕集される事を指します。「ふるい」の目に引っ掛かるイメージです。この効果は粒子が大きいほど強く働きます。
  • 拡散効果:吸入された微粒子が「ブラウン運動」によってフィルタ繊維に接触して捕集される事を指します。0.1μm以下の微粒子は小さすぎるために、空気の分子とぶつかっただけで弾き飛ばされ、空気の流れとは無関係に不規則な動き「ブラウン運動」をします。この動きによってフィルタ繊維に接触するわけです。拡散効果は0.3μm以下、特に0.1~0.01μmの範囲で最も効果が高くなります。
  • 慣性力効果:比較的大きな粒子がフィルタ近くの空気の流れの変化に乗らずに、そのまま慣性力(勢い)で直進して捕集される事を指します。慣性力効果は粒子が大きいほど大きく、0.5μm以上、特に5~10μm以上の粒子に効果が高いと言われています。

上記の効果には得意とする粒子サイズがあります。こういった複数の効果が重なり合って「総合」的な捕集能力となるわけです。

グラフの「総合」を見るとわかるとおり、通常フィルターは大体0.15μm辺りの通過率が一番高く(つまりフィルタリング能力が一番低く)なっています。それよりサイズが大きくても、小さくてもフィルタリング能力は高くなるという結果になります。よって粒径0.3μmの粒子に対する粒子捕集率だけを見ても実はあまり意味がありません。

「HEPA」でなくとも「Sub-HEPA」で十分

例えばHEPAより数ランク下がる「Sub-HEPA」(厳密にはMERV13やMERV14相当する規格)のフィルターでも粒径0.1~0.3μmの粒子に対する粒子捕集率は90%以上となっています。

一般的にろ過したいものの大きさは以下の通りで、これらはいずれも一番フィルター性能が低くなると見込まれる0.15μmより大きなサイズなので、最低でも90%以上、上手く行けばもっと高い捕集率を期待できるわけです。

  • タバコの煙:粒径1.0μm程度
  • PM2.5:粒径2.5μm以下
  • ダニの糞:粒径10~40μm程度
  • スギ花粉:粒径30~40μm程度

そもそも、空気の品質への要求が非常に厳しい場合、室内禁煙にする、建物の外気が入る隙間をふさぐ必要など発生源から断つ対策も必要でしょうし、空気清浄機だけ高性能でも余り意味がないと考えられます。

HEPAフィルターに拘らないことでフィルター能力はHEPAとそこまで変わらず、それでいて価格も安く、さらに空気の通りも良いため、処理能力も向上し、省電力化も可能ということメリットが得られるわけです。

上記の説明だけではなかなか理解してもらうのが難しいと感じたのか、別の説明として、以下のようにSub HEPAの空気の通りの良さ、処理能力からの補足説明も行っています。

  • HEPAと比較してSub-HEPAは3倍の量の空気のろ過を行える(同じファン回転数で同じ時間の場合)。
  • HEPAで部屋全体の空気を1回ろ過する間に、Sub-HEPAは3回ろ過できる。
  • HEPA1回の粒子捕集率とSub-HEPA3回の粒子捕集率はほぼ同等。

ちなみに同製品のCADR(Clean Air Delivery Rate、クリーンエア供給率)は230㎥/h程度、つまり1時間で230㎥の浄化された空気を送り出すことができ、1台で5~8坪の部屋をカバーすることが可能です。

フィルター寿命や電力代など稼働コスト引き下げも重視

フィルターの寿命を推定するためにCCM(Cumulate Clean Mass、累積浄化量)という指標があり、これはフィルターに汚染物質などが詰まってCADRが半分になった際のフィルターに蓄積された物質の量を指します。こちらも22,000mg程度とかなりの長寿命を意味する数字で、台湾の一般的な環境では2~3年は使えるとのことです。

またフィルターを通過する風量の減少をセンサーで検出して、フィルター交換を促す機能も搭載されています。純正フィルターはSub-HEPAと活性炭の2種類のフィルターで構成されており、台湾での定価は1000台湾元くらい、日本円だと4000円未満くらいの価格となっています。

電力消費は通常運転で1.7W、スリープモードで1.1Wで、台湾で1年を通して運転した場合、電気代は300台湾元程度とのこと。日本だと27円/kWhで計算すると大体3,500日本円といったところでしょうか。

中小で後発だからこそできる「割り切り」

既にHEPAフィルターを採用している他社がSub-HEPAに切り替える場合、今までHEPAを使っていたことへの「自己否定」から入らなくてはなりません。そういう「しがらみ」がない新規メーカだからこそHEPAではなくSub-HEPAフィルターを使うという思い切った「割り切り」ができたわけで、後発の強みを活かしていると言えます。

また中小企業は大企業ほど利益の絶対額を出さなくても良く、例えば純正フィルターの低価格化や長寿命化で自分の利益を若干減らしても大企業ほどは困らないわけで、この辺も中小企業であることを逆手に取った戦略と言えそうです。

自社の「こだわり」は言葉にしないと伝わらない

メーカーでは敢えてHEPAではなくSub-HEPAフィルターを使っている理由など、そのこだわりを専門情報を含めて丁寧に解説しています。そうすることで自社の空気清浄機の性能が必要十分であり、稼働コストも含めたトータルな費用対効果が高いことを示そうとしています。

日本の中小企業、特に技術に強みを持つ中小企業の皆様はこういう情報発信の努力をしているでしょうか?「しょせん素人には分かるまい」と専門的な情報を専門外の人にも分かりやすく説明する努力をせず、表面的な情報のみウェブサイトに上げたりしていないでしょうか?

メーカーの自社ウェブサイトはグラフなどを含めて手作り感も出ていますが、逆にメーカーの中の人の考え方が見えて、その辺も好感が持てます。こういうできるところから情報発信をする部分を含めて日本の中小企業も見習う所があるのではないかと思います。

参考文献 (クリックすると一覧を表示)
  • 製品情報についてはメーカーウェブサイトや関連報道によります(2020年09月11日閲覧)
  • HEPA – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=HEPA&oldid=74294729、2020年09月11日閲覧)
  • 粒子状物質 – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%B2%92%E5%AD%90%E7%8A%B6%E7%89%A9%E8%B3%AA&oldid=76649971、2020年09月11日閲覧)
  • タバコの煙は『PM2.5』よりさらに危険です! – 川崎重工業健康保険組合 (https://www.khi-kenpo.or.jp/system/data/etc/29/29_1.pdf、2020年09月11日閲覧)
  • スギ花粉症 – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B9%E3%82%AE%E8%8A%B1%E7%B2%89%E7%97%87&oldid=76475441、2020年09月11日閲覧)
  • 空気清浄機その2。フィルタの種類、構造、捕集の仕組みと寿命 | 元修理屋が選ぶおすすめ家電 (http://motosyuuriyadesu.blog.fc2.com/blog-entry-18.html、2020年09月11日閲覧)
  • 三極のHEPAフィルターの規格について – ファルマソリューションズ (http://www.ph-s.com/uploads/technical_documents/2009/06/tech200906_1.pdf、2020年09月11日閲覧)
  • 騒音の大きさの例|松戸市 (https://www.city.matsudo.chiba.jp/jigyosya/seikatu/souon/ookisa.html、2020年09月11日閲覧)
  • 抗菌大作戰 神腦教你如何挑選空氣清淨機 | 科技產業 | 產經 | 聯合新聞網 (https://udn.com/news/story/7240/4319235、2020年09月11日閲覧)

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