こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

ちょっと留まってみる勇気…とか。

2018年12月09日 | 自己実現
無視されると、こころはざわつきます。
(正確には「無視されたと受けとると」…ですね)

ざわざわっとしながら、(不安感の中で)、
ざわざわから脱するべく、あれこれ解釈を試みます。
なぜ無視するのかなぁ。。。相手の心中を推察してみたり、
なぜ無視されちゃったのかな。。。私のタイミングがワルカッタ?
慌てて思考を巡らして、とりあえず解釈して済ませようとします。

しかし、それでよいのか?疑問です。

不安感を知覚するや、即、思考で解決を図る(解釈する)と、
この習い性のような一連の流れでは、
実は、ざわざわや不安感を奥へ押し込めただけで、
抑圧を深めてしまったのではなかったかと。。。

無視されちゃった、、と感じたことは紛れもない心の現実であるのだから、
解釈に走る前に、そのように知覚する自分を素直に認めて、
感情をしっかり感じることが、感情を尊重するということでしょうし、
感情を受容するということでしょうね。

ざわざわに留まってみる勇気といっては大袈裟ですが、
考え出す前に、勇気を出してしっかり感じてみると、
ざわざわの中身は「カナシイ」が大きく占めているなあと、
カナシイ、カナシイとついでに口に出してみたりして。

カナシイとかサビシイ、やるせない気持ちを認めて、
不安な感情をきちんと受けとると、
こころには穏やか~な風が、しずか~に流れ出して、
「無視された感」が急速に後退していくことに気づきます。
先ほどまでの重苦しさが一変して軽やかに、
自他肯定の解釈が、ごく自然に
花開くようにと表現したいほど自然に起こります。

まあ、こんなこともあるよね。。。

体験の解釈は世界を変えますが、体験の解釈は起こるもの。
それなりの環境-感情を受け容れること-から、
ごく自然に「解釈が起こる」のが望ましい形なのだと思います。

不安感と一くくりにして、慌てて思考に走る前に、
ちょっと間を置いて一呼吸の間を置いて。
繊細な感情を丁寧に聴き取ってやろうじゃありませんか。
自他肯定の体験の解釈が花開くように起こるとしたら。。。素敵ですね。
            *  
「時間」が意外な解釈をプレゼントしてくれることがありますね。
不安感の中、大急ぎで出すことが不可能な答えに、
何日か経って(数ヶ月、数年経ってということさえありますが)、
積み重ねられた時間の中で、ゆっくりゆっくり花開くみたいに、
体験の解釈が起こることがあります。

あなたは(私は)どんな世界に向かうのか。向かおうとしているのか。
結局のところ無視されたと受け取ることは、私がどこへ向かいたいのか。
そのきっかけを与えられているに過ぎないのかもしれません。

人気ブログランキング クリックありがとうございます
〔61〕-4
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 思考の束、なんでもござれ。 | トップ | ざわざわが映し出される。。。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

自己実現」カテゴリの最新記事